邂逅する互いの異世界
東龍太郎、キレる
「なんでここにお前が? どうして座敷童子ちゃんを?」
「ち、違うんですよ坊ちゃん。これは決して旦那様の命などではなく……」
東龍太郎は、彼にしては非常に珍しいことに、キレていた。激おこだ。
「父さんのことは今はいい。来い、久しぶりに手合わせしてやる」
「あわわ……殺されてしまうかも……」
こんなことになってしまった原因は、つい数時間前に遡る。
――
東は、先日のデイダラボッチ戦で山が受けた破壊の修復を終えた後、この町に戻って来ていた。彼は苦労の末ようやく漫画研究会の部室に戻り、いつものメンバーとダラダラとしていた。
普段と同様に、ある者はゲームを、ある者はスマホを操作したりすることで、ゆったりとした時間を過ごしていた。
だが東がふと、なぜか座敷童子ちゃんが近くまで来ていることに気づいた。
自分以外の面々がいる時には基本的に近付いてこないはずの彼女の存在を不思議に思っていると、東以外の三人はそれぞれ用事でもあったらしく、部室から一人、また一人とメンバーは減っていった。
そして最終的に残った東は、最後に出て行った高梨が戻ってこないことを確認すると、座敷童子ちゃんを呼び出した。
「出てきていいよ」
「……うむ」
「どうしたの?」
「わしをその……おぬしらが先ほど言うておった所まで連れて行ってはくれぬかの」
「えーと、もしかして中野駅周辺のこと?」
「そう、それじゃ」
座敷童子ちゃんは、加藤と東の会話を聞いていたようだ。加藤が良く通う店が多いので、彼の口からは時々出て来る地名だ。
東も時々遊びに行くことがある。
「……別にいいけど、あそこはこの辺りと違って結構な人混みだからね。大丈夫かなぁ、迷子になったりしない?」
「子供扱いするでない! ……わしはこの部室棟以外の場所にはあまり行かんからな。たまには出かけたいのじゃ。それに……」
「それに?」
「つい昨日、わし以外の妖怪が近くにいたのじゃ。わしはそれが怖くての。一旦気分転換でもしたいのじゃ」
まさか、と東は僅かに動揺を見せる。この町に妖怪が出るのは、それ程珍しいケースなのだ。
もしかして、座敷童子ちゃんの勘違いではないかと一瞬思う東だが、即座に間違いを訂正する。妖怪同士であれば彼らは、微弱な妖気でも互いの存在を敏感にキャッチすることができるのだ。東は確認を取る必要性を感じた。
妖怪を狙う妖怪というのが、この世には存在しているのだ。
「本当なんだね?」
「うむ、やはり人間のおぬしにはあまり感じられんようじゃな。それほど微弱なものじゃ」
「わかった。念のため僕も後で探しておくよ。ここの人達に被害があってはいけないからね」
ここで東は、一つ大事なことを確認する。
「そうだ、座敷童ちゃんは実体化できるのかな?」
実体化とは、妖怪が市井を巡る際に使用する術だ。本来ならば見えない彼らは、人間と交流を図る際には、この術を大体使っているのだ。そうでなければ、本来は見ることすら叶わない存在なのである。
妖怪だって、人間の作り出した文化を体験したいのだ。
余談だが、心霊写真と呼ばれるものは、全て妖怪たちのイタズラで、彼らは実体化していかにもそれらしく映り込む。迷惑なことこの上ないが、お互いにある意味楽しんでいるという側面がある。
もっとも、本物の悪霊には、そのような遊び心はないのだが。
「うむ、できるぞよ。後を着いていくだけでは面白くないからの。一緒に回ろうではないか」
「うん、それじゃあ着いてきて」
――
「じゃあ、僕から離れないようにね。何かあったら、すぐに知らせるように」
「わかったのじゃー」
彼女に町を案内してあげることにした東は、電車を数本乗り継いで中野までやって来ていた。
もし座敷童子ちゃんを狙う存在でもいたら危険かも、と少し不安になる東だったが、この時は、まさか自分がこの後憤慨する羽目になるとは思いもしていなかった。
そんな彼は、駅正面の通りから少し外れた一画に佇む、まだ歴史は浅いが品揃えは抜群の書籍店にいた。
「これが僕が時々来る本屋だよ」
「ほう、ここが……いっぱい本があるのう……むむ、どれも難しそうじゃ」
東は、一抹の不安を抱えつつも案内を楽しんでいた。店内では、東と座敷童子ちゃんはとても目立っていた。身長180センチメートルを優に超える東龍太郎と、10歳前後と思われる着物を着た小さな少女の組み合わせだ。無理もなかった。
それからも、東はカフェに蕎麦屋にと彼女を連れ回した。
座敷童子ちゃんが特に気に入ったのはカフェで、「後は日本茶があれば完璧じゃな」と評していた。後にある店にハマることになり、東を困らせることになるのである。
程なくして、大体目当ての店を回った彼ら。特に何も怒らないことに安心しきっていた東は、不用意にも座敷童子ちゃんから目を離してしまう。
「あ、ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」
そう言い残した東が、目に入ったコンビニへ入る。
それから用を足した彼が店を出ると、座敷童子ちゃんの姿がない。
「あれ? 座敷童子ちゃん?」
トイレから戻って来た東は、座敷童子ちゃんがいないことに気付いた。そんな彼が探知したのは、妖力だ。
それも、並の妖怪では出せないほど濃厚な力の残滓を東に感知させた。
例の妖怪が、座敷童子ちゃんが一人になったタイミングを狙ったのだと東はこの時確信していた。
「まさか……座敷童子ちゃんを狙って接近していたのか? クソっ」
東は走り始めた。確かに感じた妖気を頼りに、人混みの間を華麗にすり抜ける。
東が目立たない路地に辿り着くと、とても使われているとは思えない廃ビルの階段を駆け上がる。明らかに、そこから強い妖気が漏れ出ていた。
(いる。あの部屋だ!)
懐から事前に霊力を宿しておいた勾玉を取り出すと、ドアを開け放つと同時、対象に投擲する準備を整える。能力によって強化された強靭な脚力でドアを蹴り破る。
「先手、貰っ……た……? あれ? お前まさか」
「うえーん、わしは悪くないのじゃー。許してたもうー」
「ぼ、坊ちゃん? なぜここに?」
そうして、東はかつての彼の教育係である、
――
そして時は戻る。ここは某廃ビルの一室だ。
「僕は面倒が嫌いなのは知ってるよな? もう頭に来た」
地元を離れてからこんな短いスパンでトラブルが発生してきたことに東は頭に来ていた。それが、身内の起こしたことであることが、尚更頭に来ていたようだ。
稽古を付けてやると彼にしては珍しく息巻くと、廃ビルの中でも最も広い部屋を探し当て、容赦のない気迫と共に、烏天狗を睨み付けた。
その背後には、東の背に隠れるようにして脅えながら縮こまる座敷童ちゃんの姿がある。少し遅れていたら、殺されていたかもしれないのだ。
「坊ちゃん、なぜそんな弱小の妖怪を庇うんです? いったいどういう……」
「この子は一応、僕の友達だ。細かいことは後で教えてやるから、掛かってこい。教育してやる」
実は深山は別に座敷童子ちゃんを排除しようとしていたわけではないのだが、冷静さを失った東は話を聞きそうもないと判断した。
「……なるほど、事情はイマイチ分かりませんが、その座敷童は敵ではないということですね。わかりました。久々に、手合わせ願います。殺さないで下さい」
情けないことを言いながらも、深山は腰に差していた一振りの刀を抜き去った。そのぎらつく刀身は、一直線に東に向けられた。
「いきます……くっ!」
深山が一歩踏み出そうとした瞬間に、突如横から襲うプレッシャーに、攻撃を中止して前転をする。視認は出来なかったが、それは圧縮した霊力を物質化して放つ、東の十八番ともいえる技だった。
「どうした、お前はもっと早く動けるだろ」
「言われなくとも……しっ!」
裂風を纏った剣先を、最短距離で東に突き出す。命中すれば、生身の人間なら弾け飛ぶ威力を持つ攻撃だ。
しかし東は、手掌を開き指先で簡単な印を組むことで、簡易的な結界を発動させる。結界に深山の剣先が突き刺さると、甲高い金属音と共に弾かれた。
深山の攻撃は失敗に終わるが、結界を破るべく流れるような連撃を加える。
しかし深山が気付く。
(こちらの力が、削られている?)
そう、東が展開した防御結界には、攻撃した者の妖気や体力を奪う性質があった。そして、結界に蓄積された自身の力が突如逆流し、深山へと襲い掛かる。
「ぐっ……厄介なものを!」
たまらず後退する深山に、即座に追撃が飛ぶ。一切の予備動作を見せることなく、東はいつの間にか握っていた小刀を振り抜いた。
「ふっ!」
距離に関係なく等しく対象を斬るその剣技は、深山の胴体を軽く薙ぐ。
しかし、絶妙な距離感覚でそれを躱す深山へのダメージは、服の表面を切り裂かれるに留まった。ほんの僅かに皮膚が切れたことを東は確認すると、戦意を弱めた。
「はぁはぁ、次から次へと私を捉えるとは。さすがは、世界唯一の無詠唱退魔師ですね」
「……まさか、今のを避けられるとは思わなかったかな。よし、ケガも軽く負ったみたいだから、今回はこれで許してやる」
これが、東龍太郎の戦闘能力だった。軽く揉んでやると言わんばかりに深山をいなしていた東だが、こんなことができるのは彼だけだ。
本来烏天狗とは、そんじょそこらの退魔師ではスピードに中々着いて行けず、簡単に斬殺されてしまうこともあるほどの剣術の使い手なのだ。
「お、おお! すごいぞ東坊よ! おぬし強いではないか!」
初めて見る退魔師としての東龍太郎の姿に、興奮して声を上げる座敷童子ちゃん。
「まあね。多分、対妖怪で僕より強い人間はいないんじゃないかな」
「す、凄い自信じゃなお主。とにかく、助けてくれて感謝するぞ」
褒められて悪い気がしない彼は、座敷童ちゃんに軽く微笑んでから意識を再び深山に向ける。
「……それより、どうしてお前がここに? 僕の後を着けていたんだろう?」
「はっ。近頃、どうも敵勢妖怪の動きがきな臭いので、是非坊ちゃまの耳に入れておこうと思い、私が参上した次第でございます。彼奴らは我々退魔師と争うつもりかもしれません」
「また敵か……いつ頃動くのかな? その辺は把握して――」
「来週です。ですから、明日には作戦を決行します」
「……は?」
「ら、来週です。急な話で申し訳ございません。ですが、坊ちゃまが参戦して頂かないことには。明日には強襲を掛けなければなりませんので」
「いい加減にして欲しいな……報告が遅すぎるよ」
「も、申し訳ございません」
東は大きく溜息を吐いた。この深山には、時々こういうことがあるのは承知しているので叱ったりすることはないのだが。
「なー、なんの話をしておるのじゃ?」
しばらく蚊帳の外だった座敷童子ちゃんがやって来た。
「座敷童ちゃんには関係ない話だよ……さ、今日のところは帰りな。僕はこいつと話があるから」
「りょうかいなのじゃー」
言われた通りに、一人部室棟へと帰って行った座敷童ちゃん。そのことを確認した後、深山に詳しい話を聞いた東。
烏天狗の深山が言うには、最近、突然現れたぬらりひょんという妖怪が暴れ回っているので、これ以上力を付ける前に本陣を強襲して討伐する作戦を決行するということだった。
東以外には適任がいないと言えるほど、シンプルな作戦だ。少数精鋭による電撃戦。
特段、異存もない東は作戦への参加を了承することにした。場所は、八王子の方角にある山間部に作られた人工の洞窟とのことだ。ここからそれほど遠くないことに安心した東。
「じゃ、明日早速向かうよ」
「よろしくお願いします。私は協力者たちにお伝えすべく、一足先に現場に向かっておりますので。現地集合でお願いしますよ、坊ちゃま。寝坊などなさらぬよう――」
「お前いつまで僕を子供扱いするつもりだよ。全く、とにかく、明日で片づけるよ」
「はっ、お待ちしております」
「最後に一つ確認するけど、この間マンションで感じた視線はお前だよな?」
「ばれてしまいましたか。旦那様の命で坊ちゃまを……あ! 違います! これは私の独断で……」
「もういいよ、今度父にお前を解雇するように頼むから」
「そ、そんな殺生な!」
東は本気でそうは思っているわけではかったが、戦うことなく平穏に暮らしたい彼にとって、深山にはお引き取り願いたかった。
この戦いが終わればさすがにしばらくゆっくり出来るであろうと期待して、東は今回はちょっとやる気を出すことにしたのであった。
――
そして翌日。東は後悔していた。何の作戦も立てていなかったことに。
「くそ、こんなにいるなんて聞いてないぞ! 深山!」
「も、申し訳ございません! 一旦、一旦撤退しましょう!」
彼らは、前日の綿密な打ち合わせ通りに行動した結果、無様に敗走する羽目になっていた。
この日、現場に10分遅れで到着した東は、実に余裕そうな表情で現地入りを果たしていた。
東の他には、見たこともないフリーランスの退魔師、下級と呼んでも差し支えない程度の力しか持たない陽側の妖怪など、頼もしさの欠片もないメンバーが集まっていた。急な話なので、ロクにメンバーを集めることができなかった深山の手腕だ。
しかし、深山がいるし、なにより自分がいればなんとでもなるだろうと高を括っていた東は、とにかく敵陣へ強襲を掛ければなんとでもなると考えていた。浅薄。
「それで、敵の勢力はどうなってるわけ?」
「はっ、敵はぬらりひょんと名乗る妖怪を筆頭に、十数名だと予測が立てられております。以前私が偵察に向かった時は、それが敵の勢力の全てでした」
「了解。多少増えてるとしても、十分僕だけでなんとかなるかな。それじゃあ、お集まりの皆さん、僕から離れすぎないように着いてきてください」
そして東と深山が敵のアジトへと足を踏み入れた瞬間のことだった。
大量の妖怪が、洞窟から出現したのだ。
驚愕する東は、咄嗟に仲間たちに逃げるよう指示をした。何もできず、去って行った面々は逃げることに成功したのだが、足止めを敢行していた二人は焦っていた。
「くそ、これじゃ対象の所までたどり着くなんて無理だ。何とかしないと!」
しかし結局、百体はいようかという群れの進軍を止められなかった東と深山は、遠く離れた道の駅まで移動していた。
「あれは驚いたね。援軍が必要かも。あと、相応の装備も」
「そうですなあ。まさか大将の顔も拝むことなく敗走することになるとは夢にも思っていなかったですぞ……」
「……とにかく、そっちで何人か強い退魔師を集めておいてよ。なんなら父さんでもいいよ」
「旦那様、ですか。なるほど。名案でございます。打診してまいりますので、坊ちゃまも一旦自宅へお戻り下さい。また伺います」
「ああ、頼んだ」
あれを放っておいては、いつか人里に悪影響を及ぼすと考えた東は、装備を整えるべく一時撤退するのであった。
――
東龍太郎が大学まで戻って来たのは、翌日のことだった。部室に向かうためだ。
戦闘時に役に立つ種々の勾玉を入れておいた袋が、部室にあることを思い出したからだ。
自宅から装備を回収して来た東は、この勾玉があればより楽になると踏んでいた。
そんな彼でも、流石に百体を相手にするにはもう一人自分に近い実力者が必要だと考えていた。彼の父が適役なのだが、東は、深山があの頑固な父を連れて来れるとは思っていなかった。事実、すでに彼の実家では深山は叱責を食らっていたのであるが。新興勢力などお前たちだけでなんとかしろと。
都合よく協力してくれる退魔師か妖怪に出会わないかと妄想すらしていた東だが、普通ならばそんなことはあり得ないのだ。本人もそれは承知していた。
そう、普通ならば。
「あった……って、なんだろう、この感じ」
「うむ、明らかになにかがここへやって来ようかという気配を感じるな。東坊よ、まさかお主たちの言っていた敵か?」
部室に着いて早々に現れた座敷童子ちゃんが東と会話している所に、不穏な空気が流れ始めた。
「あり得ない話じゃないね。……来るよ」
二人は迫りくる濃厚な気配に構える。
すると、室内に突如黒く歪んだ亀裂が発生し、化生の存在を感知した二人。
「うん? これは……妖怪ではない?」
そこから現れたのは、一組の男女だ。
それは東も良く知る男と、見知らぬ小さな生き物だ。
何やらぎゃあぎゃあと口論をしている彼らは東の目に映ってはいるものの、その内容は頭に入ってこない。
彼らの名前はそれぞれ、加藤雄介と妖精ちゃんといった。
少しの間言葉が上手く紡げなかった東は、ようやく落ち着きを取り戻したのか、口を開いた。
「加藤……君?」
遂に、これまで交わることがなかった二つの世界が邂逅する瞬間であった。
まさか、と言わんばかりの驚愕の表情を浮かべた加藤はそれに答えた。
「あ、東……お前なんだよ、それ?」
「加藤君こそ……どうして物の怪と一緒に? そして、その力強い気配は一体?」
彼らの運命は、ここで初めて邂逅した。
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