10話 お嬢様は、馬鹿ですか?
レッグの居る領主の館に着いたララと瑠偉は、執事にレッグに面会を求めると。特にもめることもなく、すんなり中に通された。二人は中に入ると、玄関ホールにレッグの姿があった。
「やあ、ルイさん。お元気そうで何よりです。まさか、貴方の方から訪ねて頂けるとは… 私の方から改めて、お礼に伺うところでしたが… さぁ、立ち話もなんですので、客間まで案内いたします」
「待ってください。今日は貴方に、会いに来たわけじゃ無いのです」
瑠偉の隣にいるララに、目もくれず満面の笑顔で、瑠偉の正面に立ち尽くしたレッグ。彼女の言葉を聞いて、笑みが消えとても残念な表情が、顔からにじみ出ていた。
そんなレッグの姿を瑠偉は、背筋を逸らし引き気味に彼を見ていた。
「今日はレッグさんの、快気祝いを兼ねまして。お嬢様の手料理を召し上がって、頂こうと思いまして。突然ですが、訪問させていただきました」
「そうですか・・・ 私の為に・・・ そこまでしていただけるとは」
レッグはララの言葉を聞いていたが、彼女の方に振り向きもせず瑠偉の方を只々見ていた。レッグは己の感情に我慢しきれず、一歩前に出て瑠偉に近づき彼女の手を取ろうとした。迫られた瑠偉も、合わせて一歩下がった。それを制止するように、レッグの肩にララの手が置かれた。
「レッグさん、この辺で・・・」
「ああ・・・ すまない。そうだな、調理場に案内しよう」
ララに静止されたレッグは、恥かしそうな顔を隠す様に素早く振り返った。
「こっちだ」
レッグは屋敷の奥に向かって、歩き始める。そんな彼を見ながら、瑠偉は大きな溜息をし肩の力が抜けた。そして、ララの方を見ると…
「貸し一つ、合計2個目です」
「えぇぇっ! 頼んでないのに・・・」
「さあ、先に進みましょう」
ララは不満顔の瑠偉を背に、レッグの後について歩いていく。瑠偉も、その後をついていく。しばらくを廊下を歩き、一つの部屋に通された。レッグは部屋の前で、手を中に差し入れ、笑顔で瑠偉の方を見た。しかし、それを遮る様にララが前に出てきた。
「ここが調理場です。自由に使ってくれて構いません、食材も使って構いませんよ」
「では1時間ほど時間をください。出来上がりは、どちらにお持ちいたしましょう?」
「そこの部屋で待ってます」
そう言ってレッグは、廊下の先の部屋を指す「では、お待ちしております」と一礼をすると、指した部屋に向かっていった。
「お嬢様、入りましょう」
瑠偉とララは、その部屋に入る。中には大きな机と、窓際に四角い石済みのコンロらしきものがある。その隣には薪が積み上げられている。薪の横には、水が入っている大きな壺が置かれていた。机の近くには、食器棚が置かれている。
瑠偉は部屋の景色を見て、昔歴史で習った江戸時代の風景を思い出していた。
「予想はしていたけど、やっぱりカマド? ですか・・・」
「お嬢様、始めましょうか。深めの皿に水を入れてください」
ララは瑠偉に指示すると、買い物袋の中身を机に出し始めた。瑠偉はララに言われた通りに、食器棚の前に立ち食器を選べ始める。棚から深さ10cm程度のスープ皿を手に取ると、部屋の隅に行き壺から水を、その食器に満たした。
「何を作るか、想像できないです」
そう言って瑠偉は、机に水が満たされたスープ皿を置く。
「では次です、火を起こしておいてください」
「どうやって? カマドなんて、使った経験ないです」
「まず手前にある、黒い鉄製の窓を開けて、薪を入れてください」
瑠偉は窓際に移動すると、カマドの窓を開ける。横にある薪を、窓の中に入れると、腰を落としてカマドを丹念に調べ始めた。彼女は何かを探している様で、石製のカマドに手を触れ、そこらじゅうを触っていた。彼女はカマドの全てを場所を確認すると、立ち上がりララを見た。ララは水の入った皿に、塩を入れかき混ぜて溶かしていた。
「ララさん、火をつけるスイッチがありません!」
「お嬢様は、馬鹿ですか? とりあえず、そこから離れてください」
「だから… 使ったことないんだってば…」と瑠偉は小声で言うと、カマドから離れた。
ララはカマドの方を見ると、その黒い目の色が薄くなり、その目は赤色に変わった。変わると同時に両方の赤い瞳から、レーザー光線がカマドに向かって放たれた。二つのレーザー光線は、薪の部分で重なり合う。薪から白い煙が立ち上ると、薪から小さな炎が湧きあがった。
その光景を見ていた瑠偉は、レザー光線が照射されると驚きのあまり、一歩後退し「ひぃ」と言う声が無意識に漏れた。表情を強張らせ、彼女はぎこちなく首を回すと、ララの方を驚きの表情で見る。ララの瞳は黒色に戻っており、黙って瑠偉を見ていた。
「大丈夫です。間違っても、外れる事などありません」
「いや… そうじゃなくて、やる前に言ってほしかったです」
「次はこちらに来て、果物を切って鍋に入れてください」
瑠偉はララの側に行くと、机に散らばっている果物を取った。迷うことなく、果物をまな板に置いた。そして包丁を両手で持つと、そのまま勢いをつけて包丁を振りかざし、果物を一刀両断した。
「お嬢様は、馬鹿ですか?」
「だから… やった事ないんだってば…」
「わかりました。そのまま、続けてください」
瑠偉は隣のララを見ると、皿に入っている塩を溶かした水溶液に、両方の人差し指を漬けてじっとしていた。
「それ、なにをしているんですか?」
「食塩水を電気分解して、二酸化炭素と反応させております」
「えっー、つまり?」
「炭酸水素ナトリウムを作っています」
「へぇー」
瑠偉は炭酸水素ナトリウムと聞いて、何に使うか考えていた。しかし、聞いたことのない名前で、想像もつかなかった。彼女はそのままララの作業を見ていると、何やら消毒の臭いが立ち込めていることに気づいた。鼻をピクピクさせて、その臭いを嗅いでいた。
「なにやら、プールの消毒層の臭いがしますね」
「余った塩素が、ガスとして発生しています。ちなみに毒です、最悪死にます」
瑠偉は毒と聞いて、素早く包丁を置く。「わあぁぁー」と叫びながら窓際に移動すると、窓を開け新鮮な空気を取り入れた。窓からは土の香りが染み込んだ風が、穏やかに流れ込んできた。
「だから、やる前に言ってください」
「大丈夫です。塩素濃度は視ていますから、作業を進めてください」
瑠偉は「もーー」と不満の表情と共に、ララの隣から離れ作業を進めた。相変わらず包丁を両手で持って、置かれた果物を切り刻んでいた。全て切り終えると、果物を鍋に入れた。
「出来たけど、後はどうするの?」
「では鍋を火にかけてください。あとは潰しながら、かき混ぜてください。絶対に、焦がさない様にしてください。絶対にです」
瑠偉は鍋を手に持つと、カマドの方へ移動した。小さかったカマドの火は、燃え広がっており大きな炎となっていた。彼女は、鍋をカマドに置き、近くにあった棒で突きながらかき混ぜ始めた。しばらくすると暇なのか、鍋に向かったままララに話しかけた。
「ララさん、炭酸水素ナトリウムって何ですか?」
「重曹とも呼ばれています」
「じゅう… そう?」
「ペーキングパウダーとも呼ばれています」
「あぁー、パンケーキですね! なるほど… じゃー、この鍋の物は?」
「果糖を作っています」
「加藤さんって、鍋で作れるんですね?」
「お嬢様は、馬鹿ですか?」
「わざとですよ! そんなにバカバカ言わないでください」
「手がおろそかになってますよ、丹念にかき混ぜてください」
瑠偉は鍋の中を見ながら、果物をかき混ぜる。時には棒で突き、果物を潰していくのであった。それからララは、小麦粉を水で溶かし作ったペーキングパウダーを入れ生地を作る。そしてパンケーキを作り始めた。
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