第8話:聖女様は絡まれる

 放課後。一条と朝比奈は、帰り道が樹とは途中まで一緒だ。なのでいつものように適当にブラブラしてから解散した。


「樹、また明日学校で」

「つっきーばいば~い!」

「おう。二人ともまたな」


 二人と別れた樹は音楽を聴きながら帰っていると、同じ高校の、女の子が他校の不良二人に絡まれていた。


「可愛いじゃん。これから一緒に何処かいかない?」

「え、あの、その……」

「なに? 聞こえないよ~?」

「それともホテルの方がいいかな~?」


 チンピラ不良二人はゲラゲラと汚い笑い声を上げた。

 その絡まれている女の子をよく見ると──天宮であった。


「ほら行こうぜ」

「沢山可愛がってやるからよ」


 そう言ってクソチンピラ不良は天宮の手を掴もうとした。


「誰か、誰か助けて……」


 そして樹の耳にだが、小さい声ではっきりとその助けを呼ぶ声が聞こえた。


「あ、もしもし警察ですか? 今女子高生が男二人に絡まれていて……はい。そうです。場所は――」


 振り返ったクソゴミ屑チンピラ不良の二人は、通報したであろう樹を見た。


「ちっ! 早く行くぞ!」

「お、おう! 覚えてろよ!」


 そう言い残し去って行くゴミ二人。嫌がっている女の子を無理やり連れて行こうとするのはゴミ屑がすることだ。

 天宮は自分をチンピラ不良から助けてくれた人を見ると――樹であった。


「桐生さん……」

「災難だったな。怪我とかはないか?」

「はい、怪我などはありません」

「そうか。ならよかった」

「あの、ありがとうございます。助かりました」


 ペコリと頭を下げる天宮。


「気にするな」

「それでもありがとうございます」


 そう言って顔を上げた天宮の目尻には――涙が溜まっていた。

 恐らく怖かったのだろう。

 樹はポケットからハンカチを取り出して手渡す。


「……拭いた方がいい」

「な、泣いてなんかいませんよ! これは嬉し涙です!」

「嬉し涙? 絡まれたこと? それか俺に助けてもらった事?」


 その瞬間天宮は顔を赤く紅潮させ、口をコイの様にパクパクとさせる。

 そんな彼女を見て可愛いと思う樹だが、そんなことを言える雰囲気ではない。


「ち、違いますよ! 桐生さんの勘違いです! それじゃ先に帰りますね!」


 どうやらハンカチは必要ないらしい。流石の樹でも、チンピラに絡まれたばかりの女の子を一人にはしておけない。背を向けて先に帰ろうとする天宮に樹は呼び止める。


「待て待て。家まで送って行く。またさっきの奴らに絡まれるかもしれないだろ?」

「うっ……」


 立ち止まった天宮は振り返り、俯きながらも口を開いた。


「お、お願い、します……」


 天宮の小さく呟かれたその言葉は、しっかりと樹の耳に届いていた。


「ああ、お願いされた」


 夕暮れの帰り道。

 先ほどまで赤かった顔も、今では白磁のような白さに戻っていた。

 だがその白い肌も、夕焼けで薄っすらとオレンジ色に染まっている。

 無言だがそれも悪くないと樹は思っていた。

 それから少しして天宮の自宅マンション前へと着いた。


「じゃあ、俺は帰るから」

「……あの」


 天宮に背を向け帰ろうと歩き出そうとしたところで呼び止められた。


「どうした?」


 振り返り天宮に尋ねるのだが、どこかそわそわしているように樹には見えた。

 何もないのなら帰りたいのだ。早く帰らないと菜月からまた電話がかかってきてしまう。

 そう樹が思っていると、天宮はカバンからハンカチを取り出した。それは樹が先日貸したハンカチであった。


「……学校ではなかなか返せなくて。その、ハンカチありがとうございました」

「そもそも俺と天宮は学校では話さないしな、そんじゃ帰るよ」

「……あの桐生さん」


 ハンカチを受け取った樹が帰ろうとするのを天宮が再び呼び止めた。


「ん? まだ何かあるのか?」

「お礼って程ではないのですが……その……」


 イマイチ何が言いたいのか要領がつかめない。

 なので、聞こうと口を開きかけたところで、


「良かったらお礼を含めて、その、お夕飯を食べて、いきませんか……?」


 そんな天宮の言葉に、樹の口から「は?」と言う声が漏れた。


「……何故お礼でそうなるんだ?」

「その……桐生さんには色々と聞いてもらいました。それにお夕飯も頂いたので、それを含めたお礼です」


 天宮にそこまで言われると、樹も断るのが申し訳ないと思ってしまう。天宮の方を見たら――上目遣いでこちを見つめていた。


(うぐっ、そんな目をされたら余計に断りづらいだろ……)


「……分かった。母さん達に電話して伝えておくよ」

「はい。ありがとうございます」


 樹は自宅に電話を掛ける。


『もしもし桐生ですが』


 少しして電話に出たのは樹の母である楓だった。

 菜月ではなくてホッとする。菜月だったら「私も行く!」と言い出すからだ。


「もしもし。樹だけど」

『樹? どうしたの?』

「実は――」


 樹は天宮の家で夕飯を食べるから、家では食べないと伝える。


『あらあらまあまあ~。家に上がって食べてくるのはいいけど、真白ちゃんまで食べちゃダメよ?』

「息子に何言ってんだよ!? そもそもそんな関係ではないからな!?」

『はいはい。真白ちゃんにお礼言うのよ?』

「わかってる。じゃあ」

『は~い』


 母親が言うセリフではないだろう。だが、それが楓なのだ。

 電話を終えた樹は天宮に向き直る。


「そんじゃお言葉に甘えてご馳走になります」

「はい。では中にどうぞ」


 心なしか、少し喜んでいるように感じる。

 天宮の後に着いていきマンションの中に入り、雨宮の自宅へと向かうのだった。

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