自縄自縛のうぐいす

薄明一座

第1話 優柔不断の雀 1/3

 今日、五日原市は今年1番の冷え込みと街頭テレビに映るアナウンサーが暖かそうな格好で読み上げる。

 道行く人々も、アナウンサーと同じく暖かいダウンやジャンパーを着、中にはマフラーや手袋で更に寒波を遮断している人もいた。

 ポケットの中でカイロを揉みながら、スマホを開くと、先程届いたメールを確認した。

『16:40到着予定』

 簡素極まりない、送信者の人柄がよく現れた文章を閉じると、今の時間が表示された。

 16時50分。

 良くない兆候だった。僕の知る限り、送信者は約束を連絡なしで破る人ではなかった。

 つまり、急な何かが彼女の元に届いた事になる。そして、俺はそれを手伝う事が仕事だった。学校で勉強するのと同じくらいやらなければならない事だった。

『何かありました? 今どこですか?』

 メールを送信した直後、すぐ近くで着信音が鳴った。顔を上げると送った相手が立って、スマホを見ていた。肩掛けカバンにスマホを入れ、その女の子は短く告げる。

「待たせた。悪い」

「い、いやそんなに待ってないし大丈夫です」

「じゃ、行くよ」

 街頭テレビは鍋料理特集に移り、駅前のイルミネーションが灯る。

 飾り気の無いジャケットと赤いネイティブ柄のマフラーを巻いた女の子は歩き出す。

 慌てて追い掛け、先程気になっていた事を問いかけた。

「あの、鶯原さん」

「名字で呼ぶな」

「あ、すいません」

「謝る事でもない。で、何」

「少し遅れたみたいですけど、何かあったんですか?」

「……」

 はぁ〜〜、と大きな溜息が真っ白くなって夕暮れの空に溶けていく。

 横断歩道前で赤信号が変わるのを待っていると、少女は眉間に皺を寄せながら、カバンから取り出したポッキーをまとめて4本も噛み砕いた。

「……えっと、京花さん?」

「次宮」

「な、何?」

「予定変更。事件起きたから対応しろって」

「刀部さんは?」

「あの人はアンタが来た事で趣味に没頭する時間が増えた。とりあえず私らで調べて、内容によっては出てくる位に思ってて」

「僕、アクセサリー作りが本業って聞きましたけど」

 彼女はギロッとこちらを睨んでから、青信号になった横断歩道を渡り始めた。当然、僕は付いていかなければならない。

 彼女はまた溜息を吐き出す。手に持ったポッキーの先の形も相まって、煙草を吸っているみたいだった。

「本業がこっちだよ。アクセ、全然売れないし」

「そうなんですか? 意外だ」

「買う人、いない事はないけどね」

 ポッキーを食い終わった鶯原京花うぐいすばる きょうかは、手に持っていた袋から小さめの紙袋を2つ取り出し、1つを渡してきた。

 中身は、焼き芋だった。

「待たせたから、1つあげる」

「どうも……あ、今から直接現場に行くんですよね? 歩いていけるんですか?」

「バス使うよ」

 駅前から少し離れたバス停に着くと、時刻表を眺めた後で椅子に座った。

「あと5分で来る。34番」

「34番……番谷つがいだにの方ですか」

「次宮、あまりニュース見ないの?」

「まあ普通ですよ。見てるかもしれないですけど、あまり気にしないというか」

「女子高生が行方不明になっているのは」

「それは知っています。帰ってきた人も、行方不明の間何があったか覚えていないとかって」

「そっちが、助かった方。今から行くのは、助からなかった方」

「……」

「私が1人で行ってもいいけど?」

「い、いや、僕も行きますって」

「そ」

 待っている間に芋を食べ終えたが、緊張で味が良く分からなかった。

 実際よりも早く来た様に思えるバスに乗り込み、彼女と並んで席に座る。

 着くまで20分位かかると言われたので、スマホで女子高生の行方不明事件について調べてみる事にした。

 最初の事件は、3ヶ月前の8月4日に起きた。起きたというか、発覚したのか。

 その日、女子高生のHさんが、ふらふらしながら赤信号の横断歩道を渡ろうとして、警察官に注意された。女子高生の反応は曖昧で、財布の中にあったレンタルビデオ店のカードから名前が分かり、それで彼女が7月から行方不明になっていた女子高生だと判明した、という事らしい。

 更に記事を追うと、8月30日、9月10日、9月27日、10月8日にも同じ様にふらふらしている行方不明の女子高生が見つかった。女子高生同士に接点はなく、同じ学校の人であっても友達とか交流があったという事もなかったそうだ。

 記憶に曖昧な所はあるものの、体に異常は見られないので、回復を待ちつつ捜査を進める……という所で新しい記事は見つからなくなった。

 隣に座っている京花は、目を閉じてじっとしている。

「……あの、京花さん」

「……何」

「ネット記事に上がっている所は読みました。けど、共通点は無いんですよね?」

「傷が同じなんだよ」

「傷?」

「保護された子は皆、左肘と肩の間……三頭筋の辺りに傷があったらしい。カッターで付けたみたいな小さいやつ」

「体に異常は見られなかった、って書いてましたけど」

「そりゃ、傷自体は小さいし、健康なのは合っているからね」

「……でも、傷付いてるんですよね」

「知らない。記事書いたやつに言ってよ」

 両手をスカートのポケットに入れ、鼻の上にマフラーが来るまで顔を埋めてしまった。

「京花さん」

「寝るから着いたら起こして」

「どこで降りるか知らないんですけど……」

「……番谷団地」

 それきり、京花さんはこっちが声をかけても反応を返さなくなった。

 日に焼けたまぶたは閉じられ、バスの窓からに差し込む夕暮れの光に眩しげな反応も見せない。

 読んでいた記事の画面を一旦閉じ、メール画面を開く。

『今、団地に向かっています』

『ご苦労様。突然でごめんね』

 作業をしていると思っていたが、返事が早い。

『僕にも連絡下さい。突然鶯原さんから行先変わったの知らされて驚きました』

『ドッキリ成功』

『真面目に言うと、私に話が下りてきたのも30分くらい前でね』

『大丈夫なんですか、それ』

『藤屋さんから直だから、まあ、探る分には大丈夫だと思ってね。必要なら呼んでね』

『もう呼びたいくらいなんですけど。鶯原さんすごく怒ってるみたいだし』

『キョーは今何してるの?』

『横で寝てます』

『じゃあ大丈夫』

 バスのアナウンスが、次の停留所の名前を告げた。番谷団地前。

『着いたので行ってきます』

『宜しくね、ハー君』


              ***


 番谷団地。

 中心街からバスで20分ほど走った所にある、3階建の1棟当たり18部屋ある団地で、全体で6棟ほどが並んでいる。

 棟と棟の間には銀杏の木が何本も並んで、黄色い葉は木と道を包みこんでいた。

「何処かの部屋なんですか?」

「3棟のすぐそば」

 どんどん進んでいく京花さんの後ろを歩きながら、何となく見回しているとようやく異様な雰囲気に気付く事が出来た。

 駐輪場に溜まっている錆びた自転車、小さな公園にある1つきりのブランコ、チラシが散乱している郵便受け置き場、真っ暗な室内が中に見えるベランダ……

「……人が住んでいない」

「この辺りだけみたいね」

 人気のない団地の中を進むと、大きな3の文字が貼り付いた団地が見えてきた。

 入口を素通りし、小さな銀杏の木が見える棟の脇まで行くと、銀杏の葉よりやや暗めの黄色と黒い文字で立入禁止と書かれたテープで仕切られた場所があった。

 テープのすぐ近くには警官が立っている。

 京花さんは構わず、ずんずん歩いていく。当然、警官に止められた。

「君達、ここは立入禁止だ。向こうに通り抜けたいなら他に行ってくれ」

 じっと警官の顔を睨みつけた後、京花さんが振り向いて彼を指差した。

「あ、あの、すいません。僕達、藤屋さんに此処に行く様に言われて来た、刀部銀夜の者です」

「……藤屋? 藤屋警視?」

「はい、藤屋享巖ふじやたかよし警視です」

「君達、高校生だろう?」

「そうです」

「……待ってもらっていいかな? 確認するから……あ!ダメだ!待て!」

(マズい!)

 僕が話している間にさっさとテープを越えてしまった京花さんの肩を警官が掴んで制止する。

 京花さんが警官の腕を振り払うより先に、僕が警官の腕を掴めた。

「君、手を放しなさい!」

「あ~……えっと、お巡りさん、早く彼女から手を放した方が良いです」

「何だって?」

「……彼女から、手を、放して下さい。お願いしますから」

「君達、本当に警視から言われたのか? もしかして、事件と関係があるんじゃないだろうな!?」

「あ」

 何と説明するべきか悩むより前に、気の抜けた京花さんの声が聞こえた。

 棟の角の向こう側からもう1人の警官が出てきた。知っている人だった。

真条しんじょう、どうかしたか」

加藤かとうさん! この2人が勝手に」

「真条、まず手を放してやってくれ。この2人の事は知っている」

「……って事は、本当に藤屋警視の知り合いなんですか?」

「下請けみたいなもんだ」

「アンタらは孫請けじゃん、加藤」

 手を放した真条さんのことはもう気にならないらしく、京花さんは早速加藤さんに噛み付きに行ってしまった。

「加藤さん、お久しぶりです」

「次宮も元気そうだな。あまり長続きしないかと思っていたが」

「まぁ、一応……あの、向こうに、その」

「被害者だろう? あっちにいる。真条、もう少し1人で頼めるか」

「は、はい、分かりました!」

 加藤さんを先頭に、草刈りを終えたばかりの道を歩く。

 ほんの数秒の距離だ。心の準備なんてしようもない。

 僕の気持ちに関係なく、ソレが一息に目に飛び込んできた。


 最初に見えたのは、酸化して黒くなった血に塗れた団地の壁。

 僕の目の高さに塗られた血は、筆で払いをする時の様に下へ流れていき、黄色や蛍光色が派手な服装の人に辿り着いた。その人影が動き出す事はもう無い。

 壁に寄りかかり、顔を伏せて両手足を投げ出している。僕からは、長い茶髪の影になって胸やお腹は隠されていた。

 しかし、お腹の辺りにも赤黒い染みが広がっていて、顔がどうなっているのかを想像させた。


「綺麗だね」

「え」

「鶯原、これ見てその感想は止めた方が良いぞ」

「……いや、美しいとかじゃなくて、綺麗に残ってるなって事」

「そういう事なら、俺も思ったな」

「……綺麗な方なんですか?」

「俺もこういう現場には何度か出くわしているが、残っている方だな。次宮も何度か現場に来ているなら分かるだろ」

「僕はこれが普通だと思ってましたよ……」

「次宮は新人だからね」

 京花さんは被害者に近づくと、下から顔を覗き込む。

「おい、まだ警察の検証が終わっていない。触るなよ」

「口の中だけ見せて」

「なら、せめて手袋くらいしてくれ」

「僕、持ってます」

「ありがと」

 ゴム手袋をはめると、京花さんは思い切り口の中に指を入れ、動かし始めた。

 ……見ているだけで、少し気分が悪くなる。

 数秒で指を抜き、手袋を外した。

「次宮はどう思う?」

「え? 僕ですか?」

「他に誰がいるのよ」

「いやぁ……どう、と聞かれても……」

「アンタ、勘が良いでしょ。何でも良い、これを見て第一印象は?」

「刀部さんもそうですけど、何で僕に第一印象を聞くんですか?」

「つべこべうるさい」

「……何でこんな事するのかなって所ですかね」

「まあ、そうだろうな」

「それは、理由の意味? 場所の意味?」

「え?」

 思い掛けない質問が、以前刀部さんに問いかけられたものと重なって、初めて事件に巻き込まれた時の事が思い出された。

「……どうかしたの?」

「……前に、刀部さんにも同じ事を訊かれたなって、少し思い出しで」

「その時、説明されなかった?」

「『ちゃんと、自分が何を感じているのか説明できる様にした方が良い』とは言われました」

「それだけ?」

「はい」

「……適当な言い方したな……まあ、いいや。で、どう?」

「そうですね。場所の方が気になりますね」

 加藤さん達が張ったのか、周りにはブルーシートが広がっているが、今いる場所は道路からよく見える。

 あまり、人気がないとはいえ、何故ここなのか、と思うのだ。

「加藤、通報っていつ?」

「1時間前だな」

「え、今18時前ですよ? それまで見つからなかったんですか?」

「そのへんをこれから調べるんだよ。俺は、昼過ぎに犯人がここに遺棄したんだと思うけど」

「いつ死んだかとかも、これから調べるんだよね」

「まぁな」

「……次宮、帰って雪さんに報告しに行くよ」

「あ、もういいんですか?」

「それはこっちのセリフ。もういいの?」

「まあ、僕は特に……」

「じゃあ行くよ」

「あ、京花さん、待って……じゃあ、加藤さん、ありがとうございました」

「おお、刀部さんにも宜しくな」


              ***


 バスで駅前に戻ってきた僕達は、そのまま駅の改札に入って、ある駅を目指した。

 その間、京花さんは眉間に皺を寄せ、何事か、考えを巡らしている様だった。

 カバンから出した板チョコをボリボリ食べながらも、頭の中では先程の事件現場を思い出しているのだろう。

「アンタさ……場所以外には何か思わなかったの」

「何かってほどはないですよ。今までの事件の事も知らないですし」

「顔」

「え?」

「顔、見たら何か分かったかもね」

 被害者の顔、という意味なのはすぐに分かった。

「かも、知れませんね」

 15分ほどで目的の駅に着き、ロータリーから東の方向で歩き出す彼女の後ろを、変わらずに追いかける。会話はなく、京花さんは茎わかめを食べていた。

 途中、制服姿の女子高生達とすれ違った。

 僕や京花さんとは違う高校の制服で、笑い合いながら部活や嫌な先生の話をしている。団地で見た被害者のものとも違う制服だけど、少しだけ重なって見えるようだった。

 広い公園の前を横切ると、民家を改築した店と、針金を束ねて作られた【刀部銀夜】の看板が見えてきた。ドアを開けるが今日も客はいない。店員もいない。

 レジカウンターをくぐって奥のスタッフルームに入るが、ここにも誰もいなかった。

「……探してくる。お店見ておいて」

「分かりました」

 スタッフルームにある階段を上っていく京花さんを見送り、ロッカーにあった従業員用の服に着替えてエプロンを着ける。

 スタッフルームを出て、店に立つがケースの中にある物も、ケースの外に並べている物も動いた様子が無いのでやる事がなかった。

 お店に出る時は立っていなくても良いし、本を読んだりしていて良いと言われているが、取りあえずホウキを持って床を掃きながら適当に商品を見る事にした。

 店主が砂浜で拾ってきた流木が天井から吊るされ、そこから更に革紐が吊るされている。革紐の先には、銀製のアミュレットが付いていた。

 並べられている物も銀製のネックレスや指輪……ケースの中にある物はもっと複雑な造形で高価な物だ。店主が『効果も高いけどね』と言っていたドヤ顔が浮かんでくる。

(……あれ、これ……)

 紙の上に無造作に置かれた指輪が目に付いたのは、それを初めて見たからだ。

 この店で働く様になって、普段はほとんど掃除をしているので商品の内容や陳列の構成などは覚えてしまったので、新作が出るとすぐに気付ける様になっていた。

「鳥の巣……?」

「流石、良く分かるね」

 指輪の下にあるケース越しに、長い黒髪と大きな目がぬっと現れた。

「キョーなんか、これ最初に見た時何て言ったと思う? “牧場にある藁を丸く固めたやつ”だよ? ひどくない?」

「受けてるイメージは同じだと思います」

「だから私は何も言えないんだよね~。キョーのやつも分かってて言ってる節あるしさ」

 作ったスペースに指輪を並べ、ケースの鍵を締めた女性が立ち上がる。

「刀部さん、目のクマ、すごいですよ」

「さっきまで寝てたのに、キョーの起こされたのよ」

「寝る時は店閉めろって言ってるよね?」

 従業員用の服とエプロンに着替えた京花さんが紙束をケースの上に置いた。

「盗まれて困るもんは並べてないし、いいじゃない」

「困るのは私と次宮の給料だって言ってるでしょ」

「お店の収入は維持と材料費だから給料は別口だって知ってるでしょ……あれ? 煙草知らない?」

「上でしょ。っていうか、店の中で吸うな」

「あぁ、そうだった。ごめんごめん。えっと……じゃあ、藤屋さんから投げられたやつの説明しようか」

 紙束の中から抜いた3枚が並べられる。つまり、被害者は3人なのだろう。

「今日で3人目。2人目の時から関連があるかもって思われていたみたいで、今回で確定って状況ね。藤屋さんは別件で手が足りないから、私達に回ってきた。解決してもいいし、調べて藤屋さんに戻しても大丈夫って言われてる」

「あの、京花さんから、こっちは助からなかった方だって聞きました。行方不明だった人が見つかった事件とどういう関係があるんですか?」

「腕の傷の話はしたでしょ。こっちにもあったんだって。欠損があるからこっちは気にされていなかったみたいだけど」

「欠損……」

「そうそう、それで、今回の事件でもう1つ共通点がハッキリしたのよ」

「舌でしょ」

 驚いて横を向くと、暖色の照明でかすかに赤くなっている京花さんの顔があった。

 表情に変化はない。

「そう、舌が無くなってるのよ。“女子高生”“腕の小さい傷”が全員の共通点で、死んだ方には“舌が無い”って所ね」

「……舌が……」

「……ユキさん、マジでこれ私らにやらせるの? 次宮こんなんだよ?」

「キョー1人だと、見つけるの時間かかるだろうし、見つけてもちゃんと捕まえられないかもしれないでしょ。引き渡す様に言われてるから」

「マジかぁ~……」

「ハー君」

「は、はい!」

「何度か現場には連れて行ったからわかると思うけど、今回の件で本格的に“蟲”の相手をしてもらう事になるわ。最終的には独り立ちできる位になるといいなぁって思うんだけど」

「……はい」

「キョーはこう言ってるけど、今まで一緒にやってきて、ハー君も十分にやれると思ってる……キョーと違うやり方で」

「次宮、私の邪魔にならない様にしてよ」

「今のは、キョー風に無理するなって言っただけだから」

「大丈夫です、そのへんは分かる様になりました」

「いや、言ってないから。ユキさんも適当な事言わないでよ」

「あの、やった奴を調べるのってどうするんですか?」

 京香さんが紙束から別の紙を引っ張り出した。

「やる事は警察と変わんない。被害者の周辺を調べて、怪しい所を調べる。調べてる最中に犯人が襲ってくれたら楽なんだけど」

「京花、そういう考えは止めなさい」

「……分かってるよ。次宮、明日は?」

「え、あ、明日は大丈夫です……」

「じゃあ、明日はここの駅前で。この人から調べるから」

 そう言い残し、京花さんはレジの方に行ってしまった。

「はぁ~……すぐふてくされるんだから……」

「あの、刀部さん……」

「ハー君、あの子の事、よく見ていてね。すぐ突っ走って何でも自分でやろうとするの。新人に色々教える事になったら、少しは変わるかもしれない」

「僕が何か言って止まる人じゃないと思いますけど……」

「止まるよ。君が言ってくれたら……多分ね」

 そう言って、刀部さんは薄く笑った。悲しそうに、諦めている様に。

「ま、私は世代が違うから、同じ世代同士なら仲良くなるのも早いかなぁ、って思ってるだけだから、君もあまり気負わなくて大丈夫だよ」

 何となく、その表情を見ない方が良い気になってしまい、さっき京花さんが出した紙に目を下ろした。

 女子高生の名前や、学校名が書かれている。

「あれ、この学校って、すぐそこですよね?」

「そうだよ。最初の子はそこにある桐山とうやま学院に通っていた。店の前を通り過ぎた事があったかもしれないね」

 さっきすれ違った女子高生の顔がふっと脳裏に浮かんで消えた。

 もしかしたら、あの中の誰かとか、今日すれ違わなかったのかもしれない。

 今は写真でしか見られない最初の被害者は、あの中に居たのかもしれなかった。

「刀部さん、僕、やってみます」

「……うん。期待してる。じゃ、資料はここに置いておくから、目を通しておいて。分からない事があったら、キョーか私に聞いてくれれば良いから」

「分かりました」

 背伸びをして、スタッフルームの方に向かった刀部さんが、何かを思い出した様に近くに戻ってきた。

「どうしたんですか? 寝た方がいいですよ」

「聞いとかないといけないと思ってね。ハー君、犯人が舌を抜いた理由って何だと思う?」

「……何ですか、それ」

「何となくで良いの。けど、ハー君には必要な事よ」

「何となく……」

 垂れてきた前髪を上げ、今聞いた話と、目の前にある資料を読んでいると、ふと言葉が浮かんできた。

「……不安、だったから?」

「今浮かんだ言葉を、少しだけ頭の片隅に置いておいてね」

「本当に、ただの思い付きですよ?」

「思い付きでいいの……じゃ、私は改めて寝てくる」

「お休みなさい」

 店主が去り、店の中には僕と京花さんだけが残された。

 店のドアから見える外は暗く、街灯は近い。

「……京花さん、宜しくお願いします」

 レジ越しに声をかけると、京花さんはポケットに入れていたココアシガレットを1本、僕に差し出してきた。

「死んだら煮付けにして食ってやるよ」

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自縄自縛のうぐいす 薄明一座 @Tlatlauhqui

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