突撃、洞窟襲撃作戦後編
「全然敵が出てこねぇな。あと、寒いぞここ」
「ほーんと、退屈しちゃうわね! 折角いい感じに体が暖まって来たのに」
「敵勢力の大部分は倒してしまったようだからね。所詮は新興勢力といった所かな」
東率いるぬらりひょん討伐パーティは、敵の総本山である山間部に無理やり作られた人工の洞窟へと侵入を果たしていた。深山を除いて。
洞窟内部は、外界が春という季節であることが関係ないと言えるほどに冷え切っていた。東を含めた妖怪退治のスペシャリストであれば、それが妖怪好みの環境であることがすぐにわかるだろう。それ程に、外気との寒暖差があった。
だが、もちろん全ての妖怪が寒い所を好むわけではない。例えば、
慎重かつ大胆に歩みを進めていく一行。段々と、二つの影を視界に収めていく。何やらグダグダと喋っている存在を肉眼で捉えたのだ。
「だからよう、人間どもの世界は寒すぎるんだ。おめぇなんでそれがわかんねぇのよ」
「俺様は熱い所が好きだって言ってるだろうがよ。分かってねぇのはてめぇの方だろうが一本足野郎が」
東一行の前に立ちふさがったのは、どうしようもなく建設的ではない会話をしながら登場した二匹の妖怪だ。前者が一本だたら、後者は輪入道である。
一本だたらという妖怪は本来積極的に人間に危害を加えないことを知っていた東は、少々驚いたような顔を見せている。一方で、輪入道は人里にこそあまり降りてこないが好戦的な妖怪とされているので、そのことを知っている東は警戒を少しだけ強めるように小太刀をやや強く握りなおした。
そんな彼は、自身に満ち溢れた余裕の表情を浮かべている。それもその筈で、一般的に退魔師の世界では最強とまで目されている東と、同等クラスの実力者が二人付いているのだ。加藤と妖精ちゃんも、東という強力な術者の存在には信頼感を持ったようで、こちらも余裕の表情だ。
しかし、普段はおちゃらけ気味の彼らでもやはり戦闘においては油断のない、確かな実力者だ。気を抜いているわけではなく、それは自信の表れだった。
「ふざけた奴らだな」
「本当ね。さあ、とっととやっちゃいましょう」
「あ? 人間が俺様達をどうにか出来ると思ってんのか? 表の雑魚共を倒したからと言って調子に――」
「聖なる
「聖なる
「霊剣三式、飛燕斬!」
「ああぁぁぁぁぁぁ!」
「うぎゃあぁぁぁぁ!」
加藤と妖精ちゃんは、互いに強力な聖魔術を放った。これまで何度も見せてきた技で、その効果は妖怪に抜群だ。一方で東が放ったのは、体内の霊力を収束して小太刀に纏わせ、斬撃を飛ばすという剣技だ。以前、中野の廃ビルで座敷童子ちゃんが見守る中、東が深山に軽く使って見せた技だ。しかし、本気で対象を斬殺すべく放たれた今回の一撃は、その時とは違って明確な殺意を持っていた。
そんな彼らの実力を甘く見積もっていた彼ら。それまでの余裕ぶった態度から一変、攻撃をモロに受けた二匹の妖怪はあっという間にその体の殆どが消えかかっており、まともに言葉を発することも出来ないようだった。
戦慄の表情を見せる彼らに無言で近づいて行った三人は、一切の容赦を見せずにそれぞれの武器で二匹を討滅した。そこに慈悲はない。
異世界での経験から、戦闘においては非情にならなければいけない時もあるのだということを、彼らは身を持って思い知っていたのだ。容赦のないことである。
「数が少なければ、こんなものだね」
一悶着あったものの、あっさりと敵の幹部を撃破してしまった東とその愉快な仲間たち。その実力は、紛れもなく本物だ。
それからは、敵の総大将がこの先にいるという確信を持って進んでいく彼ら。進むにつれて、これまで彼らが感じていたものとは大幅に異なる力強さを洞窟の奥から感じ取ることが彼らにはできた。
洞窟の最奥にたどり着くまでに罠や仕掛けが施されていない所を見て、東達はよっぽど実力に自信がある妖怪が待ち構えているのであろうと予見していた。
そして、ぬらりひょんがついにその姿を現す。東と比較してもそれなりに強力なその力の波動は、間違いなく彼らの身を突き抜けた。弱くはない、という所までしか分からないようだが。接近し、全貌を彼らはついに捉える。
その姿は人間に近いが、頭部に最も特徴が表れていた。大きなコブが出来ているかのように後ろに突き出たその頭が、彼が人間ではないことを如実に示している。
そんなぬらりひょんは、東一行の姿を直接確認することなく、視線は明後日の方向に向いている。そしてそのまま語り出した。一方的なモノで、今強者特有の時間の使い方を見せる。
「貴様ら……まさかあれだけの数を突破してくるとはな。奴らは見込み違いだったようだ」
ぬらりひょんが彼らの方向を見て、たっぷりとタメを作ってからもう一度言葉を発する。今が見せ場、そう言わんばかりの行動だ。
「ふっ、異世界より来訪してはや一か月。初めてじゃよ、貴様らのような実力者に……出会った……のは」
目をカッと見開いて一方的に語り掛けるが、尻すぼみに言葉数を減らしていったぬらりひょん。一体どうしたのだろうかと東達は疑問に思った。そんな彼は加藤と妖精ちゃんには一切目をくれず、東を凝視していた。
「お前、今異世界って言ったのか? 言われてみれば、お前みたいな妖怪はこっちでは聞いたことがなかったな」
「き、貴様……ま、まさかリュウタロウと呼ばれておるのではないか……?」
「そうだね、僕は東龍太郎だよ。どうやら、君はあれか。向こうからやって来たということでいいのかな?」
青ざめた顔を見せるぬらりひょんは、ガクガクと足が震え始めた。そんなぬらりひょんの様子を見て疑問に思ったのか、彼同様に東へ視線をやる加藤と妖精ちゃん。そんな疑問に答えるかのように、東は口を開いた。
「リュウタロウというのは、少し龍太郎よりも英語訛りに聞こえなかった? 僕は向こうではそういう感じで呼ばれていたんだ」
「はあ!? こいつも異世界出身かよ!」
「だ、だけどあっし……違う、儂は負けるわけにはいかん。そこのチビ、まずは貴様からだ!」
東に恐れをなしたのであろうぬらりひょんが真っ先に狙ったのは、妖精ちゃんだ。小柄な彼女は、先の戦闘でも概ね最初のターゲットとして選択されることが多かった。彼女は舐められやすい。
そして彼のその選択が後悔に変わるのは一瞬のことだった。ぬらりひょんも、彼が雑魚と称する配下の妖怪たちと同じ轍を踏んだのだ。
「この、聖なる
「むっ、強力だな! だが……」
「飛燕斬」
「ぐふっ」
ぬらりひょんは、確かにこれまでの妖怪たちとは一線を画す存在だ。妖精ちゃんの上級聖魔法をギリギリで回避することに成功することもできた。だが、その隙を狙った東の正確無比な攻撃までは対処しきれず、直撃した。肩に大きな刀傷が生まれる。焦ったように距離をとったぬらりひょんは、大きな一撃に掛けた。
「お、おのれ! 食らうがいい!」
そう言うとぬらりひょんは、彼の体に宿した膨大な妖力を体外に現出させた。その力強い妖力には流石の東達も一旦攻撃を中断し、一斉に回避と防御に専念する姿勢をとった。彼の作戦は功を奏したのかもしれない。
そして彼が使用したのは、妖力を大きなエネルギーとして打ち出すというシンプルだが強力な技だった。
「くっくっく、これが直撃すればただでは済むまい」
自身の表情を覗かせるぬらりひょん。彼はこの技で多くの敵を葬り去ってきたので、これで決められるという自負があった。
だが、噴煙が割れてそこに立っていたのは、無傷の三人だ。これは思わず絶句して次の言葉が紡げないぬらりひょん。加藤の結界魔術によって完全に防がれた攻撃は、大抵の退魔師では到底防ぎきることが出来ない攻撃、のハズだったのだ。呆然と立ち尽くしてしまうぬらりひょんからは、いつしかそれまで見せていた余裕は失われていた。
そして、そこからは一方的な展開が続いた。
ぬらりひょんは、様々な攻撃を仕掛けるも、彼らは全く意に返さないような淡々とした防御をした。彼のここぞというタイミングでの攻撃も、東の巧みな戦闘術で全て回避された。東には技の引き出しが多いのだ。
加えて、その東には強力な退魔の術を浴びせられ、加藤と妖精ちゃんにも剣や魔術でボロボロにされた。そして彼は――
「ちょ、やめて……降参しやす……」
それから数分後、気付けばもう、ぬらりひょんは戦意を失い、降参していた。
洞窟襲撃作戦は成功に終わったのだ。
――
それから、外で待機していた深山がういつのまにか呼び寄せていた東家お抱えの退魔師たちと共に、戦闘の事後処理に当たっていた彼らの傍には、変わり果てたぬらりひょんの姿があった。威厳はない。先ほどまで百体近い妖怪を束ねていた彼の姿はいずこへ。
「龍太郎の兄貴、何か手伝えることはありやせんか。なんでもしやすぜ」
「お前、もうどっか行けよ……」
ぬらりひょんは、完全に彼らの下僕と化していた。これまでの彼が見せていた尊大な大妖怪といった風な雰囲気は微塵も残っておらず、そこにいるのは完全な人型に変化、実体化したチンピラの後輩のような姿だ。
これを見ては、加藤と妖精ちゃんも引いていた。
「うわ、見る影もねぇよこいつ。さっきまでの威勢はどうした」
「ほんとね。可哀想」
「へぇへぇ、あっしはしがない中級妖怪ですから……」
そう、ぬらりひょんは戦いの後、己の境遇を語り、弱弱しい本性を現したのだ。
元々東が転移した異世界の住人であった彼は、たまたま次元を渡る術を持った存在に出会い、己の地位向上のため地球への道を選んだのだ。その理由は、異世界に比べればこちらの妖怪は全体的にあまり強くないので自分でも天下を取れそうだという浅いものだ。彼は、虚勢を張っていただけだった。キャラを作る、妖怪。
「元々はチンピラみたいなもんでさぁ。ささ、深山の旦那も手伝いますよ」
「むむ、坊ちゃまいけませんぞ。このような者を飼いならすなど、旦那様が知ればどうなるか……」
「まあ、行きたくはないけど今度報告するよ。大丈夫、こいつ位なら一人でも簡単に倒せるし、さっきこいつが語ったのも本当だと思うよ」
ぬらりひょんのような野望を抱く妖怪を異世界で見て来た東には、その立場が十分に理解できていたようだ。
「でも、折角回復した魔力が二割は持っていかれたな。次回もちょっと早めの異世界旅行になりそうだ」
「そうね、私もその位かな。じゃあさ、今度はお姫様の所に行って驚かせて……」
「おいババアなんてこと言いやがる! 大体、お前はいつも余計なことばかり考えて――」
そんな彼らの痴話喧嘩を眺めながら、東龍太郎は独り呟いた。
「はあ、ようやくこれで、しばらくゆっくり出来そうだよ……」
こうして東と加藤の戦いは終結した。互いの異世界のことを知った彼らは、これまで以上に絆を深めていくことになる。だが一方で、高梨と土田にこの秘密を隠したままでいいのか、という葛藤を抱くようにもなっていく。彼らはこの先どうなってしまうのか――
もっとも、短期間で色々と働いた彼らは、それからしばらくの間これまで以上にダラけてしまうようになってしまうのであったが。
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