第30話「 There must be a mistake 」
文化ホールから車で10分ほど走ったところにある施設に俺とレイラはいた。
行政の管理下にある浄水場だ。
その門の前に立ち、俺はレイラに訊く。
「ここか?」
「ええ、間違いないわ。昨日からこの施設で魔術的な結界が張られていると報告があったの。それに近くに来て判ったけれど、この敷地内から魔術の『音』が聴こえるわ」
目を閉じ、耳を澄ませながら答えたレイラ。
「それに、もう彼らは内部で準備しているみたいだし」
そういって彼女が指差した先には、正門の脇にある警備員の待機場所だった。
本来アクリルガラスの向こうには、常時目を光らせている警備員がいるはずだが……。
「お、おい!アレ大丈夫なのか⁉︎」
そこには机に突っ伏した警備員の姿があった。
なんの躊躇もなく扉を開けて警備員室に入ったレイラは、あくまで冷静に脈を測り、顔に手を当てて警備員の容体を診た。
「命に別状はなさそうよ。ただ眠らされているみたい」
「そうか」
安堵する俺。
「できれば彼らの不意を突きたかったのだけれど、どうやら私たちが来たのがバレたみたいね」
「そうなのか?」
「ええ。今このガードマンを調べるために魔術のアイテムを使ったのだけれど、その魔力に反応する探知魔術がこの部屋に仕掛けられていたわ。巧妙に隠されていたお陰で、発動するまで気づかなかったけれど」
と、外国人特有の両手を肩まで上げるオーバージェスチャーで、レイラは報告した。
「そうか……なら仕方ないな。正面から強行突破しよう」
「本来私も貴方も戦闘向きではないのだけれど……仕方ないわね」
「それで、奴らはどこにいるのか判るか?」
「わからないわ」
と小さな胸を張って言ったレイラ。
オイ。俺はずっこけそうになるのを何とか堪えた。
「じゃあどうするつもりだったんだよ!」
「ん〜、そうね……」
小さなおとがいに細い指を当て思案するレイラ。
「ではゲンキ、ギターを弾いてちょうだい」
「はい?」
「貴方が《
な、なんじゃそりゃ……。
ボヤッとした指示にも程があるだろう。
というかコイツ、頭はいいんだがたまに場当たり的に行動するところがあるなよな。
とはいえ、俺の方には何か策があるわけでもなく……諦念し、潔くギターを肩から退げる。
真っ白のギター。
白くペイントされたボディには、幾何学的なラインが薄く描かれている。
どこのメーカーの製品でもない。スペシャルメイドのこのギターの銘は《ミカエル》という。
去年不慮の死を遂げた俺のもう1人の幼馴染、天野清音。
彼女の形見分けとして俺に譲られたこの《ミカエル》は、《世界樹ユグドラシル》とかいう特別な樹を材として作製された、とんでもない代物らしい。
俺はミカエルに張られた弦を抑えて、ピックで弾く。
リィン、と。
鈴のような玲瓏な音。
以前コイツを弾いた時とは違う音。
本当に不思議な楽器だな。
「私の方は準備完了よ。いつでも良いわ」
そう告げるレイラに、俺は頷きを返す。
《
俺はギターを鳴らし、1人の男の姿を思い浮かべていた。
タッちん。
あの狂人めいたマスク男。
コイツは現在、どこにいる?
俺の思いに応えるように、虚空に淡い光の粒子が渦巻く。
光はやがて俺の足元に凝集し、一層眩い光を放つ。
俺たちはあまりの眩しさに目を閉じた。
光が収まり、恐る恐る目を開けた俺たちがみたものは―――。
『ワフっ!』
と鳴き声を上げる、1匹の白犬だった。
「「……え?」」
そこには、一見何の変哲も無いただの犬。
あまりに予想外の結果に、俺もレイラも目をひん剥いて驚いた。
だって、仕方ないと思う。
今まで俺が《擬似召喚魔術》で創りだしたのは炎の巨人(イフリート)やガルーダなどの見るからに頼もしい、異形の存在だったのだ。
それが、今回は普通の犬。
確かに今までは《創造/想像》する時、『何をしたいか』ということだけを考え、『どんな外見か』などとは考えなかった。
つまり、イフリートなどの外見は、俺のぼんやりとしたファジーな創造を、レイラの魔術が適当にモディファイした結果だったという事だ。
「いや待てよ。この犬、どっかから迷い込んできたただの野良犬じゃ無いのか?」
うん、そうだきっと。
しかし俺の希望的観測を、レイラは苦い表情で首を振り否定した。
「残念ながらゲンキ……
そ、そんな馬鹿な……っ!だって、ただの犬だぞ⁉︎
俺の衝撃など何処吹く風で、『犬』は鼻をヒクヒク動かすと、ある方角を向いてふさふさの尻尾を一振りした。
『ワン!』
一声鳴くと、警備室から出て行った。
「
レイラは何かに合点したのか、白犬を追いかけ始めた。俺も慌てて後を追う。
白犬は広い敷地内を駆け抜け、やがてとある建造物へ俺たちを導いた。
「ここか……? はぁ……はぁ」
肩で息をしながら俺は呟いた。
白い三階建ての建物。
入り口横に掲げてあるプレートに印字されてある名称から察するに、この施設のメインとなる部署では無いだろうか?
自動ドアを潜った俺たちが目撃したのは、床に倒れ伏した数人の従業員の姿だった。
ただし日曜日で休日出勤している人たちなのだろうか、そんなに数は多く無い。
白犬はなおも俺たちの先頭に立って走り続ける。
階段を登り、行くつもドアを抜けた末に俺たちが辿り着いたのは、屋外の大きなプールがいくつも並んだ広大な場所だった。
野球が出来そうなほど広い面積のこのエリアの中心に、ヤツはいた。
猫背でひょろっとした風体。マスクで顔の下半分を覆っているうえ、野球帽をかぶり俯いているので、どんな表情をしているのかは窺い知れないが……。
タッちんだ。
ストラップを付けた年季の入ったフェンダー・ジャズマスターを肩から提げ、彼の足元にはBOSS製のアンプが置かれている。電源コードが見当たらないことから、電池式と思われる。確かKATANA-MINIっていうタイプだったと思う。
そして、ギターとアンプを有線接続するシールドケーブルの中間点には、
俺とレイラがタッちんの目前5メートルほどまで近づいた時、白い犬は光の泡となり消えていった。
どうやら本当にこの犬は《疑似召喚魔術》の産物で、俺が探したいと求めるものを探知し導く能力があるようだ。
「……た……えらか」
タッちんが低く、小さく何事かを呟いた。
「え?」
訊き返す俺に、
「まぁたお前らかって言ってんだよぉぉぉぉぅ!」
タッちんは絶叫で返した。
俺たちを見据えるその眼はギラギラと血走っており、俺たちへの敵愾心を隠そうともしていない。
「何なんだ!何なんだよお前達はよっ⁉︎ なんでボクちんの邪魔すんだ⁉︎ しかも何回も‼︎」
「前も言っただろ。あんたのせいで死にそうな子がいる。俺はそいつを助けたいんだ。だからあんたを止める」
「はぁ?お前、あのガキの何なんだよっ」
「俺はあいつの……友達だ」
俺の宣言にタッちんは首を傾げる。
「友達……? あのガキに友達なんて1人しかいなかったはずだぞぉ。しかも男の…なんて…」
そこでタッちんは何かを思い出したようにウンウンと頷いた。
「そういえばそうだ。お前ぇ……あのガキと一緒にいたなぁ。そうだそうだ、思い出した」
明日香と一緒にいたところをタッちんに見られていた? どういうことだ?
いや―――明日香が語ってくれた情報では、奴らは明日香を監視していたフシも見受けられる。
俺といるときも監視してたってわけか。
「キシシ。あのガキ、色気付きやがってぇ。……まぁいい。この際お前らがどこの誰だろうと関係ないね。ボクちんの邪魔する悪いヤツは、ボクちんが成敗してやるんだぞぉ」
タッちんは足元のフットペダルを操作したあと、ギターを鳴らした。
タッちんのアンプから大音量で鳴らすノイジーなギターに誘われるように、空間をわりまたああの怪鳥の群れが現れる。
「ゲンキ、分かっているとは思うけれど、あの怪鳥を出現させるたびに明日香の生命力は削られていくわ。迅速に敵を無力化しましょう」
その通りだ。いくら明日香の生命力をいくばくか回復させたとはいえ、この場でそれ以上に明日香の生命力を搾取されては元も子もない。
レイラが呪文を呟き、俺とレイラの間がリンクされる。
間、髪入れず、俺は《ミカエル》を鳴らし、イフリートを喚び出した。
もうこいつらの相手をするのは4度目だ。慣れたくはなかったが、もう対処法は確立した。要は怪鳥どもを包囲させなければ良いのだ。
「ぐぅぅぅっ!」
難なく怪鳥どもを撃破していくイフリートを見て、タッちんは口惜しそうに唸った。
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