第21話 再来の魔獣

 帰ると不機嫌そうな顔のゲルデが迎えてくれた。

「ただいま」

「うん」

「じゃあおれ修行に行ってきますね」

「バカなの?」


 踵を返したおれの首根っこをゲルデが掴んだ。

「しばらく家にいなさい」

「......うん」

 おれは首根っこを掴んでいるゲルデの手を取り、家の中へと進む。ゲルデが安心したように「素直でよろしい」と言った。

 ふ、なんてな。


 おれはゲルデの手をなるべく優しく振り払い、外へと飛び出した。腕を怪我しているとはいえ、ここ最近の修行でかなり足も速くなっている。振り切るぜ。

 

 顔面に柔い衝撃が走る。痛みは無い。けど、

「ガボっ!」

 息が出来ない。なんだこれ水か!? 

 引き剥がそうとするけど、何せ水だ。掴めやしない。

 ん? でもこれ。


 おれはしゃがんでみた。水が無い。息が出来る。

「プハ......」

 死ぬかと思った。頭上を見ると、中空に水で出来た、球がフヨフヨ浮かんでいる。なるほどこれに突っ込んだのか。いやはや、ちゃんと前を見て走っていなかったな。


 まさか道の真ん中に水の塊があるなんて思わなかったし。

「さてと」とひのきのぼうを出し、それを杖代わりに立ち上がる。今日も元気に修行と


「ベン」

 呼ばれた方を振り返ると、ゲルデが立っていた。あ、マズイ......。ゲルデはおれの手にあるひのきのぼうをサッと取る。


 ゲルデは冷たい目でおれを見ている。片手にはおれのひのきのぼう。そして空いた方の手の平からゲルデは水の球を出す。それは徐々に大きくなっていく。


「次逃げたら窒息死させるから」


 ゲルデさんそれ子どもに対して言う言葉じゃない。おれは言葉を発せず作り笑顔でコクコクと頷くしか出来なかった。ゲルデの水の球はおれの身体を包めるくらいに大きくなっていた。


 おれは素直に家へと帰るゲルデの背中を追った。


 あれに閉じ込められたらまじでなすすべなく死んでまうな......。おれはまだまだ弱い。


 そう思うと修行したい欲がムクムクと起き上がってくる。なんて考えを察したのかゲルデが後ろを歩くおれを睨んだ。

 

 今日はやめとこう。まじで殺される。



 家に篭る生活を続けること数日。いよいよおれの背中からはキノコが生え、足の裏には苔がむしてきそうと言う時、ゲルデから外出許可令が出された。


 まだ腕の怪我は完治していない。無理をしないと言う条件付きで外出許可だ。修行はもってのほかだが、ヴェストとルピアとおしゃべりするくらいなら問題ない。

  

 前世では自宅大好きで、ゴミ出しなんぞもってのほか、散歩なんぞ一度もしたことないと言ったおれだが。今世ではお外大好きマンだ。


 たかだか数日ぶりの散歩だと言うのになんだか随分と久しぶりな気がする。村人もおれの顔を見ると挨拶をしてくれる。中でも珍しい人が声をかけてきた。


「もう腕は良いのかベンジェン」

 低めで凄みのある声。見ると、巨大な生物がおれを見下ろしていた。オークのオドベノスだ。


「立って歩くくらいなら平気ですよオドベノスさん」

 この人とまともに会話していたら首を痛めるな。かなり見上げなければならないからな。


「ウチの子が世話になった。悪かったな痛かっただろ」

「ウチの子?」


 ウチの子って誰かと間違えているのだろうか。おれの腕の怪我はヴェストとルピアから受けた傷だ。それとも他の件だろうか。


「ああお前は知らないのか。ルピアはウチの子だよ」

「......あぁ、オドベノスさんが保護者になってたんですね」

「そうゆうことだ。ルピアから聞いてなかったのか」

「......知りませんでした」


 そういえばロサかゲルデがそんなこと言ってたかもな。少なくとも本人からその話は聞いていない。

 ま、どうでも良いけど。


「そうか。まぁいい、これからも仲良くしてやってくれ。ちょっと感情的になるところもあるけど良い子だよ」

「もちろんです」


 あんな可愛い子と仲良くなれるんなら、腕くらいどうってことないね。あれは将来美人に育つぞ。ケケケ......。


◯ 


 村をひたすら散歩していると、ロサが目に入った。ロサは力仕事の真っ最中だった。見た目は細いんだが、アホみたいに重そうな荷物を運んでいた。


「ロサ手伝うよ」

 話しかけ、ロサが荷物を両肩に担いだままおれの方を向く。

「バカなのか?」

 おお、デジャヴだ。なんか最近誰かとこんなやりとりをしたような気がするな。誰とだっけか。


「良いじゃないですか。最近身体をまるで動かさないもんだから鈍って仕方ないんです」

「ダメだ」

「許可しないと、この場で”手伝わせて!”っておしっこ漏らしながら駄々をこねるよ」

「お前そんなこと今まで一度もしたことないだろ......」


 そりゃ中身は30超えてるからな。ただし、手伝わせてくれないと言うのならやるしかないだろう。なりふり構ってられっか。


「まぁ良いや。そこの左に置いてあるのを運んでくれ」

「やった!」

 よっこらっせと片腕で一番軽そうな荷物を担ぐ。

「え、重......」

「当たり前だろ」


 食料保管庫へ運ぶ道中、ルピアがいた。ルピアはおれを目に止めると、気まずそうに視線をずらした。


「ベン......」

「おうルピア。手伝えや」

「あなた年下......わかったわよ」


 言ってる途中で怪我した腕を見せつけると、ルピアは難しい顔をして素直に手伝ってくれた。


 何度か運んでいると、今度はヴェストが現れた。ヴェストは......ルピアとおんなじ感じの表情を浮かべた。

「おうヴェスト、肩揉めや」

「お前な......」

 「ふん」と怪我した腕を見せる。

「手伝うから勘弁してくれ......」

 しょうがないなあ。


「腕痛い腰痛いもう無理」

「お前なあ、そんなんなるなら最初からやるなんていうなよ」


 最後の一つを運び終えたおれのボヤきにロサが至極真っ当なツッコミを入れた。

 だって、やる前はやりたかったんだもん。

 片腕で頑張ったおれはもちろんだが、ルピアとヴェストもそこそこ疲れた表情を浮かべた。


「ベンはさておき、ルピアとヴェストは手伝ってくれてありがとな」

「え、うん......」


 言われたヴェストが微妙な顔を浮かべる。こいつはかなり気にしているな。しばらくはこれをネタに脅せるな。そうだ、こいつ可愛い顔してるし、露出度の高い女装でもしてもらおうかな......ケケケ。


「疲れたし甘いものでも食べよう」

 ロサがそう言うと友達の葬式に来たみたいな顔をした二人が顔を若干弛緩させた。

 

 おれも甘いものが食べたい。立ち上がろうにも疲れて足に力が入らなかった。ひのきのぼうを出して、それを杖代わりに立ち上がろうかと、魔力を練る。

 ポンとひのきのぼうを出した。


 その時身体中を何かが撫ぜた。何だろうこの感覚は。それからそこら中が光を放ち始める。これは魔力? それも、おれの魔力か。おれの体にある魔力が外に出て行き、おれの意識下を離れていく。


 おれを中心としてあたりが光を放ち始めた。光の内側にはヴェストとルピアが入っている。

「ベン、何をしたんだ!」

 ロサが叫ぶ。だがおれには何ら心当たりがない。

「おれは何もしてない!」

 そう言う途中で急激に景色が変わっていた。


 おれはいつの間にか、周りを見覚えのない木々に囲まれていた。


 ここはどこだ? 食料庫は? 

 周りを見渡すと、おそらくおれと同じような表情を浮かべたヴェストとルピアがいた。二人とも一言も声を発さず周りをキョロキョロと伺い、ヴェストは耳をピコピコと警戒するように動かしている。

 

 ロサがいない。


 よくわからないけど、もしかして村の外に転移したのだろうか。どうして? そんなことを考えてると、ヴェストがある方向を急に振り向く。耳をピンと立てながらジッとその方向を見つめている。

「ヴェスト?」

 

 おれの呼びかけが耳に入らないのか、返事をしないままヴェストは立ち竦む。


 そんなヴェストに釣られておれとルピアも同じ方を向いた。一体何があるのだろうと、眼を細める。


 すると、何か物体がこっちに近づいてくるのが見えた。かなりの速度で迫ってきているのかあっという間に、その物体の姿が鮮明に見えてきた。

 

 その姿には見覚えがあった。村につい最近訪れ、たくさんの魔獣を呼び寄せた魔獣。


 ”召厄獣”がおれたち3人の元へ向かってきていた。

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