三話 出発

◇2019年10月15日 火曜日 早朝

「四日間も一人で大丈夫ですか?」

「うん、ちゃんとお留守番するからね」


 エミリアを修学旅行に連れていく訳にはいかないので、一人で留守番という事になる。

 とりあえずもう能力をコントロール出来ない心配は無さそうだが、一人で生活出来るかと言う問題が有る。


「ごはんもちゃんと食べるから安心してね」

「でも寂しくないですか?」

「寂しいけど……お姉ちゃんに迷惑かけられないもん」

「ありがとうございます。とりあえず毎日電話しますね。じゃあ行ってきます」


 三人は出発する。エミリアは見えなくなるまで手を振っていた。


「本当に大丈夫かな?」

「とりあえず定期的に千里眼で観察します。心配ですから」

「それは流石に過保護じゃない?」

「いやそうとも言えないぞ」


 日常生活はまあ何とかなる可能性が高いが、エミリアは世界中の魔術師が欲しがるほど珍しい異能者だ。氷華が不在の間に誘拐しようと考える者が居るかもしれない。


「それにあの子いつも私にくっついて来ますからね。一人で寂しくないか心配で仕方が無いですね」

「ごめん、やっぱり過保護だわ」

「何故です?」


 心配だが依存させる訳にも行かないのでたまには離れた方が良いとは思うが、流石にいきなり四日間一人は心配だ。


◇新幹線内


「それで、実家の方と鉢合わせない様に行動したいのでしたね」

「ああ、幸い二日目の自由行動の時以外は余り近くには行かないな。ただ一日目の宿がうちの傘下なんだよね……」

「それはまた……」


 優斗もだが、氷華も雨木家の人間と出会えば絶対に揉めるので気を付ける必要が有る。

 ちなみに音を遮断しているので周りに聞かれる心配はない。


「とりあえず自由行動の時は近づかないとして、宿をどうするかだな」

「認識阻害は魔術師相手には余り有効では無いので、光学操作を併用して顔が分からないようにしますか。光学操作だけだとクラスの人に不審に思われるでしょうし。まあ魔術を使っている事自体を隠す必要も有るので少々大変ですが」

「ああ、雲宮にはやらなくていいよな?」

「ええ、誰も琴音さんの事を知らないでしょうからね」


 言い方は悪いが琴音は一魔術師見習いに過ぎないので、雨木家の人間が存在を知っているとは考えにくい。


「なんか私だけ仲間外れにされた感がするんだけど……」

「すみません……」


 別にそういう意図は無く、手間を省く為なのだが。


「なんか口だけ動かして声出てないんだけど、読唇術の練習か何か?」

「いや、単に聞かれたくないから小声で話していただけだ」


 通路を挟んだ反対側に座っていた清水が質問を発する。声を遮断していただけなのでじっくり見れば不気味なのだ。違和感が完全にないようにする事も可能だが、それは少々面倒だ。いくら氷華が魔術を使うのが好きだと言っても、長時間続けるのは少々疲れる。


「ふーん。まあ何でもいいけど怖いぞ」

「それは失礼しました」


 やはりしっかり隠す必要が有ったかもしれないと思った氷華が術式を組み替えようとした直前、担任の葵が声を掛けてきた。


「おやおや? 最近ギクシャクしてたけど大分仲直りしたのかな?」

「はい。もう大丈夫ですよ。葵ちゃん」

「こらー。教師をちゃんづけするんじゃな~い」

「確かに問題かもしれませんが、そもそも敬意を払おうとは思えない先生の態度に問題が有るのでは? 教師という立場だけで敬意を払って貰えると思うのは怠慢と言う物です」

「ぐは」


 優斗に厳しい指摘をされた葵は目に見えて落ち込む。


「優斗さん流石に言い過ぎですよ。態度と教師としての能力は直接関係ないでしょう」

「まあ確かに。普通に授業は分かりやすいと思いますよ。敬意を払おうと思えないのは裏を返せば親しみやすいという事ですし」

「まあ敬意を持てないというのも分からなくは無いですがね」

「氷華ちゃんまで⁉」


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