二章二話 僕らのコミュニケーション(三)
帰りに二人で駅前のCDショップに立ち寄った。
肩が落ちているように見えたから、「それではまた明日」と口にした村山くんを無理やり引っ張ってきたのだ。そして私は、彼にCDを一枚プレゼントした。ユーモアズのベストアルバム――『僕らのコミュニケーション』税込み三二四〇円(この際値段のことは忘れよう)。
流行りのスリーピースバンドのCDをいきなり「はい」と押しつけられて、村山くんは困惑していた。
CDショップを出たあと、私達はきらびやかな夜の街を歩いた。
さっきからずっと黙りしている村山くんに、私はかねてから言おうか言うまいか迷っていたことをやっぱり言うことにした。「村山くんはさ、なんでも完璧にやらなきゃって思い込んでいるから、苦しい思いをするんじゃないかな」
車道側を歩いていた村山くんは「かもしれませんね」と言った。「でも、生きかたなんてそうそう簡単に変えられませんよ」どこかいじけた物言いだった。
ずっと下ばかり向いているもんだから、私は他人事ながらだんだんむかむかしてきた。
堪え性のない私は、やっぱりまた、彼の背中を力いっぱい叩いていた。
あれこれ考える前に――バシン!
「いった! なんですか、いきなり!?」
村山くんもさすがにむっときたようだった。しかし、男の子にちょっと詰め寄られたぐらいで怖気づく私じゃなかった。
「いじけてたってなにも変わらないよ! 少しずつでいいじゃん。数学教えるとき、ずっと言ってたじゃない。どんなに難しい問題でも小さなところから一つずつ解いていけば必ず正解に辿り着くって」スパルタ授業がまさかこんな形で活きるとは思わなかった。「人にはあれだけ過程式が大事か言っといて、自分は問題の答えしか見てないじゃん。大きな問題だってちょっとずつ解いていけば見えてくるんでしょ? いまの村山くんは、問題文と睨めっこしているだけだよ。計算の一つもしないうちから、えーとあーとで、そんなの解けるわけがないじゃない。だからその……」途中我ながら上手く言ったものの続きが浮かばない。そもそもこの話はどこへ行くのか?
身振り手振りで勢いに任せた。「ちょっとずつだよ。いきなり生まれ変わることなんて出来ないんだからさ。人間関係だって、よく知りもしないうちから全部を受け入れることなんて出来ないでしょ? 村山くんのことを変な人扱いしている人達は村山くんのことをよく知らないわけだし、村山くんだってその人達のことよく知らないわけじゃない? 私の言ってること分かる?」
「わ、分かりますよ……」
「そういう人達ともきっかけ一つで仲良くなれるかもしれないんだよ?
だから、そういう人達まで敵扱いしちゃ駄目だよ。ぶつかってみないと分からないことだってあるんだから……私の場合、ぶつかり過ぎてウザがられることもあるけどね」
――真理っちはもう少し控え目に行くべきじゃない?(友人代表Yさん)
――あなたはぐいぐいとしつこいわ(友達になったばかりのWさん)
「焦らず行こうよ、村山くん」
話がぐるんぐるん回ったけど、彼に伝えたかったのは、結局この一言だ。
「私達だってほんの二ヶ月前までは、知らない同士だったじゃない?」
ニッと笑って言うと、
「……そうですね」
村山くんの表情にも明るさが戻って来た。
「俺も以前までは、市原さんのこと賑やかな人だとばかり思っていました」
「人を単細胞みたいに言わないでよ」
「気に障ったようなら謝ります。市原さんは、ただ明るいだけじゃなくて、繊細なところがあります。それに優しい人です。そういうあなたを、いまは知っています」
「あぁ、そう……ありがと」だから、そう面と向かって褒めないでほしい。不意打ちは凄く照れるから。
「村山くん、拳出して」
「こうですか?」
「そうそう……えい」
コツンと拳を合わせた。
「お互い一歩ずつ進んで行こうよ」
そう。私も一歩ずつ進んで行かなきゃ。
――巧さん。
彼のことを思い出しては、いまでもときどき胸が痛くなる。思い出を胸の宝箱に仕舞うには、もうちょっと時間がかかるかもしれない。でも、いつかはその痛みも――
「市原さん」
「ん?」
「俺、また市原さんに助けてもらいました。今日はありがとうございます」
「やだなぁ。村山くんはいつも大袈裟だよ」
「そうでしょうか? 俺、市原さんの言葉に心を打たれっぱなしでしたよ。なんだか、なんだろう……明日から生まれ変われそうな気がします」
「元気になったならなによりだけど」
お互いを理解する――村山くんには言ったけど、口にするほど簡単なことじゃないと思う。村山くんも言っていた。――ロジカルに割り切れない、と。私達には感情があるから、いつでもお互いを分かり合えるわけじゃない。それでも、たとえ分かり合えなかったとしても、分かり合おうとする、その一歩ならばきっと踏み出せるはずだと、私は信じている。
「帰りには気をつけてください。それではまた明日」
そう思えるようになったのは君のおかげだよ、村山くん。
《ユーモアズのベストとてもいいですね。三曲目の『いま君に言いたいことが』が特によかったです。いまの時代にもこんなに素敵な歌手がいただなんて知りませんでした。市原さんの言葉通り何事も先入観だけで語ってはいけませんね。CDありがとうございます。それではおやすみなさい》
いつものように誤字脱字一つない、村山くんらしい丁寧なメッセージ。いつも一生懸命考えてメッセージを送ってくれているんだろうな。彼にとっての当たり前が私には嬉しい。
《気に入ってくれて私も嬉しいです。私も『いま君に言いたいことが』大好き! 今度別のCDも貸してあげるから。そのときはまた感想聞かせてね。お休み!》
一字一句誤りがないか確認してからメッセージを送った。
お父さんから借りた昭和の名曲ベストを聴きながら、私は「へへ」と笑った。
――あ、この曲いいな。
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