第24話「 Mission completed 」




「フフ〜ン♪ フフ〜ン♪ フフ〜ン♪ フフ〜ンフフン♪」


 調子外れな鼻歌で、(本人的には)ニルヴァーナの『 Smiles Like Teen Spirit 』を奏でながら、ベースボールキャップとマスクで顔を隠した男―――タッちんはご機嫌だった。


 これまでの実験で自分の発明は成功していることが証明された。やはり自分は天才なのだ。


 さてこいつらをどうするか―――とタッちんが思案しかけた時、背後から彼の邪魔をする無粋な声がかけられた。


「おいおっさん!盛り上がってるとこ悪いけど、あんたのその迷惑なソロコンサートはそろそろ終わらせてくれないか?」


 若い男―――いや彼からすれば、子供の声である。


「……あぁ?」


 水から湯へ変わっていくように湧き上がる怒りにつられ、ぐるりと首を向ける。


 彼から20メートルほど離れた場所に立って睨みを利かせていたのは1組の男女。男はギターを肩から提げ、女は夕刻にあっても―――いや、むしろ斜陽を受けることでなおもまばゆくなったかのような金髪の異国人だ。


「なんだ、お前ら?」


 誰何すいかしながらも、タッちんは『どこかで会ったかな?』と、乱雑になった記憶の抽斗ひきだしを探っていた。少女の方はともかく、少年の方はどこかで会っているはずだ。


 それが確信に変わったのは、少年がギターを弾いた時だった。


 少年と少女を青い燐光が一条取り巻き、次の瞬間、彼らの目前に炎が鎧をまとったような巨人があらわれたのだ。


 自分以外のことに興味がないタッちんといえども、こんなエキサイティングなパフォーマンスはおいそれと忘れられない。


 彼らは先日、タッちんの邪魔をした不埒な子供たちだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お前ぇ……また僕ちんの邪魔をするつもりだなぁ?どーいうつもりだぁ?」


 激昂した剣幕で俺たちに怒鳴りつけるタッちん。


「どーいうつもりだ? はこっちのセリフだよ。あんた、その『力』を女の子から無理矢理搾取してるだろ」


「……なんだぁ? お前、あのガキの知り合いなのか。そうだよ。でも、それがどうしたんだ?タッちんの偉大な研究のためにその身を捧げられるんだ。名誉なことだろ?キシシシシシ」


 肩を揺すりながら不気味な笑い声を上げるタッちん。


 ダメだ。こいつには話し合いとか交渉が通じる気がしない。


「あんたの勝手な理屈は知った事じゃない。アイツを救けるために、アンタのその狂った行動を止めさせてもら―――うわぁ⁉︎」


 俺の宣言が終わらぬうちに、上空を旋回していた怪鳥たちが、一斉に飛びかかってきた。


 360°から迫り来る大群。これをまともに相手しては同じ轍を踏むことになる。


 俺はブリッジ・アームを思い切りボディに沈ませるように押し込む。こうすることで弦の張力が緩み、通常同じ押弦位置で弾いた時よりも低い音程の音が発音される。


 アームを倒したまま5弦の開放弦(指板を指で押さえていない状態)を弾くと、かなり低い音が出る。そのままアームから手を離すと、音程は明らかに上昇し、元の音程に戻るという『アーム奏法』で、俺は《想像》を練り上げる。


 炎の巨人はゴング前のボクサーのように、ファイティングポーズを取る。


 俺はハイポジション―――ネックのヘッド側―――でAmコードをストロークで弾く。


 炎の巨人は右のストレートパンチを繰り出す。するとその右拳から、車のタイヤより大きな火焔の弾丸が放たれ、怪鳥3匹まとめて撃ち落とした。


 弦を滑らせて音を滑らかに変化させるグリッサンド奏法から、Amコードを16ビートで刻む。


 イフリートはそのまま左・右・左……と左右のコンビネーションパンチを連打し、その度にでかい炎の塊が速射砲のように同じ方向に飛んでいった。


 数十匹撃墜したところで、火炎弾が放たれている方向から回避するように、怪鳥たちが左右に広がっていった。


 つまり、C字のように包囲網に穴が空いたのだ。


「レイラ、今だ!」


 俺の合図と同時に《炎の巨人》が陽炎のごとく消滅する。


 しかしレイラが呪文を唱えると、俺は再びギターを鳴らし《擬似召喚魔術》を行う。


「走れ、レイラ!」


 俺たちは全速力でアスファルトを蹴り、海上へダイブするかのように跳躍した。


 放物線を描きそのままドボン!―――とはならず、頂点のあたりで俺は重力に逆らって体が上昇するのを感じた。


 横を跳んでいたレイラも、同様に上昇している。


 俺とレイラを自然の物理法則を捻じ曲げて上昇させているのはもちろん、《擬似召喚魔術》だ。 


 今回俺が《創造/想像》したのは、鳥の頭と翼をもつ巨人―――《ガルーダ》だ。


 ギターの音色トーンを変え、疾走感のあるフレーズを弾く。


 両脇に俺とレイラを抱きかかえ、《ガルーダ》は《炎の巨人》が空けた怪鳥の包囲網の穴を突き進んで飛んだ。


 急制動、急展開して俺たちを追撃してくる怪鳥たち。


 巨体に似合わぬ凄まじい速度で追ってきた。翼と鳥頭は伊達ではないということか。


 だが同じ亜鳥の存在でも、俺のガルーダもスピードでは負けてはいない。


 頬の肉をこね回す風圧を受けながら、俺たちは怪鳥の大群を引き離していく。


 このまま直進しては沖に出てしまう。それでは作戦が台無しになってしまうので、俺は首を巡らせてどこか適当な場所を探していた。


「ゲンキ、100°の方向に都合の良さそうな場所があるわ。そこにしましょう」


 手で風圧から顔をガードし、もう片方の手で髪が乱れないように押さえながら、レイラが指示を出してきた。


 緩い曲線を描きながら俺たちはそこへ着陸した。


 レイラの言う通り、俺たちに都合の良い条件を備えた場所だった。


 切り立った崖の下、半円状の平たい岩場があった。足場も悪くないし、十分なスペースもある。


 何より、芥子粒けしつぶのように小さく見えるほど遠くから迫り来る怪鳥の大群の向こうに、空と海だけと言うのが一番だ。


 これで余計な被害を出さずに済みそうだ。


「レイラ」


 コクリと彼女は頷き、三度呪文を唱える。


 ギターの音と主に顕現したのは、《炎の巨人》だ。


 この作戦の仕上げだ。


 Emをローポジションで鳴らす。


 炎の巨人がゆっくりと両拳を組み合わせ、怪鳥たちへ向かう。


 俺はピックを唇にくわえ、左指だけでなく右の指も指板の上に持っていく。


 そして、薬指で押弦する。


 同時に炎の巨人の両拳からまばゆい光が放たれた。


 それは太く、強い光の帯となり、怪鳥の大群を飲み込んだ。


 タッピングと呼ばれる奏法で、俺はEハーモニックマイナーの音階を奏でた。


 バッハを思わせるバロック的で荘厳な調べを、遅くもなく早くもないテンポで弾いていく。


 爆炎が作り出す光の大砲は、俺たちを追うために棒状の隊列になっていた群れを次々と消滅させていく。


 ギターの音と炎の大砲が生み出す轟音、そして強い陰影を作っていた光が止んだ時、鳥の頭と獣の体を持つ異形の怪物の大群は、跡形もなく消え去っていた。


作戦Mission完了completed完璧It’s ね!perfect


「ああ」


 俺とレイラはハイタッチでお互いに成功を称えた。


「だが気を緩めるのはまだ早い。次は―――」


「マスクドマンを捕えて、知っていることを洗いざらい白状させましょう」


___________________



 ところが俺たちが元のコンテナ置き場へ戻った時には、タッちんの姿は影も形も無かった。


「逃げられたか……」


「仕方ないわね。ひとまず戻りましょう」


タッちんの目的は何か分からないままだが、ひとまずは阻止できたと思う。


今回はそれで良しとするか。



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