超能力者と英雄の邂逅

「……」


「……」


 土田と高梨は、部室にて無言で向き合っていた。

 前日にお互いがお互いの秘密を知ってしまった以上、事情を話すほかに道はなかったのだが、二人はどう説明していいものか悩んでいたのだ。当然のことである。

 先の戦闘が行われた後、二人は一旦帰宅した。それもその筈で、戦闘終了時、既に日付が変わっていたのだ。「互いに言いたいことはあるだろうけど一旦解散しましょう」という提案に土田が乗ったため、このような運びとなった。とにかく疲れていた土田はさっさと帰ってベッドで安らかに眠りたかったのである。もちろん、久しく行っていなかった戦闘には高梨も疲れていた。

 そんな疲れ切っていた土田も、高梨がその場で何かを呟くと一瞬で消えていたことに吃驚していたのであったが。


 そして翌日の朝、普段は朝から大学に赴くことなどない彼らは、珍しく二人で集まっていた。彼らにとって、集まると言えばまずはここだった。土田はいつも通り定位置に納まり、高梨も自身が思うベストポジションに付いていた。だがその姿勢は、平時よりはややシャキッとして見える。

 ということなので、その姿には平常時よりはそれなりに真面目な様子が見られる。


「あー、その、なんだ? 高梨はいわゆる超能力者ってヤツなのか? 昨日のアレ、瞬間移動ってやつだろ」


「……そうね。私は超能力者よ。黙っててごめん。でも、そういうあんたこそなんなのよあの力は。広場の地面、あんたの技で割れてたわよ。あのド派手なやつ」


「それは俺の不思議パワーで肉体を強化して……ああ説明がめんどくせえ。俺はお前と違って話がややこしいんだ」


 土田の言うことはもっともだった。なにせ高梨の能力は、超能力である、という一言で大体理解が可能なことに対して、土田には自身の力の原理が不明だからだ。

 既に高梨は自分が超能力者であることを明かしていたのだが、土田と高梨は直接見たものを信頼するタイプだったので、案外スムーズに能力明しは進行した。また、異世界に転移したことがあるという旨も既に双方が本当のことだろうと理解していた。

 なんか鍛えてなんか気合を入れるとこんな力が出ますよ、では相手を納得させるには説明として不十分だろう。そのことを十分に理解していた彼が、事前にこういう事態に備えて説明を用意しておく、というのもおかしな話なので当然なのだが。


「はあ、とにかく、一応分かったことにするかな。でもまさか、異世界にまで行ったことがあるなんて。私以外にもいるんじゃないかとは思っていたけど……」


 高梨は、時々異世界のことを振り返ってはそう感じていたのだ。なにせ彼女の場合、地球によく似た世界に召喚されたのだ。同じような境遇の人物がいてもおかしくはないと予測を立てていた。

 もっとも、まさか自分の知っている異世界とはまた異なる異世界が存在していると夢にも思っていなかったようだが。

 彼女の胸に去来したのは、自分だけではなかったのだという安心感だ。遂に、本当の意味で信頼関係が気付けたのかもしれないと。


「ふぅ。ひとまずお互いのことは大体相互理解出来たという認識でいいのよね?」


「まあそうだな。色々と聞きたいことはあるけどよ」


「……いいよ、この際なんでも言っちゃう」


「じゃあ……超能力ってほかにどんなのが使えんだ? 火を出したりしてたのも技の一種で、もっといろんなことが出来そうだな」


「そうね、例えばほら、物質移動アポート


 高梨はそう言っておもむろにテーブルの上にあった菓子の空袋を摘まむと、その場から消し去った。転移先は、部室に備え付けてある安いゴミ箱だ。誰も触れていないのにガサリというビニール同士の擦れ合う音が聞こえたことで、土田は何が起きたのかを理解することが出来た。


「おお。それは瞬間移動ってのとはちげぇのか?」


「そうね、好きなものを好きな場所に移動させることが出来て、制約は殆どなし。相手の体内に何かしようとすると、凄く頭が痛くなって使えなくなっちゃうの」


 実はただ放置されたゴミが気になって捨てたかっただけなのは彼女だけにしか分からないことだ。こういうゴミは大抵の場合、加藤雄介が残したものである。几帳面な東や高梨はいつも処理してあげている。


「へぇ、すげぇな……」


「全部言ってたら時間が掛かるから、もう一個だけ教えてあげる。重力操作レビテーション


 そう言った高梨が空中にプカプカと浮かんだことで、土田は感心して、彼にしては珍しく素直に称賛を送った。まさか、これ程までに色々なことが出来るとまでは予想していなかったのだろう。

 それに気を良くしたのか、空中で一回転などして見せた高梨有里沙。彼女は調子に乗りそうになった自分を恥じて少し顔を赤らめると、すぐに床に降り立ったのだが。

 もしアルバイト先がばれてしまえば、ならメイド服は恥ずかしくないのかと問われた時、彼女は悶絶することだろう。

 だが同時に彼が思ったのは、「俺の出来ること少なくね?」だった。なにせ、彼が出来ることと言えば――


「俺、二つのことしか出来ねぇんだよな。便利でうらやましい限りだぜ」


「肉体強化と、変な弾を飛ばすやつでしょ。それで異世界を救ったんだから凄いわね。敵はもっと何もできなかったのかな?」


 ナチュラルに煽る様なセリフを吐いてしまう彼女は、たまに口が悪い時があるだけで決して悪辣な人間ではない、筈だ。


「さて、じゃあ本題に入ろうかな。あの敵達はあんたを襲いに来てるのよね?」


「ああ、そうだ。俺が向こうで倒した敵の大将が率いていた連中で、どうしようもない奴らだけどな。とりあえず幹部は一人倒したからいいものの、多分近いうちにまた集団で来るだろうな。まさに最後っ屁ってやつだ」


 土田の言うことは事実だ。実際の所、残り少ない戦力を複数投入して行われた前日の戦闘では、敵の主力を軒並み潰すことに成功していたのだ。高梨の協力もあってか、土田もただ疲れるだけで済んだのは不幸中の幸いといった所だろう。

 それでも、ゲートを閉じなけれべならないのは明白だった。


「でも、あいつらはどうやってこっちに来てるわけ? 何か入口が――」


「あるぞ。隣町の倉庫に」


 そこからは、土田が異世界間を繋ぐゲートの存在を高梨に教えた。

 その説明の途中で、高梨は何かに気付いたように表情を変える一幕があった。その説明とは土田が自分でゲートに触れると、謎の力で拒絶される、という内容の部分だ。気にせず話を続け終わりが来る。

 そして、高梨が提案する。土田からすれば、願ってもいない提案なのかもしれない。


「私だったら、どうかな?」


「……どういうことだ?」


「いや、理屈は良くわかんないけど土田が触れるとダメなら、私がどうにかできないかなー、なんて」


「一理ある……いや、もうこうなったら、お前を思いっきり巻き込んでやるか。よし

頼んだぜ。でも、意外だな」


 何が意外なのだ、と土田の次の一言を待つ高梨に土田が告げたのは、本心から出た言葉だ。彼女のキャラクターを完全に理解しているゆえに、思わず出てしまったのだと言えるかもしれない。


「お前が人のためにそんな素早く行動に移せるとは思ってなかったぜ……」


「ちょ、ちょっとうるさいわよ……でも、恥ずかしいけど言い返せない!」


 高梨有里沙は、漫研きっての怠け者だ。

 そう周囲の人間は全員認知していたので、土田の驚きはもっともだった。

 

「だが、ありがてぇ。頼んだぜ。これからゲートまで連れていくから待ってろ」


「は? 待ってろって……あ、ちょっと!」


 高梨有里沙のその珍しいやる気に触発でもされたのか、土田の行動も迅速だった。勢いよく部室を出て行こうとする彼を高梨が呼び止めたことには、当然ながら理由がある。それも、至極真っ当な意見だ。


「何だよ、これからバイク持ってくるから駐車場で待っとけって……」


「あんた気付いてないわけ?」


「あ? どういうことだよ」


「私の力、使えばいいだけじゃない。あんたも、あのおっさんもあっという間にその倉庫とやらに持って行ってあげるから、場所だけ教えなさい。あんたの家も」


 高梨は瞬間移動が出来るが、その位置が分からなければ当然使いようがないのである。だが異世界での戦闘で仕込まれた彼女のイメージ力は高い。どの位高いのかと言うと、平面上の地図を見れば大体そこに転移可能なレベルで高い。


「おお、なるほど。よし、マップ開くからちょっと待ってろ。……そういや家の場所は誰にも言ってなかったな」


 土田が自宅を教えなかったのは、誰も漫研のメンバーで自宅を言うヤツがいなかったからである。それもその筈で、メンバーはそれぞれ普通ではありえない物や存在が家にあったりいたりする可能性が高く、基本的に誰にも言えないのだ。

 特に加藤など、常に妖精ちゃんがいるので危険極まりないのである。言えるはずもなかった。


「おう、それじゃまず俺の家だな。……あった、ここだ。こんなんで行けんのか?」


 そう言ってスマートフォンの地図アプリで自宅を示した土田。高梨はそれを見ると、ほんの数秒でイメージが完了していた。

 そして土田の腕を掴むと、一瞬で瞬間移動が完了する。


「うおっ、気持ち悪! なんかフワフワしたぞオイ!?」


「我慢しなさい……ぷぷっ」


 瞬間移動独特の感覚を初体験した土田が慌てる。その様子を見てほくそ笑む彼女。やはり先ほどの空中一回転が恥ずかしかったようで、仕返しと言わんばかりに前触れもなく転移させたのだ。意地が悪い。


「おっさん、驚いてないで行くぞ。いつまで落ち込んでるんだよ」


「おっさん? ……きゃあ! 何コイツ!」


 そう、土田の部屋では、おっさんが部屋の片隅で正座をしていたのだ。一人だけ仲間がいるとは聞いていたが、まさかこれだとは思っていなかった高梨は当然驚いた。凄まじい違和感だからだ。

 いかにも男子学生の部屋と言った様子のやや散らかった彼の部屋に、ピチピチのライダースジャケットを来たムキムキのおっさん。異常事態極まりないが、一度見ていることも手伝ってすぐに慣れた様子の高梨。

 一方の土田も当然見慣れた存在なので、一切の躊躇いを見せずにおっさんに話しかけていた。この人達は、おかしい。


 そんなおっさんが正座をしていたのは当然、以前の戦いでなんにも役に立たなかったことである。


「よし、こいつも連れてくぞ。倉庫はここだ」


「ふむふむ、まさかこんな所に非日常への入り口があるなんて誰も思わないでしょうね。そんなに遠くないじゃない……よし、オーケー。出発!」


――



「おし、着いた……あ」


「ここで合ってるのよね……あ」


「これ、まずいぞ、ふたりとも……」


 そこには、敵が沢山たむろしていた。ゲートを囲むように百人規模でいる筋肉集団には、言葉が詰まる一行。意図も予期もする暇もないまま、囲まれてしまったのだ。

 一瞬、土田一行と敵の集団は、双方の時が止まったかのように静止した。

 彼らは、待ち構えられていたのだ。

 そして敵兵達も、待ち構えていた。しかし、まさか瞬間移動して来るとは思っていなかったのだろう。

 互いにピクリとも動かない。


「これは……ピンチだな」


 だが、ここで逃げては町が被害を受ける。そう判断した土田と高梨。

 彼らは、すぐ起こるであろう戦闘に向けて、思案を巡らすしかなかった。


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