九話 異能者
九話 異能者
「いや琴音さん、多分違います」
そう言って、氷華は解析の魔眼を起動し、少女を調べる。結果は思った通りだった。彼は日本語が話せないかもしれないので、とりあえず言語を合わせて話してみることにした。
『その子異能者、それも神降ろしですよね』
『はい、そうです、どうやら神道系の神格のようなのでとりあえず日本にやってきました』
「悪いけど僕外国語苦手だから翻訳してくれないかな。英語や中国語とかなら何とかならんことは無いんだけど」
「あーこれ多分ドイツ語だよね」
「あ、すみません。配慮が足りませんでしたね」
「日本語話せるのですね」
どうやらわざわざ言葉を合わせる必要は無かったらしい。一方、優斗は少女の特徴から話の内容を悟ったようだ。
「まあ神道系が専門だから言いたいことはわかるけどな。その子が神道の神の神降ろしなんだろ」
「その通りです。魔眼で見ましたが、力の流入が高天原からでした」
「あのー、異能者とか神降ろしとか言われても分かんないからできれば説明してくれないかな……」
「ああ、すみません。まず異能者と言うのは生まれつき魔術的な象徴等を持ち、その魔術を簡単に使える人間の事です。超能力者と言い換えても良いかもしれません。特殊性の高い魔術や、強力な魔術を使えることも有りますね」
「氷華も魔眼持ってるからそうだよな?」
「確かに魔眼持ちも異能者の一種ですが、私の眼は後天的に植え付けられた物なので違います」
もっとも、物心付く前に付けられた物なので、氷華から見れば生まれつき持っていたのと変わらないが。
「神降ろしと言うのは異能者の一種で、何らかの神格の力を持った人間の事ですね。異能者の中で最も珍しく、強力な力を持ちます。魂魄の形が対応する神格に似ているため、類感理論に従いその力が流れ込んでいるという説が有力ですが、詳しい原理はわかっていません。ちなみに今の第四位がこれです」
「えーと、神様の力が使えるって事で良いんだよね? で、その子の場合神道の神様だったから、詳しく調べるために日本に来たと」
「はい、神道の魔術については日本以外に資料が無いですからね。基本的に神降ろしはその神格に関連する魔術しか使えませんから、調べたり、能力を制御できるように訓練するには日本に来るしかないのです」
異能者は特異かつ強力な能力を持つことが多いが、代わりに普通の人間用の魔術が上手く使えないことが多い。魔術と言うのは魔術的特性が無い人間が使うように最適化されているからだ。基本的に強力な異能者ほどその傾向が強い。神降ろしは極めつけだ。
「でも異能者だからと言って魔術の道に進まなければいけないと言う訳では無いんじゃない?」
元は魔術師じゃなかった琴音としては強制的に魔術の道に進ませるのは反対だ。今でこそ割り切っては居るが、自分がそれをされた時は嫌だった。同じ思いをする人を増やしたくない。人は可能な限り自由に生きるべきだ。
「残念ながらそれは不可能です、琴音さん。理由は二つ。一つ目は力を制御出来ない異能者は危険だという事です。能力の性質によりますが数百人単位で死人が出たことも有りますね。もう一つは庇護者が居ないと狙われるという事です。魔術師が実験台にするために異能者を誘拐するという事件は頻繁に起きるので、どこかの魔術師に保護してもらう必要が有ります。殆どの魔術師は実験台の人権なんて気にしませんから。出来れば本人も自衛能力を身に着けていると良いですね」
「あーそっか、じゃあ仕方無いね」
流石に人命が掛かっているとなればやむを得ない。
「ところで一つ思ったんだが、とりあえず自己紹介した方が良いんじゃないか?」
「それもそうですね。知っていると思いますが改めて、霧崎氷華です。こちらは弟子の雲宮琴音さんと、雨木優斗さんです」
「ユリウス・フォン・シュターベルクです。お会いできて光栄です、霧崎さん」
シュターベルクと言うのはドイツに本拠地を置く世界屈指の魔術の名門だ。
「ユリウス……ああ、今の第八位の弟さんですね。どこかで見た覚えがあると思ってはいたのですが。それにしてもシュターベルクの方なら正式に協力を要請したほうが良かったのでは?」
世界屈指の名門の一員がアポ、付き添いで訪ねてくるのは不自然だ。きちんとした後ろ盾があるので正式に要請されれば霧崎は協力するだろうが、これではただの怪しい人なので信用を獲得するのは難しい。
ちなみに、神道の神格については雨木の方が詳しいが、そちらは素直に協力する可能性は低い。
「実は俺、この子を連れて逃げ出してきたのです。このままだとホルマリン漬けにされそうでしたから。普段はここまでしませんが、この子は僕が見つけたので情が湧いてしまったのです。まあこれはついでというかきっかけで、向こうだと自由に研究をさせてもらえなかったから抜け出したいというのが大きいのですが」
「なるほど、一応理解しました。こちらでも私以外に見つかった場合彼女の安全は保障できませんがね。話を戻しますけど、その子はなんて言う名前なのですか?」
「それが殆ど話してくれないで分からないのですよ。言葉が分からないわけでは無さそうですが。俺が見つけた時は、山の中に一人でいて暴走状態でしたからね。おそらく親に捨てられて、ショックを受けているのでしょうね。見つけた後も監禁されたり、体を調べられたりしていますからね。喋れなくなっても無理はないでしょう」
「そうですか……」
「酷い……」
異能者は無意識的に力を発現させることが多い。そのため親は不気味に思って捨ててしまう事が多々有る。また、魔術師は異能者を実験素材としか思わない事が多い。幼いうちにそんな事をされた少女の精神的負担はどれほどのものだろうか。
氷華や優斗にしてみれば分かり切った事だが、それでも腹は立つ。一方琴音は初めて知る魔術世界の闇の一端にショックを受けていた。しばらくすると、少女に目線を合わせて笑顔を浮かべ、温和な口調で話しかけた。少しでも傷を癒してあげる必要が有ると思ったのだろう。
「ねえ、お名前はなんて言うの? お姉ちゃんに教えてくれる?」
だが、少女は怯えた様子のまま動かない。琴音はショックを受け涙目になっていた。
「子供の扱いには自信があったのに……」
「いやその子が日本語を理解できないだけだと思うぞ」
「ドイツ育ちで日本語が話せる子供は少ないでしょうからね。そもそもまともな教育を受けていないでしょうし」
「そうでしょうね。とりあえず私が聞いてみます」
氷華は子供、それも心を閉ざした相手と上手く話せる自信は無い。しかし、ユリウスが駄目な以上、他に唯一ドイツ語が話せる氷華以外に可能性のある人は居ない。
『名前を教えてくれますか?』
『……』
反応が無いどころか、逃げられた。
(やっぱり、子供は誰が危険なのか本能でわかるのかな。これは長引きそうだ——ッ)
氷華は全力で地面を蹴り、少女を抱えてその場から飛びのく。
次の瞬間、人払いが展開され、少女のいた場所に巨大な檻が降ってきた。
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