第20話 治癒魔術があれば、腕くらい大丈夫

 目が覚めた。

 見慣れぬ天井だ。ここは一体どこだ。

 確かおれはヴェストとルピアの二人と一緒にリティカのもとで修行中だった。内容は追いかけっこだ。

 それから良いとこまでいったんだ。もう少しで捕まえられるぞってところで、惜しくも逃しちゃって、それから......。


 おれの腕!


 おれは飛び起きて、左腕で自分の右腕を触ってみた。

「あうちっ!」

 鋭い痛みが右腕に走った。

 見ると右腕にはギブスが巻かれていた。どうやら無事みたいだ。痛いけど。なら良かった。


「あ、起きた」

「メディカさん」

 メディカはおれの方へ歩いてくると、「ふん」とおれの頭を枕へと押し込んだ。

「寝てろ」

「はい」

 メディカは、リティカと同じ種族で見た目は中学生の女の子だ。目元は眠たそうで、茶色の長い髪をポニーテールにしている。


 リティカはメディカの弟らしい、姉弟仲は良好らしく、治癒魔術をかけてもらうたんびにリティカは蹴られている。大概の傷であればメディカの手にかかればちょちょいのちょいで傷一つ残さず治してもらえるけど今回はどうだろうか。


「メディカさん、おれの腕治ります?」

「多分ね。貫通しててもおかしくなかったけど、ベンが咄嗟に腕に魔力を通したお陰でかなり威力が和らいでるみたい。この状態なら後遺症もなく治せる」

「師匠の教えの賜物ですかね」

「リティカの? ないない。君の実力だよ。大したもんだね」

 鼻で笑うメディカ。


 おれの実力か。いやーおれもこの世界に来て成長したもんだな〜。なんて考えて、そういえばと思い出す。ヴェストとルピアはどうなったのだろう。


 腕に石魔術を食らったところまでは記憶している。でもそれ以降の記憶がすっぽりと抜け落ちている。

 ヴェストとルピアはあの後で喧嘩をやめたのだろうか。二人とも顔に傷を負っていたな。綺麗な顔が台無しになっていないと良いけどな。

 そんなことをぼんやりと考えていたらおれはいつの間にか眠りについていた。


 静かな話し声が聞こえて、おれは目を覚ました。

 見るとメディカがリティカと話していた。傍らに座っているリティカをおれはぼんやりと見た。

「師匠」

 おれの呟きにリティカが振り向いた。いつものイタズラめいた瞳が今日はどこか悲しげというか反省の色というかが出ていた。

「話し声うるさかった?」

「いえ、それよりヴェストとルピアは無事ですか? 酷い怪我してました?」

 そう問いかけると、リティカはふっと息を吐いて眦を下げた。

「あのバカどもなら大した怪我も無く元気だよ。二人から聞いたよ、ベンが無茶なことしたって」

「まさかホントに撃たれると思わなかったんですよ」

 

 リティカは軽く笑うと、若干俯いた。それから弱々しく言葉を始めた。

「ごめんなベン。こうなったのは俺の責任だ。俺がちゃんと見てなかったから......すまなかった」

 そう言って頭を下げるリティカ。もしかしたら、おれの中身年齢とそう変わらないかもしれない彼だが。見た目が少年の子にこうして頭を下げられるとちょっと戸惑ってしまう。


 とはいえ、今回の事態はまじでこいつの監督責任だ。文句の一つや二つを言ってやろうかと思っていたがこうして素直に謝られると弱ってしまう。くそ、負けたぜ......。


「全くですよ。次からはちゃんと見て教えてくださいね」

「わかったよ」

「あの後ヴェストとルピアはどうなりました?」

「ああ、お前に大怪我させた後二人は大慌てでメディカの元へ運んでな。どうも誰も追いかけてこないからおかしいと思ったら、いきなり呼びつけられて、おれはオドベノスとゲルデとカニスとメディカにおかしくなるほど、どやされたよ。ヴェストとルピアも同じくらい怒られて、今は今冬分の住民全ての薪を割らせられてるよ」

「薪割りの罰はあんたもでしょ。そろそろ行きなさい」


 背後のメディカにそう言われて、「はーい」とぶーたれながら立ち上がるリティカ。

  

 リティカが扉を開けると、その向こうには二つの人影があった。見た目は子ども、中身も子ども、しかし戦闘力は人を殺すのに十分なレベルの子ども。言わずもがなヴェストとルピアだ。


 ヴェストとルピアは大人たちからこってり絞られたのか、涙を散々出し尽くした後の瞼をしていた。薪割りのために斧を何度も振るったのか、手には若干血が滲んでいて痛々しい。

 二人はトボトボと歩いてくると、おれの傍らに来て立ち止まった。


 なんて顔をしてるんだ......リティカは少年の見た目だが中身は大人だ。対するこちらは完全に子ども。正直見てるだけで辛い。お菓子があったら差し上げたい。ヨシヨシと頭を撫でてあげたい。だけど、二人の成長のためにはここは心を鬼にしなければ。


 しばらくの沈黙を破ったのはルピアだった。

「ベン......ごめんね」

 ルピアが言いながらワンワンと泣き始めた。釣られたのかヴェストも泣き出した。

「ごめんベン。僕が悪いんだ......」

 二人があんまりにも泣くもんだから、そのあとは何を言ってるのかまるでわからない。涙だけでなく、鼻、口から夥しい量の汁が両方から飛び散り、おれの顔を濡らしている。汚いし、臭いわ。

 とにかく反省はしているみたいだ。


「ヴェスト、ルピア。次はリティカを捕まえよう」

 おれがそう言うとヴェストとルピアは泣きながら同意してくれた。これだけ泣くなら次はきっと大丈夫だろう。

 そんな風に安心したら再び眠気が襲ってきた。


 一日休んだらメディカから帰って良しと言われ、おれはロサとゲルデの待つ家に向かった。ま、昨日お見舞いに来てくれてあってるんだけどな。


 メディカの治療のおかげで特に痛みもない。魔術さまさまだな。治癒魔術便利だ。こんな魔術が使えたらなと思ってしまう。


 くそ、忌々しい固有魔術め......。厄介な能力だ”ひのきのぼうを出せるだけ”なんてな。

 これを授けた奴に文句を言ってやりたいが、なにせ、そいつの顔すら覚えていない。

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