013 街へ行こう (1)

 アンドレさんたちに代金を渡した後、私は早速、冷蔵庫作り……とはいかなかった。

 だって、冷蔵庫の外枠が無いからね。

 ゲベルクさんに注文はしたんだけど、どういう物が必要なのか詳細を説明すると、すぐに『そいつは少し時間がかかる』と言われてしまったのだ。

 燃えちゃった貸家の修復してるからかな? と思ったら、単純に、私の希望する戸棚を作るのに『必要な質の材料が、すぐには用意できない』からと。

 品質の高い木材はこの村ではあまり需要が無いため、在庫数が少ないんだって。

 多少質が悪くても、錬金術でなんとかしますよ、とは伝えたのだが、『そんなの、職人として許せるか!』と怒られてしまった。

 失敗、失敗。

 うん、だよね、職人だもんね。

「――という事で、私は出かけてくるよ、ロレアちゃん!」

「どういう事かは知りませんが、どこへですか?」

「サウス・ストラグまで、ちょっとひとっ走り」

 私がチョイとサウス・ストラグの方向を指さすと、アイリスさんとケイトさんが、顔を見合わせて、心配そうな表情を私に向けた。

「店長殿一人で、か?」

「いくら店長さんでも、女の子一人じゃ危ないでしょ。夜、寝ることもできないんだから」

 前回、私がサウス・ストラグへ行った事を知らない二人から、そんな言葉を掛けられる。

 でも、そんな心配は無用。

「大丈夫。野宿するようなことにはならないから」

「……そういえば、この前も二日で帰ってこられましたよね」

「うん、一泊二日でね。レオノーラさんに泊めてもらったから、安心安全だったね」

 宿代も節約できたし、安全な宿を探す手間も省けた。

 ありがたいことに。

「馬を走らせても一日は少し厳しい距離なのだが……さすがは店長殿、という事か」

「いやいや、私なんてまだまだ未熟! でも今回は目指すよ、日帰りを!」

「え、日帰りって……店長さんでも、さすがに無理なんじゃ……?」

「ううん、今回はいけそうな気がする! 死にそうな筋肉痛を経験した私は一つ成長した! ――なら、良いな?」

 いや、弱気はダメだよね。

 前回の事を考えれば、早朝に出発して、余計な寄り道をしなければ何とかなる!

 のんびりとティータイムを過ごしたり、悪徳錬金術師の所に寄ったりしなければ、きっと。

「うーむ、そういう事なら、私たちの護衛は逆に邪魔になるな」

「店長さんがいるのに、私たちにできる事なんて、野営時の見張りぐらいだもんね」

「お気持ちだけ、ありがたく。……何か必要な物があれば買ってきますけど?」

「いや、大丈夫だ。寝る場所と食事があるんだ、今の私たちに必要なのは、採集活動に必要な物のみ!」

「無駄なお金を使う余裕なんて無いからね」

「そこまでストイックになる必要も無いですが……判りました。明日出ますから、何かあればその時までに言ってくださいね?」


    ◇    ◇    ◇


 翌日の早朝、村を出発した私は、前回よりもハイペースでサウス・ストラグへと走り始めた。

 村に来て身体強化を使う時間が長くなったからか、それとも私が昨日、口にしたとおり、酷い筋肉痛を経験したからか、前回に比べると魔力の通りが良い気がする。

 それに加えて、身体強化の持続時間も明らかにアップ。

 前回休みを入れた場所を軽く通り過ぎ、結局そのまま、サウス・ストラグまで走りきってしまった。

「私も、ちゃんと成長してるって事だよね。フフフ……」

 これに身体の成長も付いてくれば言う事は無い。

 残念ながら、しばらくの間、成長が見られないけどねっ!

 せめてもうちょっとだけ、背が欲しい。

 子供に見られるのは、そろそろ諦めの境地だけど、作業がしにくいから。

「大丈夫。まだ希望はある。……って、それよりも急がないと」

 最初の目的地は、この町の木材問屋。

 村に無いなら、注文すれば良いじゃない、ということで、ゲベルクさんの代わりに木材の発注を請け負ったのだ。

 私みたいな小娘が来たからか、最初は訝しげな表情だった問屋の主人は、ゲベルクさんの署名がある発注書と私の錬金許可証アルケミーズ・ライセンスを並べると、途端にペコペコし始めた。

 普通に対応してくれればそれで良いんだけど……ま、いっか。

 発注書に書かれた物を村まで納品してくれるように頼み、問屋を後にする。

 師匠のくれた凄いリュックでも、残念ながら木材は運べないので、これは普通に運搬してもらうしか無い。

 太い丸太や厚く大きな板なんて、物理的にリュックの口から入らないからね。


 そして、お次は当然、レオノーラさんの所。

 相も変わらず綺麗に掃除されているお店の扉を開くと、店頭にはレオノーラさんが座っていた。

「いらっしゃい……って、サラサじゃない。やっぱり無事だったのね」

 店に入った私を見て、少し目を見開いたレオノーラさんの口から出たのはそんな言葉だった。

「ご無沙汰してます。――無事っていうのは?」

「あなたの村から逃げてきた採集者が騒いでいたのよ。あの村はもうダメだ、とか言って」

「……あぁ、ヘル・フレイム・グリズリーですか?」

 それなりの人数、逃げてったみたいだし、そういう噂が広がるのも当然か。

「そう。まぁ、話半分でも村の危機である事は間違いなさそうだったけど、サラサがいることは知っていたからね。あまり心配はしてなかったわ」

 その後、無事に撃退したって話は……あれ? もしかすると、流れてない?

 私が復活して数日。

 ダルナさんあたりが仕入れに来れば別だけど、元々採集者以外、人の行き来は少ない村だから。

「信頼して頂けるのはありがたいですが、私は師匠ほど非常識じゃないですからね?」

 師匠が有名だからの信頼感なんだろうけど、私は師匠とは違う。

 あまり期待されても応えられないのだから。

「ちなみに、今日売りに来たのは?」

「……ヘル・フレイム・グリズリーの素材ですけど」

「でしょうね。何匹出たの?」

「二八匹です」

「で、それをサラサが斃したと?」

 呆れたように言うレオノーラさんに、私は慌てて首を振った。

「まさか。私が斃したのは八匹だけです。あとは残ってくれた採集者や村人たちの頑張りですよ」

「単独でそれだけ斃したのなら、十分だと思うけどねぇ。まあ、いいか。それじゃ、見せてくれる?」

「はい。まずは毛皮と火炎袋、眼球――」

 リュックから取りだしたヘル・フレイム・グリズリーの素材を順に並べていくと、見る見るうちにカウンターの上がいっぱいになる。

 レオノーラさんはそれを検分しては、別のテーブルに移動させ、買い取り金額を計算していく。「ほうほう……さすが、処理は見事ね。毛皮に傷が多いのは、仕方ないか。狂乱状態の素材は貴重だし、是非にも全部買い取りたいところだけど……全部買うと、スッカラカンになっちゃうね、私が」

「素材でも良いですよ? 欲しいものは色々ありますから。あともう一つ、目玉商品ってほどじゃないですが、こんな物もあります」

 そう言いながら、私がカウンターの上に広げたのは、氷牙コウモリの牙。

 冷蔵庫と冷凍庫に必要な量を除き、後は全部持ってきたのだ。

 すぐに使う予定は無かったし、アンドレさんたちは確実に採取に向かうはず。

 今、すべて手放してしまっても、問題は無い。

「へぇ、氷牙コウモリか。最近は相場も上がってたから、助かるよ。しかも、なかなか良い年齢のだね? 最近あの村から流れてこなくて、困ってたんだよ。処理が不要で運びやすいはずなのに」

 手袋を履き直したレオノーラさんが、それを値段順にカウンターの上に並べていく。

 パッと見ただけで価値を判断するその速度は、さすがはベテラン。

 ちなみに対抗するわけじゃ無いけど、私の場合は見なくても判る。

 魔力量で判断できるので。

「村の採集者が言うには、以前、買い叩かれたことが原因だとか? それで割に合わないってなったみたいですよ」

「……もしかして、またアイツなの?」

 やや険しい視線になったレオノーラさんに、私は曖昧に首を振る。

「それは判りませんが……氷牙コウモリの場合、安い物は安いですから」

「若い物だと、そうなっちゃうよね。ふーむ……考えても無駄か」

 少し考え込んだレオノーラさんだったが、すぐにため息をついて首を振った。

「それで、これも全部買い取りで良いの?」

「はい。これから暑くなるこの時季、堅い商品でしょう?」

「ま、売れ残ることは無いだろうね。――それで、何が必要なの? それの量次第じゃ、全部は買い取れないんだけど」

「そうですね、まずは柔軟グローブに必要な素材を――」

 注文が入りそうな柔軟グローブの素材は当然として、四巻の錬成具アーティファクトに必要な素材、それに加えて五巻で必要になりそうな物や錬成薬ポーションの素材をかなりの量、注文する。

 レオノーラさんのお店の在庫状況や資金状態も相談しつつ、素材を追加していくと、私のリュックもパンパンに……ならないんだよね、このリュックだと。

 ま、とにかくたくさん仕入れる。

 レオノーラさんがちょっと呆れるぐらい。

 ちょっと買いに来るには遠いからね、この町。

 この機会にしっかりと買い込んでおかないと。

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