8話 さっしてください
瑠偉との通話を終えた麻衣は、再びスマホに向き合い操作を始めた。その光景を見ていたリディは、麻衣が静かになると同時に兼次の方を見た。兼次もリディを黙って見返した。
リディは麻衣の方に目線を向けながら、話し始めた。
「聞いたことない言葉だ」
麻衣と瑠偉の日本語の会話を聞いて、リディは兼次が言っていることが、真実であると感じ始めてきた。
「我々の国の言葉だ。これで俺らが、ルサ族達とは違うと言う事がわかるはずだ」
「たしかに・・・ それで、あの四角い物は?」
「遠くにいる人と、会話ができる物だ。俺達の国では、普通に全員持っているぞ」
兼次はポケットからスマホを取り出すと、彼女の見せた。彼は電源を入れると、画面の光が彼女の顔を照らし始めた。彼女はスマホの画面を見ながら、深い息を吐く。そして彼女は立ち上がって話し始めた。
「分かった・・・ だが、私の一存では決められない。住処に戻って、族長や皆の意見を聞く必要がある」
「リディの立場は? お前の話を、皆は聞いてくれるのか?」
「私やルディは、族長の子供だ。あと一人、兄もいる。最初に、父である族長に話してからだ。その後、族長から話してもらう」
「そうか」と兼次は立ち上がり、リディの側に近づき「では、早速行くか?」と彼女の肩に手を置いた。
「よし麻衣、出発するぞ!」
兼次は麻衣の方を向くと、彼女はスマホに向かって小さい声でスマホに話かけていた。背中を丸め、両肩を落とし、とても暗い表情だった。彼女は兼次の呼びかけに、ゆっくりと首を回し彼を見上げ、弱々しい声を絞り出した。
「
「そんな日もあるさ…」
「ありえなーーーーーい! 運営に文句言ってやる!」
麻衣は再びスマホに向かい合うと、忙しく指を動かす。しばらくすると彼女の動きが、止まって動かなくなった。そして、ぎこちなく首を動かす。引きつった顔の麻衣が、兼次の方に向いた。
「ララ研究所って… まさかぁー?」
「今ごろ気付いたか、残念な奴め…」
麻衣は勢いよく立ち上がり、人差し指を兼次に向けた。
「ひきょーものーーー! やっぱり、チートしてたぁー!」
「麻衣… 遊びの時間は終わりだ、移動するぞ。リディ、住処の場所を教えろ」
「ひきょーものー! ひきょーもーのー!!! さあ、ルディちゃんも一緒に!」
麻衣はルディの横まで行くと、腰を落として地面に膝をついた。そしてルディの右手を取り、兼次の方に向けさせた。
「ひきょーものー! ひきょーもーのー!!!」
「お… おねーちゃん…」
困惑の表情で、麻衣を見上げるルディ。麻衣は、そんな彼を見る事もなく、兼次に罵声を浴び続けた。(…うぜぇーな)と彼は思いながら、仕方なく彼女のなだめることにした。
「麻衣、リディに兄がいるそうだぞ。しかもイケメンだそうだ…」
兄と言うキーワードを聞いて、麻衣は即座に反応した。「なにぃーーーー!!」と叫びながら、リディの元に近寄った。そしてリディの両手を取ると「紹介してください!」とリディの顔に自身の顔を近づけた。近寄られたリディは「うっ」と短い声を発すると、背を逸らせて上半身だけで麻衣から遠ざかった。
兼次は2人を、しばらく見つめると、彼女達に近寄った。麻衣の後ろに立つと、すこし背を曲げ彼女のスカートの端を握りしめた。そして力強く下に引っ張った。
「ぐげぇ! ごほっ、ごほっ… だから、スカート引っ張らないでって!」
「行くぞ、準備しろ。リディ、場所を教えてくれ」
麻衣は引きつったワンピース状の服を、直しながらリディから離れる。リディは、麻衣が離れると、振り返り兼次達に背を向けた。
「わかった、先導する」
「まてまて、場所だけ教えてくれ。飛んでいく」
兼次は先行して歩こうとしたリディの肩を、つかみながら言った。肩をつかまれたリディは、兼次の方を振り返り不思議な表情と共に、首を傾げた。
「飛んでいく?」
「リディ… 細かいことは気にするな、場所だけ教えてくれればいい」
「ねぇ兼次ちゃん、飛んでいくより、テレポートで行った方が速くない?」
「麻衣よ、察しろ。ルディとリディは、飛べないよな?」
麻衣は兼次とリディを見比べた、そしてルディを見る。当然リディたちは飛べないので、抱きかかえて飛ぶこととなる。それを理解した彼女は、口元だけの笑みを浮かべた。
「あー、なるほどね」と麻衣は言うと、そのままルディの方に移動した。「さあ、ルディちゃん。一緒に飛ぼうねー。えへへへへへ」
麻衣はルディの両肩に手を置き、怪しい笑顔でルディを見た。ルディは、この後何が起こるか分からず、彼女を見上げた。
「飛ぶ?」
「そうよ、飛んでいくからね。落ちない様に、私にシッカリつかまっててね」
「リディ、呆けてない場所を教えてくれ」
麻衣の行動を、呆然と眺めていたリディ。彼の言葉に「ああ…」と力なく返事をすると、右手を森の奥に差し出した。
「だいたい、この方向だな。明るい時間帯だけ歩けば、20日ほどで着ける」
「20日か… ムダな時間だな」
兼次はリディが指を指した方を見ると、ワザとらしく額に右手を当て、まるで遠くを見ている素振りを見せた。そのまま彼は、遠隔透視を使いリディの村を探し始めた。彼の視線の先に、リディの集落が見えた。
(…随分質素な暮らしだな。日本で言うところの縄文時代か、負けるわけだ…)
彼の目線に見えた集落にある住処は、木をロープで縛りくみ上げ、屋根には植物の葉が載っていた。辛うじて、雨風がしのげる程度の家だった。その家の周囲には、住人の姿も見えた。木を刈り取り開けた土地に、家は多数点在していた。そして住人ら服装は、動物の毛皮を剥いだ服を着ていた。彼が最初に着いた街や、次の街とは比べられないほど、住人たちの生活環境は劣っていた。
暫らく見ていた彼は、おかしな点に気が付いた。
「あれがリディの住む村か… やけに、女子供が多いな、あと老人も」
「こんな場所から、見えるのか?」
「ああ… しかし、さっきの街と比べると…」
「問題は無い、快適に過ごせている」
「住人の構成が、偏り過ぎている気がするが? 男どもは外出中か?」
「それは… 詳しくは村で話す」
リディは言いたくないのか、彼から目線を逸らしながら言った。兼次は、そんな彼女に素早く近寄ると、右腕を彼女の尻に回した。そして左腕を彼女の背中に回すと、右腕で彼女を持ち上げながら、彼女を抱きしめた。
「おい、いきなり何をする! 離せ!」
リディは浮き上がった足をばたつかせ、両腕を彼の胸元に割り込ませた。彼女は必死に腕に力を入れ、彼から離れようとするが引きはがせなかった。そしてリディは、兼次を不満の表情で見上げていた。
「リディ… シッカリつかまってろ、落ちたら死ぬぞ。麻衣行くぞ、後ろをついて来い」
「オッケー! 準備万全よ!」
ルディを抱き上げ、満面の笑みで麻衣が答えた。
「おねーちゃん… いたい…」
対面で羽交い絞めされたルディは、至近距離の麻衣の顔を見ながら、苦痛の表情で訴えかけた。
「ごめん、ごめん… ちょっと興奮しちゃった」
麻衣は答えると、彼を地面に下しワキの間に手を入れ、彼を優しく抱き上げた。そして彼女は、ルディと共に浮き上がった。ルディは浮遊感を感じ、下を見ると地面が遠くに見えた。
そんな2人の遣り取りを見ていたリディは、浮いた麻衣達を見て驚きのあまり、口を開けながら黙り込んでいた。
「そういえば、教団に見つかるんじゃ… 大丈夫なの?」と麻衣は、浮き上がった場所から、兼次を見下げながら話かけた。
「もう見つかっているだろう、今更だな… もう隠す必要はないさ」
兼次は言うと同時に、勢いよく上空へ飛び立った。「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」とリディの甲高い声が、森に置き去りにされる。彼は森を抜けると、その上空で静止した。下には緑の大地が、地平線まで続いているのが見えた。暫らくして、下から麻衣がルディと共に上がってくる。そして兼次の正面まで上昇すると、彼の目の前で停止した。
「意外と可愛い声で鳴くな… ジョンが反応しそうだ…」
「ルディちゃん、大丈夫?」
急激な上昇による浮遊感で、ルディは目を閉じて麻衣の服を強く握りしめていた。固く目を閉じて、必死に麻衣にしがみついていた。リディも叫びながら、兼次に強く抱き着いていた。リディもルディも、黙り込み恐怖感に耐えていた。
兼次は体を横にすると、一気に加速し地平線に向かって飛び出した。麻衣も彼の後について、飛行を始めた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
森林の上空にリディの悲鳴が、流れていた。
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