第11話 ひのきのぼう、少女を助ける
さっき村へやってきた魔獣は未だに村の中央に居座り、魔獣を呼び寄せる魔力を放ち続けている。
おかげで村内に何匹もの魔獣が侵入していた。
子どもの肉は美味いのか知らんが、魔獣はおれを目にするとすぐに襲ってくる。
驚くことに、リティカはそれらを瞬殺していた。
もう少しで集会所だ、という時、唐突に村の足場が、砕け散った。下からやってきた何かが、足場を破壊したらしい。
砂煙の中から出てきたそいつは、”岩”だった。
正確に言えば、岩の体をした魔獣だ。
3メートルくらいはあるかという大きさの魔獣がリティカを睨みつけた。
「硬そうなのが出てきたな」
独り言を呟き、リティカは息をフーッと吐き出した。利き手で持った槍をグッと後ろに引き、切っ先を魔獣へとまっすぐに向けている。リティカはその状態のまま停止した。
岩の魔獣が一歩また一歩と迫り、駆け出した。その巨体に似合わぬ素早さでこちらへと向かってくる。
リティカは微動だにしない。何してるんだよぶっ殺されるぞ。おれの心配を他所にリティカは構わず完全停止のままだ。
岩の魔獣が眼前に迫り、そのリティカの体よりも大きい腕を振り上げる。このままじゃここら一帯吹き飛ぶんじゃないか。
「リティカさん!」
俺が呼びかけたとほぼ同時に、耳を擘く爆発音が鼓膜を襲った。思わず耳を塞ぎ、その場に塞ぎ込んだ。衝撃波で飛ばされそうになるが、なんとか堪えた。
なんとか、薄眼で爆心地を伺う。
見事に砕け散っていた。
リティカの身体が? いや岩の魔獣の上半身がだ。
リティカは槍を真っ直ぐに突き出していた。その刀身からは、かすかに湯気が出ている。
まさか、槍のひと突きで、あの岩を砕いたっていうのか? あの小さな体で? 岩の魔獣の半分にも満たない背丈の少年が?
今の一撃で確信した。ロサが言っていた村長に次ぐ強さを持っている人はこの人だ。
リティカがこちらを振り向く。目が合う。
尻もちをついた俺を見下ろしていた。
おっと、戦闘が終わったわけではないんだったと、おれは立ち上がろうとする。が、一向に力が入らない。てか立てない。
「リティカさん」
「ん?」
おれに向き直るリティカはあんな攻撃をした直後だというのに涼しげな表情を浮かべている。
「腰が抜けて立てません」
ついでにちょっと漏らした。
◯
おれを抱えながらも、土魔術の弾丸で魔獣を蹴散らし、あっという間に集会所に到着した。
「ありがとうございます。リティカさん」
「どういたしまして。じゃあまた後でね」
リティカは集会所を守る二人の警備団に目線で何かを伝えた後で、さっさとどこかへ行ってしまった。まだ避難してない人もいるだろうからな。
村の中央では、おれが気づかぬ間に戦闘が始まっていた。村長と例の魔獣だ。村長が、様々な魔術を撃ち出すが、それらを難なく躱している。魔獣の方は反撃することなく、辺りの様子を伺っていた。
と言うよりあれは、何かを探しているのか?
なんにせよおれは避難せねばと、警備団の人に案内され集会所に入ろうとする。
すると、中から女の子が飛び出してきた。
とっさに、サッと横に避けた。
女の子は俺の横を通り過ぎて、パッと飛んだ。
「ごめんね!」と後ろにいる俺に言って、そのまま村の中央へと飛んでいく。真っ白い羽根を羽ばたかせながら優雅に、飛ぶ。
女の子の元へ、鳥型の魔獣が飛んでくる。危ない! と思ったが、どこかから出したのか女の子の手には短剣が握られており、それで魔獣の羽を切り裂いた。羽を切られた魔獣は、力なく落ちていく。
あの子も強いのか。人は見かけによらんな......。なんか見たことあると思ったらあれ、こないだ村で保護されたルピアって子か。
「ああもう!」
と集会所から誰かが飛び出してきた。女性のオークだ。というかこの人は。
「オルトレイラさん」
オルトレイラは俺が赤ん坊の頃にお乳を飲ませてくれていた人だ。
「え? ああベン! 良かったわ無事で」
「ってベン......」
と即座に俺がクソを漏らしたことに気づいたのか、哀れな目で俺を見る。
「ごめんなさい」と言うと、オルトレイラは眦を下げ、「大丈夫よ。さっ中へ」
「はい」
集会所に入る直前、おれはあの子が気になって振り返った。
見ると、女の子は魔獣に囲まれていた。
「ああルピア!」
オルトレイラが女の子の元へ駆け出そうとするのを警備団の人が抑えた。
「オルトレイラ、ルピアは俺たちに任せてくれ。カニス、ここは俺が守る。お前はルピアを連れ戻してくれ」
カニスと呼ばれた猫耳をつけた人は、小さく頷くとあっという間に村の中央へと駆けていった。
だが、時すでに遅く、魔獣に襲われた”ルピア”と呼ばれた少女が真っ逆さまに落ちた。
「ルピア!」
オルトレイラが悲鳴にも近い声を上げた。
少女が落ちる。羽をバタつかせているが完全にバランスを失っているのか、まるで速度が落ちず、ただ落ちていく。
おれはルピアの方へ手を向けた。
魔力は身体の延長みたいな感覚だ。ここまで伸ばしたことはない。成功するかどうかは賭けだ。
ルピアが落下する直線上におれは、ひのきのぼうを作り出す。何本も連結させて出したそれは、一瞬だけ空中にひのきのぼうで出来た床を作り出した。
ルピアがそこに落ちる。一瞬だけ落下が止まる。
再び落ちていく。
おれの能力では1秒しかその場にひのきのぼうを留まらせることができない。
落ち始めたひのきのぼうを消し、再び同じようにひのきのぼうを作り出す。これで衝撃を和らげてやれば、怪我をしても死ぬことはないかもしれない。
何度かそれを続け、地面に近づいた時、サッと影がルピアを攫った。犬耳をつけた彼が。さっき駆けて行ったカニスだ。
良かった。なんとかなったらしい。
安心した途端、全身から力が抜けた。魔力的にはまだまだ余裕だが。思ったより疲れるなこれは。
「ベン、あなたがやったの? 今の」
オルトレイラがおれの顔を覗き込んでいた。
「はい。ちょっと手荒ですけど」
「ベン、ありがとう!」
言いながらオルトレイラはおれをギュッと抱きしめ、豊満な胸でおれの顔面を包んだ。いやーありがたい。一仕事終えた後の体に染みる。
やれやれ、これで心置きなくウンチまみれのパンツを交換できると、集会所に入ろうとすると「ベン!」と誰かに呼びかけられた。
リティカだった。戻ってきたのか。
「ベン、一緒に来てくれ」
良いよ、と答える前にオルトレイラが口を開く。
「何言ってるの! 危ないところへベンを連れてく気?」
「ああ、ベンの力がいる」
「......だからって」
「ベン頼む」
真っ直ぐにおれを見据える。リティカ。答えは決まっている。余所者ですぐにでもどっかに行って欲しいおれをここまで守ろうとしてくれてる人たちのためだ。この命ちょっとくらい賭けてもいい。
「わかりました」
ついでにここで好感度を上げていけば、後々、永住権をもらえたりするかもしれないからな。せいぜい稼がせてもらうぜクックック......。
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