底辺スキル「ひのきのぼうを出せるだけ」仕方ないから、鍛えて成り上がる

相田太郎

第1章 頻襲! 両断魔、召厄獣

第1話 どんぶらこ転生

 冷たい風が頬を撫でた。


 続いて、水の流れる音が聞こえる。不思議な浮遊感がある。心地いいな。目を覚ましたくない。ずっとこの微睡みの中にいたい。


 自分に何が起きたか、おれは既に理解していた。そう、これは異世界転生だ。そうゆう契約だ。


 夢にまで見た異世界転生だ。


 わかっている。おれは今、どこかの貴族に産まれている。そして、この心地よさ、きっと金髪美女なマミーがおれを見つめているに違いない。


 貴族の家系に生まれたおれは、持っているチート能力。あるいは魔術の才能を活かし、若くしてその実力を周りに知らしめ。それから、なんかいい感じのトラブルを解決して、爵位を与えられて、可愛い女の子に囲まれて暮らすんだ。


 さらば、ストレスマッハな生活。これからよろしく、ノンストレス異世界生活。


 まずは、目を覚ますことからだ。


 直近の予定はこうだ。瞼の向こうにいるママを見て、それからパパを見る。戸惑った顔で可愛く目を丸める。なんだか緊張するな。自然と息が荒くなる。おれは、ゆっくりと瞼を開けていった。


 ......何もいないな。


 あれ? おかしいぞ。首を動かそうとするが、動かない。そりゃそうか。まだ首も据わっていないのだ。視線だけ動かすが、ママとパパどころか人がいない。は? なんで? ていうかここどこだよ。


 見えるものは......空だ。雲が見える。雨は降っていないが、暗い雲が空を覆い尽くしている。


 強い風が吹いてきた。寒ッ! 寒いわ。おい、生まれたばかりの赤ん坊を曇り空の外にほっぽり出すとか、どんな貴族だよ。

 

 強い風が吹いたことで、おれの体が動く。どこまでも動く。動き続けている。何がどうなっているのかわからない。寝返りを打とうにも、やっぱり動けない。不便だなこれ。


 おれは目だけ動かし、周りを見た。横には木々が並んでいた。随分とデカイな。左右には木々がズラリと並ぶ。木々は次々と後ろの方へ流れていく。地面が動いている? 


 いや違うな。動いているのはおれか。


 ようやく状況が理解できた。おれは今、簡素なゆりかごの中に放りこまれている。そして、そのゆりかごは現在、川の真ん中を流れている。


 水の流れる音はこれか。ていうか、どうりで寒い訳だ。


 ......どうしたらいいんだ。誰かに拾ってもらわないとだ。人を呼ぼう。誰かー! と声を出すが、呂律が回らない。ダメだこりゃ。とにかく泣こう。

 おれは声をあげて鳴き始めた。


 川の流れのせいで声はほとんど掻き消されていた。ていうか、こんな森の中に人なんかいるのか? 普通はいないよな。いても、気づいてもらえなきゃ意味ないし。


 どうしよう。


 おれは必死であたりを見渡した。すると、見つけた! 人だ。少し流れたところに人がいる。おれはここだー! 助けてくれー!


 喋れないからとにかく泣き叫ぶ。ダメだ。全然気づいてくれないぞ。そうこうするうち、おれは二人組の隣を通り過ぎて行く。結構距離がある。特に声をあげて泣くが、まるで気づいてくれない。


 無理だなこれ。諦めるか?


 いや待て。異世界転生したんだ。もしかしたらなんらかの能力をもらっている可能性がある。そうだ、それだよ。こうして人がいるってことはクリアできるイベントなんだ。


 異世界転生直後に死ぬとかありえないし。きっとそうだ。けど、どうやって能力を発動するんだ? 呪文とか? 喋れないから無いな。イメージ? 魔術を出すイメージとか? わからん。

 

 とにかく、なんでもいいからなんか出ろ! 寝返りすら打てないからとにかくジタバタしてみる。

 なんか出ろなんだ出ろなんか出ろ! そう念じていると、体から不思議な力が湧いてきた。


 お、なんか出た!


 体から出た何かは、体の延長のような感じがした。おれはそれらが散らばって行かないように一箇所に集めた。だが、上手くいかず、何かは霧散し、おれの支配下を離れていった。


 難しいぞこれ。


 流石に転生一発目だもんな。上手くいかないか。次はもっと気合いを入れてやろう。

 

 もう一度体から何かを出した。体から離しすぎると、操作が難しくなるんだ。体からなるべく離さないように、この何かを一箇所に集中させる。よし、ゆっくりゆっくり、いいぞ。キタキタキタ!


 カッと一瞬、光り、物体が現れた。


 黒光りし、それはそそり立っていた。


 これは......ひのきのぼうだ!!!


 ひのきのぼうは1秒ほど、まっすぐに浮いていたと思うと、重力に従って落ちてきた。ひのきのぼうがポコンと腹に当たり、ゆりかごから落ちて、川に流れていった。


 ......なんだこれ。なんでひのきのぼう? 普通にホームセンター行ったら1000円出せば買えそうな、木材が出たんだけど。どうゆう能力? いや、待て。ランダム系かもしれない。


 出るものは、ランダムで出すまでわからない。ガチャみたいな能力かもしれない。よし、もう一回だ。


 こい、今の状況を打開できる便利アイテムだ。さぁ出てこい! 


−ひのきのぼうが出た!−


 あ、ランダムじゃねぇや。ひのきのぼうが出る能力だ。なんだこのゴミ能力、使えねぇ......。今の状況を打開できるタイプの能力じゃねぇぞ。


 ふと気づくと、水の流れる音が大きくなっていた。先を見ると、川が途切れていた。あっ......滝じゃんアレ! え、嘘! ダメだ死ぬじゃん!


 そうだ、さっきの二人組!

 

 どこ行った? 首を巡らせ、周囲を見渡すが見当たらない。いねぇじゃん! 助けろよ!


 頼むよおれの能力。ひのきのぼう以外なんか出てくれ。おれは再び魔力を集中させた。


 さっきより強めに一点に集中させる。よしキタキタキタァ! 来い! 良い感じのアイテム!


−ひのきのぼうが二つ出た−


 あぁくそ死んだわ。


 瞼が重い。体の力が抜けていく。疲労感が全身を満たしていく。眠いな。良かった。死ぬ瞬間の苦痛を感じる事無く逝けそうだ。おれは疲労感に抗うことなく、息を吐く。それから目を閉じた。グッバイ異世界。


 それから急激な浮遊感を感じた。あぁ落ちてるよ。まだ意識があるっていうのにさ。眠るまで待っててくれよ。


 ......あれ? 落ちてるっていうより、浮き上がってない? おれは重い瞼をなんとか開いた。


 そこには少年の顔があった。栗色の癖っ毛にクリッとした大きな目。長いまつ毛だな。歳の頃は14,5歳くらいだろうか。少年はおれを抱えたまま、大跳躍をしていた。どうやって川に流れるおれを抱えて飛んだのだろうか。


 少年がおれの視線に気づき、おれを見た。少年が微笑んだ。なんだよ、美少年じゃん。どうせなら美少女に助けられたかったな。命を助けてもらって、それは薄情か。


 再び強烈な眠気が襲ってきた。今度は抗えるレベルじゃない眠気だ。おれは思わず目を閉じた。

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