第29話 仮家族と母親達

私達は菜々ナナの家を後にし、私の家に行く。

香川家と七尾家は電車で2駅ほどで、私達はわいわい話しながら電車に乗る。

ただ、やはり風ちゃんと奈緒ちゃん、菜々ナナとかすみちゃんの間にはまだ距離感があり、その間に私と美月ちゃんが黙っている形になっている。


とりあえず、夕食は急な話だったので駅のファミレスで食べて帰るとお母さんにラインを入れる。


それも即レスしてくるお母さんに若干引きつつも、私の急なわがままを聞いてくれるお母さんに心の中で感謝する。

そして、私自身も香川家を私の家と言って人を呼べるようになったのには驚きの適応力だと思う。


駅に到着し、ファミゼリアというファミレスに入ると、私、風ちゃん、奈緒ちゃんが一列に座り、テーブルを挟んで菜々ナナ、美月ちゃん、かすみちゃんという並びで座る。


それぞれに食事を注文すると、改めて自己紹介をしたり、ご飯を食べながらそれぞれに話をしている。


最初はぎこちない空気に包まれていたが、奈緒ちゃんとかすみちゃんが中心となって話をしているので自然と話は弾んでいった。この辺りの奈緒ちゃんの気配り上手さには脱帽するばかりだ。


「そういえば、菜々ナナってシングルマザーだったんだね。それなのに私立の中学って凄くない?」

奈緒ちゃんは急に菜々ナナに母親、俺の元カノの話をする。


「うん…だいぶ無理させてると思う。昔から私を育てるために頑張ってるから…」

彼女は俯きながら返事を返す。


確かにそうだろう。学費ほど家計を圧迫するものはない。その上私立の中学になると金銭的に余裕があるか、子供のために身を削るぐらいの覚悟がないとやっていけないだろう。


ナナマナは確実に後者だ。

どんな思いでどんな生活をして来たのかは高校を卒業して以来会っていなかったから知らない。

だが、この身体になってすぐに元カノに会うなんて思っても見なかった。同級生のお母さんが元カノとか…なんの因果なんだろう


「それなのに私はお母さんの期待を裏切っちゃったのが悔しくて…。馬鹿なことをしたなって思ってるよ…」

菜々ナナが風ちゃんを見ながらいうと、横で美月ちゃんとかすみちゃんは一緒に俯く。


「それはもういいよ。今日からやり直せばいいから…」

風ちゃんは顔を引きつらせながらも許しを与える。

この子は凄い。死にたいと思うほどの思いを与えられた相手を許し気遣っている。


その言葉に3人は緊張がほぐれ、私達もほっとした。これで、彼女たちの関係は大丈夫だろう。

あとは美月ちゃんとお母さんとの関係だけだった。


「…あれ、夏樹ちゃんじゃん!!」

私達が和解を済ませていると、頭越しに嶺さんの声が聞こえる。

私が振り返ると、後ろには嶺さんと見知らぬ男性の姿が見える。その男性はすらりとした高身長のイケメンで、スーツの着こなしもカッコ良かった。


「あれ、嶺さん。デートですか?」

私は急に現れた嶺さんにニヤニヤしながら口走る。

風ちゃん達も目を輝かせながら、カモがネギを背負って来た現状を楽しんでいる。

女子はやはり恋沙汰が好きなんだな〜。


「違うわよ!!こいつは従兄弟の萌生 英雄。なんでこんな職場の前のファミレスでデートなんかしないといけないの!!」

慌てる様子のない嶺さんから現実を突きつけられると、風ちゃん達は「なんだ〜」と、つまらなそうに口を尖らせる。


「なんだとは何よ!!第一、デートだとしても私を誘うならもっといい所に連れて行ってくれないと、恋人として認められないわね!!」

フフンと花を鳴らしながら、嶺さんはふんぞり変える。


「こりゃ、行き遅れる事間違い無いな」

萌生さんははぁ、と深くため息をつく。

私もそれに激しく同意する。


「な、何よ!!あなただって大学から彼女いないらしいじゃない!!」


「僕はチャンスを待っているだけだよ。モテないわけじゃないし、嶺みたいにポンコツじゃない」


「きーっ」

嶺さんは怒り心頭のようだが、萌生さんは笑いながら通路を挟んだ向かいの席に座る。


すると、奈緒ちゃんとかすみちゃんが菜々ナナと風ちゃんを引っ張って萌生さんを、追う。

女子ってイケメンに弱いよね…、ほんと。


「あの男のどこがかっこいいのかしらね…」

その様子を嶺さんはため息をつきながら見て、私達の席につく。


私は苦笑いをしながらジュースを口にしていると、嶺さんは美月の姿を見る。その視線に美月はどこか肩身が狭そうだ。


「秋保さん、大丈夫?そう固くならなくても大丈夫よ。やったことはよくなくても、相手が許してくれて、反省をしているのなら何も言わないわ。それより…」


嶺さんは私を見るとスマホでラインを開く。

そこには私が保健室を貸せとお願いした内容が記されている。


「これってどういう意味?あなた達は和解したように見えるから必要ないと思うけど…」


「明日、保健室に秋保さんとお母さんを連れて行きます。そこで転校の話をなくしてもらいます。彼女が嫌がっているんで…」


「ヘェ〜」

嶺さんは私と秋保さんを見比べる。


「お母さんは私の話を聞いてくれないから…、夏樹ちゃんに助けて貰おうと思って…」


「…子供の話を聞いてくれるとは思っていないから、嶺さんにも同席してほしいんです。大人の話なら聞いてくれると思うし…」


「それは…無理ね。担任がいる以上は私は口は挟めないし、それに私は口を出す術を持っていないわ。モンスターペアレンツ問題がある以上はこちらとしても家庭の問題に口は挟めない。ただ…」

そういいかけて嶺さんは口を紡ぐ。


「ただ、なんですか?」


「夏姫ちゃんのお母さんなら聞く耳を持ってくれるかもしれないけど…。いや、なかった事にして!!」

慌てて口を紡ぐ嶺さんを横目に、私はその言葉の意味を考える。


彼女は厳しくし過ぎたせいで夏姫を失った。

私じゃなく、実の娘を…だ。

それは彼女にとっては心の傷だ…。

それを美月のために思い出させてまで、話させるべきではない。ただ…


「わかりました。あとは自分たちでなんとかします。先生、ありがとうございます!!」

と、言うと私は立ち上がりみんなを促して変える準備をする。


「ちょっと、夏樹ちゃん!!待ちなさい!!話はまだ…」


「いえ、やる事ができたから帰ります!!みんな行こう!!」

私が自分たちの伝票を取ろうとすると、不意に手を掴まれた。全身に悪寒が走り、掴まれた方を見ると萌生さんが私の手を掴んでいる。


「何があったか知らないけど、慌てちゃいけないよ。本を読むのと一緒で急ぎすぎると大事なものを見落としかねないからね」


「分かっていますよ。お構いなく」

にこやかに話す萌生さんの手を振り解きながら、伝票を取ろうとすると、彼はその伝票を取り上げる。


「そうかい。ならここは僕が支払っておくとしよう」

というと、彼はレジに私達の伝票を持って支払いをしている。


私が嶺さんを見ると、彼女は肩を竦める。

「奢ってもらいなさい。あいつはそこそこ稼いでいる独身貴族だから。それより、本当に慌てちゃダメよ。秋保さんのためでも、あなたの為にも、夏姫ちゃんやつゆさんのためにも…ね」


「わかりました。膳所します…」

というと、私達は店からでる。もちろん、萌生さんにお礼を言ってだが。


外に出ると既に陽は落ちていて、夜の闇が辺りを覆う。その道中を6人で歩いて帰っていく。


すると、後ろからミニバンがクラクションを鳴らす。私がびっくりして後ろを振り向くとそこにはお父さんが乗っていた。


「夏樹、ちょうど良かった!!帰るなら乗りさない」

私達はミニバンに乗り込む。

「…どうしてここにいるの?」


「夏樹がまだ帰っていないって聞いて、少し残業をしていたんだよ。いや、タイミングがあって良かった!!お友達もできてなりよりだ!!」

お父さんは運転をしながらミラーで後ろを見る。


「変わった子だけど、みんな夏樹と仲良くしてやってくれ!!」


「「はいっ!!」


「ていうか、この車は何?どうしたの!!」


「ああ、母さんに内緒で買ったのが今日届いてね。会社に置いておこうかと思ったんだが、友達が泊まりに来るって聞いて乗って来たんだ!!」


「はい?」

この…ブルジョアめ!!

私がここの娘じゃなかったら刺されてもおかしくなかったよ!!命拾いしたわね、お父さん!!


「お母さんに叱られても知らないからね?」

私が横目で睨みつけると、運転をしながら父は黙り込む。


「…夏樹、どうしよう」


「知らな〜い。頑張って怒られてね、お父さん!!」

私が笑いながらいうと、父は愕然とする。


「ねぇ、夏樹ちゃん」

家に到着すると、美月が声をかけて来た。


「何?」


「あなた達って本当の親子じゃないんだよね」


「…そうだよ?」


「だけど、なんであんなに仲がいいの?」


「互いに気を使い合っている仮親子だからじゃないかな?本当の親子みたいに喧嘩もないし、言いたいこともいえてないのかもしれない。だけど、私はこの家族だが好きからね」


決してストレスがないわけじゃない。

仕事人間のくせにどこか抜けている父と、普段は優しくて怒ると怖いしっかり者の母。少し過保護でストーカー気質のある両親の間で、夏姫の体を通じて娘を演じる私もこの関係が好きになって来ているからだ。


3人がこの関係をいいものにしたいと思っているからこそ、ストレスを気にせずに生活ができるのだ。


「…だから、美月も大丈夫だよ。貴方のお母さんもわかってくれるよ」

というと、美月はうんと頷いて私に連れられて家に入る。


「みんな、いらっしゃい。夏樹、お帰りなさい」


「お母さん、ただいま!!」

にこやかに話す母に私は大きなただいまを告げる。

そして、後に続いて風ちゃん達が「お邪魔します」と、家に上がってくる。


それをにこやかにに迎え入れる母の脇をら父がそろ〜と入ってくるがその刹那、父の首元を掴み母は父を引っ張り家の外にでていく。


お察しの良い方はもうお分かりだろう。

その日、父の姿を見たものは誰もいなかった。

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