ヒーローになる時【全45話】

睦月むう

1章覚醒

第1話覚醒

 子供の頃憧れたヒーロー。

 小さい頃は悪をやっつけるヒーローが存在するなんて本気で思っていた。

 テレビ番組のヒーローの物まねをしては、ヒーロー役と悪役に別れて、良く友達とヒーローごっこをして楽しんだものだ。じゃんけんに負けた奴は悪役。


 じゃんけんが弱いから、いつもちょきで負けては、当時は悪役ばかりをさせられていたな?だからヒーローは嫌いだ。


 ヒーローなんて空想が作り上げた産物。大人が子供を楽しませる為に作った幻想の人物。ヒーローは必ず勝ってしまって、悪が勝つなんて事も絶対ない。


 だからヒーローごっこをやっていた頃も、

友達に「なんでそんなに強いんだよ!悪は最後は負けるの!」良く言われたっけ?


 そんな毎日をやらなくなったのは、小学生も中高年になった頃だったか。本当にヒーローがいるなんて、もう思わなくなっていた。大きくなるにつれ、悪をやっつける奴なんていない。


 だってそうだろう?いじめにあった子供が、ヒーローから助けられて一件落着するなんて話聞いた事が無い。


 ヒーローなんて実際にいるなんて思わない。

 世界の何処かでハリウッド映画や漫画、または日本の特撮ヒーローみたいに、地球を救うヒーローなんてこの世に存在しない。


 地震が起きて家が壊れても人が巻き込まれても、戦争が起きても、ヒーローが現れて人を救うなんて、現実にはあり得ない話なんだから…。



「カイト、起きなさい。何時だと思ってるの?」


 朝8時に母さんが部屋に来て布団をめくり上げる。

 眠気眼で時計を確認したら、会社の出社に間に合うかどうかの時間だった。


「起きれなかったんだぁ俺!ちっ遅刻したらやべぇ!」

「はいはい……いつもの事ね?顔ぐらいは洗って行きなさいよ。寝癖、付いてるし」


 顔を洗ってスーツに着替えて、食卓にあった食パンにかじりつき、そのまま家を出る。


「行ってきます」


 大慌てで走り、バス停まで。息カラガラにバスを待つ。なおしたはずの前髪がカールして、寝癖っぽく立っている。慌てて手でかき上げるが、中々直らない。

 制服を着た中学生ぐらいの男女がバスを待っている間、談笑している。耳を傾け聞き入っていると、最近よく駅前の繁華街に緑のおじさんが良く来るらしい。


 聞いた事がある。全身緑づくめで怪しげな格好をしたおじさんが出没して、別に何をする訳でもないが辺りを見回しながら、独り言を呟いている事。


 昔、友達とヒーローごっこをしていた際にも自分の目で見た記憶がある。ヒーローごっこしている最中に現れて話した事。

 確か「おじさんは世界の平和を守ってるんだぁ!君たち、ヒーローは好きか?」と訪ねられた事。


 子供の頃は本気で、「凄いなぁ?おじさんヒーローなの?」なんて思ってたっけ?馬鹿馬鹿しい話だ。その緑のおじさんが昨日の夕方、駅前に出没したらしい事を学生制服を着た男女が話している。


 気になる。どんな奴なのか見て見たい。

また同じおじさんだろうか?子供の頃騙されそうになった事を野次ってやろうか?


「ハハッいい大人がそんな事して何になるんだろう…。」


 思わず声に出してしまった。隣の学生がキョロキョロとこっちを見ている。ヤバい。

 何も無い振りで咳を一回。思わずくしゃみと鼻水が出てしまった。鼻を拭くとやけに黄ばんだ鼻水だ。


 風邪かな?昨日寝付けなかった。


 変な夢を見た。小さい頃良くやっていたヒーローごっこの夢だ。その時、将来ヒーローになるんだったら、………へ来なさい。電子工学が何とかって……。確かその時おじさん飛んでたんだよなぁ……。


 夢だよ夢。


 何でそんなものまた見たんだろう?気になりながらも、バスが来て会社近くのバス停で降りて歩いていると、前方からこちらに気づいて手を挙げる男。


 背が高く体格の良い一人のスーツを着ている。目が悪いので近くまで来た時、やっと誰だか気づいた。短髪のショートモヒカン頭で幼少期良く遊んだヒデオだった。


「おぉ、久しぶり。元気か?」

「お前の方こそ。久しぶりだな? 中学校以来か?」


 ヒデオとは幼稚園からの幼なじみ。中学まで一緒だったが、秀才だったヒデオは、超エリート高校に進み、その後会っていない。久しぶりにこんな出勤途中で会うとは思いもよらない。


「お前、会社はここらへんか?」

「あぁ、そうだ。この路地を曲がったところ。あのビルだよ。」

「えっ?あれって有名なWORLDじゃんか!すげぇな、お前。」

「お前もここらへんか?」

「俺はこっちの小さい製薬会社さ」

「そうかぁ。久々だから、今夜空いてねぇか?お前の家で飲まないか?」

「あぁ、いいけど」

「じゃあ、決まり。また電話するから、連絡先教えてくれ」


 出勤途中の少しの会話。流石にエリートコースを歩んだヒデオだから有名な会社に就職できているのかと少し羨ましい。遅刻しそうな時間帯だったのにも関わらず話してしまった事に急いで職場へ向かう。


 仕事中も少し咳が出たりで、何やら体が少し昨日より重たい。体調悪いので今日は定時上がりにしてもらえますかと、只野主任ただのしゅにんに打診する。すると只野主任ただのしゅにんは、これ新薬だからと、まだ特許前の薬を取り出して来た。


 そんなの違法だろうと断ったが、それでも只野主任ただのしゅにんは「嘘だ嘘!これ飲めば少しは楽になるだろう…俺も使ってる。特許取れてるのお前知らない?まぁ一度飲んでみろ!効くから」と、聞いた事の無い風邪薬を渡された。


 くしゃみと鼻水が止まらない。やはり風邪だなと、帰り際スーパーで少し買い物をしていると丁度、ヒデオから連絡が入った。


 少し風邪気味だと伝えると、酒飲んでぐっすり寝たら治ると半ば強引に、家に来ると言ってくる。渋々了解して家に戻るが誰もいなく、ヒデオが来るまで少し休んでおこうとベッドに横たわった。


 しばらくすると玄関のチャイムが鳴る。


「すまんなぁ~風邪気味のところ!これ差し入れ」とワインと焼酎とオードブルのセットで入って来た。部屋に通し、二人だけの久しぶりの飲みだ。懐かしさで、幼少期の話や小学生までしていたヒーローごっこの話も交えて色んな話をする。するとヒデオが突然思い出したかのように、昔好きだった女の子の話をしてくる。


「あっ!そうだ。前に百花モモカにあったよ。覚えてる?」

「えっと…あぁ!思い出したぁ」

「お前惚れてたもんなぁ?美人になってたよぉ!こっちに戻ってきてるんだってさ」

「へぇ……百花モモカ……美人かぁ!小さい頃から可愛いかったもんな?」

「今会うと、もっと惚れるかもな?ハハハハハハッ」


 確かに幼少期、百花モモカは可愛いかった。あの頃、おさげの髪型でスカートをひらつかせながらも、ちょっと男勝りな所もあってか、俺たちに混じり、ヒーローごっこを良くやったもんなぁ……。あの頃もモデル事務所からスカウトが来た事って言ってたけど、興味無いとか言ってたけな……。懐かしい。


 小便がしたくなり、トイレ行くと席を外れた。やはり体調が思わしくない。酒はそんなに弱くはないのに今日は回りも早い感じがする。


 トイレから出て、洗面所の鏡を見てみると、赤いというより茶褐色な赤みのある顔色だった。やっぱり風邪がひどいのか?とヒデオの待つ部屋に戻る。

 すると「珍しいワインだ。イけよ」と進めてくる。今まで見た事の無い種類だ。


「チリ産なんだよ。結構安くておいしい」と勧めるので一口飲んでみる。

ワインらしからぬ、ちょっとした甘みと後から来る酸味。今まで飲んだワインとはちょっと違う苦さもある。

 それを一口飲んだ後、何だか体が一層重く感じられた。

勧めるワインをこれでおしまいと断る。夜も更けていってヒデオも酔っているのか思いもよらない事を言い出した。


「あっそうだぁ!百花呼んでみるか?」

「あぁ?いいよ。」

「いいだろう?もしかしたら、来るかも知れねぇぞ?」

「まさかぁ?いいって。」

 俺の言葉なんか無視して、携帯を手にして掛けている。すると和やかに頷きながら「来るってよぉ」と言い出した。百花モモカも幼少時一緒によく遊んだ一人。まさかまた会えるとは。携帯を切るとワインを一口勧めて来る。

 思わず飲んだら、眠気がフラっと来て意識を失った。


「……………………」


 ハッと気づけば、自分の部屋だ。ヒデオはどうしたんだろうと、起き上がる体がやけに重い。暗がりの部屋の中。

 そうだ。もらった風邪薬を飲もうとキッチンへと向かう。水をくみ、リビングに行ってみたが、ヒデオの姿は無い。寝た俺を見て帰ってしまったのか?ぐっすり寝ようと自分の部屋に戻る。風邪薬を取り出し水で流し込む。


 するとどうしたんだろう。

 さっきより体が萎縮して重い。くしゃみをした後、鼻水が垂れる。テーブルのティッシュを取り鼻を噛む。今朝より黄ばんだ液体。何やら可笑しい。フラフラする……。


 吐きそうになり、トイレに行こうと自分の部屋から出ようとする。ふと気になったのは、横に立てかけられた全身が写る鏡。自分とは違う何かの挙動に一度鏡の方を確認した。


「なんだ、これは!」


 その瞬間、部屋の扉を蹴破り二人誰かが入ってくる。


「誰だ!」


 そこにいるのは、さっき一緒に飲んでいた、全身緑のタイツを着たヒデオの姿。そしてもう一人。ピンクのタイツを着た女性。何がどうなっているんだ?と自分の状況が一気に飲み込めない。すると変な格好をした二人が声を掛ける。


「やっと姿を見せたか。カイト!」

「久しぶりね。カイト!」

「あっ……もしかして……百花モモカか。どうしたんだよ? 二人とも! 笑えるぞ? アハハハハハハ! 変な格好!」

 笑い出す俺に、真剣な眼差しでポーズを決める二人。余計に笑いが止まらない。

「お前の方こそ、よく見てみろ。自分の姿!」

「あ? 何言ってんホォ? 俺はフォフォフォフォ」


 あれ? 言葉が可笑しい。酔ったせいかと思っていたが、思わずさっき見た鏡の方に目をやる。


 そこに映し出された姿は、頭から尖ったつのを出し、体中を甲羅に包まれ、表面はゼリー状の液体を出している。手はハサミと化した異質な物体。


「何だよ? これ……ヒデオ(英雄)これはフォフォフォフォ……」


 言葉も姿も何もかも可笑しい。どうしちまったんだと、動揺を隠せない状態に、二人は全身緑とピンクのタイツを着て向かって来る。


「やっと見つけた!カイト(怪人)! 否、怪人かいじんめ! 今日こそ成敗だ!」

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