前世の徳は異世界で

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第1話 序章

 西暦2562年、享年78。

 それが私の生涯だった。

 平均寿命が120歳を超える現代では短命であったと言えるだろうが、特段短かった実感はない。

 私は自分の人生に後悔は無かった。

 自分で6代を数えるこの国を目標通り共和制へと姿を変えることができた。

 これからは共和制ユートピアとして進んでいくことになるだろう。

 


 建国者である祖、エドワード・アレクセイは優秀な人間であった。大学にて生物学を専攻した彼は16歳で卒業後、当時のアメリカ海軍に士官候補生として入隊。55歳で総督になった彼は西暦2060年、クーデターを起こす。

 かねてから彼はある思いを胸に秘めていた。

 それは世界初の完全統一国家。地球規模での世界政府の樹立である。

 アメリカでクーデターを起こし政府の喉元に刃を押し付け世界征服の幕が開けた。生物学を修めていた彼は長年開発を続けていた生物兵器を用いて無血降伏に近い人的被害で政府の実権を握った。そして彼は世界に向け世界政府樹立の構想を語った。

 瞬く間に世界中に激震が走ったが同時に人々は嘲笑の目を向けていた。

「薬物中毒者の自滅的なテロリズムか」「夢を見るならベットの中だけにしろ」と民衆は危機感を感じながらもその発言自体には同意することはなかった。

 しかし、この数時間後。まさに世界はひっくり返されることになる。

 アメリカの仮想敵国として長年対立構造の様相を呈してきたロシア軍部がこの動きに同調してクーデターを起こした。

 これには世界中が混乱の渦に飲み込まれ、混迷を極める事態となった。

 その実態はアレクセイに同調した当時のロシア軍部高官によるものだった。

 アメリカにおけるクーデターの開始以前から彼らは関係を持ち、事前協議を重ねていた。全てはこの瞬間のためであった。

 こうして始まった世界を揺るがす流れは次に中東方面へ向けられた。ロシアからの軍事圧力とアメリカからの経済圧力により欧州連合へと救援を要請する中東地域諸国であったが、その圧力はとどまることを知らず欧州へと到達した。

 その結果、戦争による共倒れを賢明にも避けた欧州連合は世界政府樹立に参加を表明することで瞬く間に世界中が一つの旗下に集うこととなった。

 こうして統一国家『ユートピア』は建国された。

 アレクセイは建国後、国王の地位を息子へと譲渡し、自らは技術と政治のバランスを保つために世界中を飛び回ることになる。

 2代目エイデンは未だ不安定な治安を安定化させるために軍拡を行い各国での反乱軍鎮圧を行っていたが、元来の米軍と露軍の勢力の大きさから大規模な紛争状態に陥ることはなく、抑止力としての側面が大きかった。また、支配下に入ってはいるが、内政は極めて穏やかで、搾取や弾圧の類のものは厳しく禁止していたアレクセイの意思が尊重されている実情に民衆も当初の不安感から解放され始めていた。

 3代バルトルトは安定した内政を背景に旧時代から引き継いだ社会問題を解決するべく抜本的な社会構造の変革を行った。内容はいたってシンプルで、医療と教育を資本主義的市場から完全に切り離し、国営主導の構造に変化させた。共産主義的側面をもって計画された教育現場では小児教育から研究者育成の大学まで義務化したシステムの中で学校による宗教教育を廃止し、学術と道徳の教育に専念する環境を作り上げた。社会に進出すれば宗教の自由は保障された。この結果、技術力の向上により砂漠の緑地化を成し遂げ食糧問題に大きな改善策を提案することに成功する。

 高祖父である4代カルロフは行き過ぎた資本主義と産業主義の歪みである巨大企業の解体と富の再分配を目的に違法労働の撲滅に努め、社会における労働環境の改善と最低賃金の保証、生活補助費の拡充により豊かな生活を約束した。

 5代祖父エイデン2世は以前から研究が行われていた遺伝子工学による寿命の延長を限定的に解禁することで社会は高齢化へと突き進むことになる。しかし、これが少子化を引き起こし人口増加に歯止めをかけると、個人に対する国家の補助が増加する結果となり、最終的には個人消費の増大を促した。

 父である6代ウェインヤクスは以前にも増して多様化する社会に対応すべく王家主導の政治体制から各分野の専門大臣を細かく指名する分権的統治に舵を切る。しかし、建国から4世紀経ても社会は依然として犯罪を完全に抑えることはできず、未だテロの炎はくすぶっているが、この時初めて軍縮を決定することとなった。拡大政策を行う必要性も無くなった為に必要以上の武力を持つことの危険性を回避するべく動き出した。

 そして私、7代目エドワード・プラエトルは最後の国王となった。

 それは一体いつから計画されていたのか。2代前の祖父から王家の血筋には兄弟が消え、子供は嫡男のみとなった。

 初めて聞かされたのは先代国王が退位した2510年。父から私へ王位とともに譲られたのはこの血筋に終止符を打つ剣であった。即位の儀の後、後宮へ呼び出された私は父と入れ替わる間際に、生涯妻と子を持つことを禁止された。

 曰く、この国は長きにわたりあまりにも強い権力を一人の人間が持ちすぎた。

 曰く、この国の行く末は旧時代への逆戻りか、人類の絶滅か。

 曰く、王家が必要な時代はもう終わる。

 当初、私は理解ができず困惑したものだ。王家の断絶は統治の支柱を失うことになると私は率直に父へ申し上げたが父は優しく微笑むだけで1枚の手紙を差し出して別邸へ去っていった。

 そこには短くこう書かれていた。

『星を壊す力を封じる王へ、君がこの星における最後の王であることを願う』

 読後、私は自らの統治政策のすべてを軍縮に捧げる覚悟をした。

 そうして40年の月日が経過した。

 66度目の誕生祭を前に私は遂に核爆弾の完全廃棄を達成することができた。

 核兵器完全撤廃の祝福と重なり盛大な誕生祭が各地で行われていると報告されたとき、長年の苦労が実った実感を身に刻んだ私は久しく人前で見せなかった涙を流した。

 そして翌年。私は王家最後の役目として王室解体と共和制の宣言を行った。

 当初混乱していた民衆も暫定政権として臨時元首を大臣達から選出し少しづつ体制を整えていくことで次第に収束することができた。

 そして10年後。共和制が正常に機能しだした実感を胸に78度目の誕生祭を直前に私の体は限界を迎えることとなった。

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