第11話:朝の遭遇

 楓から逃げるようにして学校に行った樹。

 暫く歩き自販機でホットコーヒーを買い、公園のベンチで飲んでいた。


「ったく。なんで母さんはあんな事を聞いたんだか……」


 朝の出来事を愚痴りながら飲んでいると、背後から声がかけられた。


「……桐生さん?」


 昨夜も聞いたこの声。

 樹は振り返り、名前を呼んだ声の主の方を見た。


「ん? この声は天宮か?」

「やっぱり桐生さんでした。おはようございます」

「おはよう」


 蜂蜜色の髪を靡かせ、慈愛に満ちた優しいカラメル色の瞳は樹を捉えていた。


「今日は早いですね?」

「ああ。菜月に無理矢理起こされた……」

「なるほど」


 分かってくれたようだ。そこで樹は、先程母さんに言われた言葉を思い出し若干顔を赤らめた。


「……あの、桐生さん顔が赤いようですが?」

「……」

「桐生さん?」


 その言葉で我に返った樹は、慌てて天宮に言葉を返す。


「い、いや、ただ寒いだけだろ」

「そうですか? なら良いのですが……」


 コーヒーを飲み終わった樹は、立ち上がり近くの缶専用ゴミ箱へと捨てた。


「そろそろ行くかな」

「そうですね」


 樹と天宮は公園を出て学校に向かった。

 だが、ここで樹は思い至ってしまう。

 このまま天宮と登校したらどんな目に遭うのかを。

 噂は瞬く間に学校中に広まること間違いないだろう。


 今はまだ学校まで残り十分くらいの距離であり、まだ同じ学校の生徒はいない。


 樹が天宮を見ると手をはぁー、はぁー、と温めていた。


「天宮いいか?」

「はい。どうしました?」

「俺と天宮が一緒に登校したら不味くないか?」


 樹の言葉に天宮は口を開いた。


「どうしてですか?」


 どうやら天宮は分かっていないようであった。

 学校には天宮のファンクラブがあり、さらにはほとんどの男子が天宮のことを狙っていると言うことを。


「色々と噂になるかもしれない。ここは時間を置いて俺が後から着いて行く。それでいいか?」

「なるほど……分かりました。それでは先に行きますね」

「待ってくれ」

「どうかされました?」


 樹はそのまま近くの自販機に立ち寄りココアを買った。それを天宮に手渡した。

 今もなお、天宮は寒そうにしているのだから。


「寒いんだろ?」

「悪いですよ」

「気にするな。受け取ってくれ」

「……それでは頂きます。ありがとうございます」


 ココアを受け取った天宮は両手で持つと、「温かい」と呟き笑みを浮かべた。


「それじゃあ。また学校で」

「はい。桐生さんは学校に遅れないように」

「分かってるよ」


 いつもより早く出たんだ。遅れることはないだろう。

 そう思い、樹は天宮の背を見届けた。


「もう一杯コーヒー飲むか」


 自販機でコーヒーを買った樹は、ゆっくりと学校に向かうのだった。



 学校に着き教室に入ると、半数以上が来ていた。

 樹が席に着くと、隣席の天宮と目が合った。

 軽くペコりと頭を下げた天宮に、樹は目線で「気にするな」と伝えた。


「ふふっ」


 天宮の小さな笑い声が聞こえた。

 恐らく聞こえたのは樹だけであったろう。


「樹おはよう」

「一条おはよう……あれ? 今日朝比奈と一緒じゃないのか?」

「それなんだが──」


 一条が何かを言おうとした瞬間、キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴り響いた。

 そしてチャイムと同時に、教室の扉がバンッと勢いよく開かれた。


「間に合ったぁぁあっ!」


 朝比奈であった。


「せ、セーフ……はぁ、はぁ……」


 ゼェゼェと荒い息をしている朝比奈に、クラス中が笑っていた。

 そんな朝比奈は自分の席へと着いて、こちらを見た。


「おはようつっちーにつっきー」

「おはよう結花。間に合ったんだ。良かったよ」

「おはよう。てか朝比奈は寝坊か」

「俺もそう思っていたんだよ」


 樹の寝坊と言う発言に朝比奈が反応し、反論する。


「ち、違うよ! そんなんじゃないから!」

「「……やっぱりか」」


 樹と一条は息ピッタリにそう呟いた。


「だからち、ちち違うってば! 信じてよ!」


 めちゃ同様している。これは本当なのだろう。

 朝比奈は嘘が苦手だ。それが彼女の良い所なのではあるが。


「そうだ。まっしーもおはよう」

「おはようございます朝比奈さん。ギリギリはダメですよ?」

「まっしーまで……」


 シュンと落ち込む朝比奈であった。




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