突撃、洞窟襲撃作戦前編

「あれが敵の巣窟だよ」


「いや、坊ちゃま。そちらの方が誰か説明して頂かないことには……」


「いや、すげぇな。この人は烏天狗って言うんだろ? よろしく、深山さん。改めて妖怪が現実にいるって思い知らされたよ」


「あ、はい、よろしく願いします……ではなくて」


「よし、今度は装備も整ってるし頼もしい味方もいるから大丈夫だね。どこぞの無能な天狗さんとは違ってね」


「それはその……申し訳ございません」


 結局東の父への要請を無下に断られてしまい、失態を犯してしまったことに深山は深く反省をしていた。しかしその後仲間が見つかったという東からの連絡を受けた彼は、この場に来てひどく驚いたのであった。普通の人間を東が連れて来たことに。


 そんな東一行は、加藤という強力な仲間を引き連れ、改めてぬらりひょん率いる妖怪の群れが住む洞窟に来ていた。

 その東の手には古びた小太刀が握られており、首には紐に通された多数の勾玉がぶら下げられている。さらに上着の内側にお札まで張り付けている東は、完全に戦闘態勢へと変貌していた。

 東は素の状態でも高い戦闘能力を持つが、本領を発揮するのは道具を使用した時だ。道具こそ、人間が持ちうる最大の戦闘手段なのだ。


 一方、加藤も自宅から持ち出した装備に身を包んでいた。

 いかにも西洋的な剣を腰に提げ、普段着の東に対し、彼が着こんでいるのは、軽装の鎧だ。動きやすさに重きを置き、人体の急所に当たる部分だけが頑丈な金属のようなプレートで覆われているその鎧は、様々な特殊効果が詰め込まれた一品だ。

 

 そして妖精ちゃん。彼女は服装こそいつも通りだが、手には杖が握られている。その杖はタイタンと呼ばれる神獣の体の一部と、エルダーあるいは世界樹と呼ばれる巨大な木の一部とを掛け合わせて作成された、たった一本で豪邸が建てられる程の逸品だ。

 オーダーメイドによって作成されたこの杖は、ただでさえ強力な妖精ちゃんの治癒魔術の効果を増幅させる機能がある。おまけに攻撃魔術にも補正がかかる。


 これまであまりいい所がなかった烏天狗の深山は、妖力を纏った愛用の日本刀に、普段通りの山笠、法衣という何の変哲もない服装だ。

 しかし、今日の彼は重大な使命を帯びていた。洞窟襲撃作戦を成功させる要となる重要なポジションを任されているのだ。


「じゃあ、作戦を確認するよ。まず、深山が洞窟内に突っ込んであの大軍を外までおびき寄せてくれ。出来るな?」


「ええ、とにかく私はやりますよ。若干不本意な役割ではありますが……」


「文句を言うんじゃない」


「はい」


「そして、無事ここまで敵を引き付けることに成功したら、まず僕が先制攻撃を仕掛ける。恐らく全部は無理だけど、少しの間足止めをするよ。そして、動きが止まった所に加藤君と妖精ちゃんが聖魔法? を繰り出す。頼んだよ、二人とも」


「ああ、俺達の攻撃が効くかどうかの確認だな」


「ばっちし、任せときなさい!」


 そう言って調子良さそうに杖をブンブンと振り回す妖精ちゃんは、久しくなかった共闘に若干テンションが上がり気味だった。

 なにがそんなに楽しいのだろうかと加藤は疑問に思っていたが、実は彼女がやる気を見せているのは、運動をするためだ。以前加藤に、太ってきたのではと指摘された彼女は、実はかなりそのことを気にしていた。


「最後に。恐らく出て来るのは雑魚ばかりで、大将や幹部クラスは奥に引っ込んでると思う。だから、おびき寄せた連中を倒して一気に洞窟の最奥まで到達、目標を討伐する。いいね、みんな。……それじゃ、頼んだよ深山」


「はっ! お任せあれ!」


 遂に、作戦が決行された。

 翼を広げて宙に浮いた深山は、勢いづけて洞窟へと進入していく。

 開戦の時を待つ待機組の三人は、戦闘となると普段とはさすがに気合の入れ方が違うので、神妙な面持ちで深山が戻って来るのを待つ。


 そしてわずか数分後、その時が訪れた。


「来るよ、構えて!」


「おっしゃあ!」


「いえーい!」


 洞窟から聞こえて来た妖怪たちの移動音が近づいたと思うと、先に飛び出してきたのは深山だった。


「坊ちゃま、成功です!」


「よくやった!」


 そして、疑似的な百鬼夜行がその全貌を現した。

 戦闘を率いていたのは、鬼だ。その体躯は屈強で、猛々しい気合と共に鬼が叫ぶ。


「来たな、人間ども! 性懲りもなく我々の前に姿を現すとは、愚かな! 東一族との戦争に向けたいい肩慣らしになるわ!」


 鬼の他には、片輪車、濡女、夜雀、その他多種多様な妖怪が気合十分とばかりに不気味な妖力を発していた。その様子を並の戦闘者が見れば、泣いて許しを請うだろう。

 だが、この場にいる人間たちと一匹の妖怪は違う。最初に動いたのは東だ。


「ノコノコと出てきたマヌケな妖怪が何を偉そうに。気付いてないのかい?」


「はあ? 人間如きが俺達に指図すんじゃねぇよ! って、なんじゃこりゃあ!」


 鬼が気付いたのは、己の体が全く思い通りに動かせないことだ。東は、深山が洞窟内に侵入した時から既にある策を打っていた。彼の切り札の一つである無詠唱によって自動書記された結界が、負の妖力を持つ妖怪たちの動きを封じていたのだ。

 足止めに成功したことを確認した加藤と妖精ちゃんは、早速魔術を発動させる。


「上級聖魔法、聖なる破壊ホーリー・インパルス!」


「こっちも上級聖魔法よ! 聖なる円環セイクリッド・サークル!」


 加藤が瞬時に魔力を練り上げて放ったのは、悪を消し去る聖なる力を持った球体を五つ同時に生み出し、敵にぶつける魔術だ。妖精ちゃんの方は、対象の足元に魔法陣を生成し、その足元から立ち上る聖なる力で闇を滅ぼす魔術を展開した。


 いずれも鬼に向けて放たれたもので、二つの魔術は、その力が妖怪にも有効であることを即座に示した。

 彼らの魔術が鬼に命中すると同時に、相手に叫び声をあげる暇さえ与えず、浄化に成功したのだ。


「有効だ! いけるぞ東!」


「こっちはそろそろこの数を抑えられない! さあ、動くよ!」


「まさか、退魔師でもない人間がこれ程の力を……坊ちゃまはすごい方を連れて来ておいでのようだ」


 さすがの東でも、百体はいようかという妖怪を止めるには、時間の限界があった。ようやく動けるようになった妖怪たちは、鬼の敵を討たんとしてそれぞれ襲い掛かって来る。

 しかし、その攻撃が届くことはない。


「せい!」


 東が、接近して来た妖怪に向けて首元の勾玉を一つ投げつける。高い投擲技術によって正確に妖怪の頭部に着弾した勾玉が、神々しい光を放ち始めると妖怪を包み込んだ。

 光が消えると、そこには既に妖怪の姿はなかった。勾玉には、シコシコと東が貯めこんだ霊力が大量に蓄えられていたのだ。こんな物を部室に忘れた東は、色々と残念な奴だった。

 加藤と妖精ちゃんも、次々と聖魔法を放ち、迫りくる妖怪たちをバッタバッタとなぎ倒していく。時には、加藤が剣で妖怪を切り裂いていく。

 鬼火と呼ばれる不定形の妖怪すら断ち切るその剣は、異世界ではとされている程の名剣だ。


 この時点で、すでに妖怪たちは戦意を失い始めていた。三人の力に恐れをなして無様にも逃げ出す者すら散見された。

 中でも、深山の元に向かってくるのは、軍勢の中でもそれ程力の強くない固体たちだ。洞窟に侵入するなり逃げだした深山の姿は彼らの記憶に新しく、弱い臆病者だと判断されたのだ。

 だが深山とて、三人には負けていない。

 深山は奇声を放ちながら突っ込んでくる鳴釜なりかまを半身の状態で迎え撃つと、ギリギリで通り抜けさせ、振り向き様に腰の刀を抜き放ち両断した。釜そのものといった姿の妖怪を切り捨てた深山は、妖怪たちを睨み付ける。


「愚かですね、私が弱いとでも? これでも、過去にはさる有名な方に剣術を教授したこともあるのですよ」


 深山は、これまでの失態を取り返すかのように、そのまま勢い付いて妖怪たちを切り捨てていく。本領を発揮した彼にとって、そこらの妖怪など物の数ではないのだ。


 だが、人間側のその快進撃に圧されている様子を見かねて、遂に洞窟内から一人の強力な妖気を纏った者が現れた。

 その姿を視界に収めた東は少し警戒を強めた。その妖怪の名は、鎌鼬かまいたちと言う。幹部の一人だ。


「君ら、てんでダメだね。見てなよ、この僕がこいつらを八つ裂きにしてやるから」


 その姿は、とても妖怪とは思えない可愛らしい姿をしていた。ほとんどそのまんまイタチの姿をした彼は、まるで愛くるしいペットのようだ。

 妖精ちゃんが飼いたいと思うくらいには愛嬌のある顔立ちと、妖精ちゃん並に小さい体。


「えー、可愛い! リュウタロウ、あれ捕まえてもいい?!」


 緊張感の欠片もなくそう言った妖精ちゃんは、鎌鼬の危険性がまるでわかっていなかった。呆れたような視線を加藤と東に向けられたことで、少しムッと来てしまう妖精ちゃん。いつもの茶番だった。


「舐められてるね、この僕が。いいだろう、最初は君からだおチビちゃん」


 鎌鼬がその小さな尻尾をブルンと振り回すと、不可視のカマイタチが妖精ちゃんを襲う。「危ない!」と東が注意を促すのだが――


「おっと、あぶねぇな」


 即座に反応した加藤が、神剣でカマイタチを消滅させた。実は魔眼の持ち主でもあるという彼が、大好きなラノベの設定を踏襲したかのようなお手軽で便利な能力で、技の起こりを見破ったのだ。反則級だ。

 これには鎌鼬も驚きを隠せなかったようで、驚愕の表情を浮かべた。なにせ彼の戦法は、初見殺しの一撃を得意としていたのだが、いとも簡単に破られたのはこれが初めてだった。


「おい、チビって言われてるぞババア。あのチビに」


「むー、チビって言うなー! もういいわよ、やっちゃうんだから!」


 すると、妖精ちゃんの周囲を取り巻く空気が一気に変わった。

 鎌鼬はビビった。なんだかわからないが、凄いのが来ると。


「な、何だいそれは……」


「特級聖魔法、神聖なる破壊セイクリッド・ブラスト!」


「バカ、そんなの使ったら……ああぁぁぁ!」


 特級魔法とは、妖精ちゃん達の世界では最上位に位置付けされている攻撃魔術だ。当然、大量の魔力を消費するので勿体ないことこの上なかった。

 発動すると同時に、凄まじい光球と無数の文字が空中を埋め尽くした。そのひとつひとつから、物理的な攻撃力さえ持ち合わせた破壊の光が一斉に鎌鼬へと降り注ぎ、炸裂した。


 光が収束した頃には、周りには一体とて妖怪は存在していなかった。


「いやあ、加藤君も妖精ちゃんも凄いね! ここまで強いとは思ってなかったよ! あはははは!」


「わ、笑ってる場合ではありませんぞ坊ちゃま……」


「み、深山! 大丈夫かい!?」


 そう、特級ともなればその効果範囲は広く、妖怪である深山も当然影響を受けていた。もはや、戦力として数えるのは難しいだろう。

 妖精ちゃんはダメダメな子だった。ババアなのに、周囲に気を配れるような長寿の経験など、微塵も無かった。彼女は刹那に生きている。


「……あれ、手応えがないわ。もしかして逃げられた? 屈辱ね」


「屈辱ね、じゃねーよこのババア! いいか、洞窟では絶対使うなよ!」


「うっ……分かったわよ。それじゃ行きましょうか」


「そうだね、とにかく、敵の大将の所に殴り込みに行くよ」


 こうして、無事に洞窟外での戦闘を終えた彼らは、満身創痍の深山を置いて本陣に侵入するのであった。


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