ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜

黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名)

1章 新しい家族

第1話 生と死

他者になりたいと願ったことはあるだろうか。


俺はある。35年間生きてきて何度も人を羨んだ。

外見や才能、性格に至るまで自分の持たざるものを持つ者を羨み、誰かと変わりたいと思った。


ある時は家族に、ある時は友人に、そしてある時は異性に…。


だが、それは叶わぬ夢である。


自分と他者は決して交わったり、合わさったりする事なくひとつの個として存在する。


そして互いに傷つけ、助け合いながら多感な時期を過ごし、自分という形を作って行く。

そして、大人になりいずれは忘れて行く。


もし俺が死んで、輪廻転生が繰り返されるのならば今ある俺の記憶は、ココロはどこに行くのだろう。


なくなるに決まっている。

生まれた時点で自分以外の存在は他者なのだから


ならば、俺の記憶を持ったまま他の誰かになってしまったらどうなるのだろう……。


ココロノアリカは……?



俺は死んだ。


身長が180センチ、体重が70キロ、ごくごくフツーの顔立ち。一企業に属し、結婚11年目になる可愛い(?)嫁と11歳になる息子が1人いるごく平凡なサラリーマンだ。


だが、俺は死んだ。享年35歳。

その早すぎる死と、妻子を2人残して天寿をまっとう出来なかった事に悔いが残る。


ただ一つ喜べることは、死してなお近くで息子の成長を見ることができるのだ。


どうしてかと言うと……


「お姉ちゃん、来てたんだ!!」


私の顔を見て、息子が嬉しそうに駆け寄ってくる。

そう、私は生きていたのだ。


別の人間……そう、現役バリバリの香川 夏樹14歳にTS……もとい、生態移植をしたからだ!!



俺が死んだ日のことを思い出してみよう。


あの日、俺はとある雑居ビルにいた。

3階にある古本が置いてある店で欲しい本を探していた。


店の入り口から本を物色しながら奥へと進んでいくと、小さい女の子が本を読んでいた。


小さいと言っても、中学生くらいであろうその姿を見て俺は……


(かわいい子がいる。本が好きなんだろうな……)

などと考えながら、奥へと本を探しに行く。


興味を持ちそうな本を見つけて、中身をパラパラとめくる。

途中、何か物音に気付いて顔を上げて店内を見渡す。

店内に特段の変化はなく、女の子もまだ本を読んでいた。


……瞬間、ジリリリーと火災報知器のベルがけたたましく鳴る。


店内に響き渡るその音とは逆に、わずか数人しかいない店内はどこか落ち着いていた。


……まさか、火事なんて……。


などと思いながらも、俺は少しそわつきながら店外へと向かう。

途中女の子の姿を探すが、もう外へ出たのだろう。いなくなっていた。


ホッと一息つきながら店外へ出ると、店の外では上の階に来ていた人達が慌てた様子で逃げている。


その様子を見るとただごとでないことがわかるし、少し煙たいような気がする。


階段を降りていく人が少なくなってきたので、とりあえず俺も下へと向かって逃げるていく。


どうやら火元は一階だったようで火はまだ2階へは到達していなかったが、煙に包まれていた。


俺はこのまま1階に降りるべきか、2階から飛び降りるか、上で助けを待つかを思案する。


火の勢いがどの程度なのかはわからないが、天井を見るとスプリンクラーは付いていないようで、鎮火はしていないだろう。


とりあえず窓がある所を探す為に階段近くの部屋の扉を開けるが、そこは煙で充満していた。


ここは無理だ……と思い部屋の外へと出ようとすると入り口から少し離れた所に何かが倒れているのがわかった。小さい人の姿だった。


……!!


その姿を見た瞬間、俺は煙の充満する部屋へと入り、人を拾い上げる。

そして室外へ急いで出て扉を閉めた。


煙の靄があるため、ゆっくりと顔を見ている暇はないが、一瞬であの古本屋にいた女の子だと言うことが分かった。


ただ意識はなく、ぐったりとしている。

急いで助けないとこの子の命に危険が及ぶ。


気持ちは焦る一方で、どう逃げるべきなのかを選択しきれない自分がいた。


この子を抱えて2階から飛び出すわけにはいかないし、最上階で助けを待っていては手遅れになる。だが、煙の量からしても、下はだいぶ燃えているであろう。


恐怖はあるが、彼女を抱えて火の海を突っ切るしかない。早くしないと、この子の命が危ない。

俺は恐怖を押し殺し、一階へと思考を切り替える。


……行くしかない!!


俺は危険を承知で炎の中を逃げる決意を固める。

そして、着ていた上着を彼女の頭の上にかけ、勢いのまま下の階へと駆け下りていく。


下の階は左側に飲食店があり、店舗のガラスの向こうはワンフロアーになっていて、店があった場所から轟々と火の手が上がっている。


階段から外へとつながる通路はガラスが割れていて前に進むことも難しい状態、万一転ければどちらかが、いやどちらも無事では済まない状態だった。


…もう一度上へ逃げるか、このまま火の手の薄いところを突っ切るか…


俺は一瞬怯んでしまうが、考える間を惜しみ炎の海へと足を踏み入れる。

火の手の薄い方を探しては前へと進んで行くが、足止めをするかのように火の粉が柱や天井から降り注ぐ。


……熱い!!


女の子に上着をかけている為、俺の身体は半袖だ。

降り注ぐ火の粉が俺の身体を襲う。足元も瓦礫が散乱している為、走ることはできない。ズボンにも火がついているようだった。


……失敗したか?なんで今日日、スプリンクラーが付いてないんだよ!!


後悔する暇も無く、悪態をつきながらもただ前へと熱さに耐えながら進む。

もう少しで出口だ!!と思い、最後の力を振り絞り店外へと出た。


店外を出ると周囲には人集りができていて、その奥には救急車のような車も停まっている。


……助かった?


と思い、人集りへと駆け出すが足がもつれて、つんのめり転けてしまう。

女の子を庇うように最期の力を振り絞り、身体を横に逸らす。


「貴方、大丈夫ですか!?」

と言う声とともに誰が何かで俺は叩かれる。

それを気に留めず、俺は女の子を差し出す。


「この子を早くお願いします!!僕は……後でいいんで!!早く、この子を!!」


俺が、最後の力を振り絞り声を上げる。


それを聞いた誰かが早々に女の子を担架に乗せていく。雑踏が耳から入ってくるが聴こえない。

いつのまにか、俺は気を失っていく。


最後にポツリと、「よかった……」とだけ、零して俺は意識を失った。


享年35歳。俺が今、死んだ……。



目を開くと、そこは白い天井が広がっていた。


……どこだろう、ここは?


そう思いながら体を動かそうとするが、動かない。起き上がることすらできない。


自分の体に何かが付いていることが分かり、それを少し動く事ができる手で引っ張り取る。


すると、ピーっとけたたましく機械音が聞こえた。


……うるさいな、スマホのアラームか?

と思い、音のなる方へと手を伸ばす。


だが、その手は空を切る。

何かには手が届かなかった。


すると、ドカドカと何かが近づいてくる音がする。


……なんだ、うるさいな。ちょっとは静かにしろ!!

心の中で悪態をつきながら俺はもう一度横になり、目を閉じる。


すると、俺の周りに多数の人の気配がする。

よく聴こえないが、何か騒いでいるようだった。


「……さん、わかりますか?……さん、分かりますか!」

聞き慣れない名前を叫びながら、誰かが俺に話しかけてくる。


それに対し俺は鬱陶しそうに手を動かして、目を開け周りを見回す。


俺の周囲には、白い服を着た人集りができていた。


「先生、患者が目を覚ましました、先生!!」


……患者?誰だ?何があった?

すると、誰かが俺の横に座って話しかけてくる。


「……さん、聴こえますか?……さん、聞こえましたら手をあげてください」

と言ってくる。だが、俺はその名前に聞き覚えがなかったので、手を上げない。


すると横にいる誰かが、別の質問をしてくる。


「……さん、聞こえますか?……さん、聞こえましたら手を上げてください」

と、いう。


……さん、俺の名前だったので右手をゆっくりと上げていく。


すると、俺の周囲に居る誰かさん達が一斉に

 

おお!!と言う歓声を上げる。


続けて大きな手が俺の手を掴む。

なんだよ、手なんか繋いで…気持ち悪い。

と、内心で嫌悪感満載でいると誰かが、再び俺に話しかける。



「……さんですね。そうでしたら、自分の手を握ってください」と言うので、手を握り返す。


「……成功だ!!」


誰が歓声を上げる。


「……さん、理解して頂けたらまた自分の手を握ってください」


その言葉にも、再び手に力入れる。

ただ、以前より力が入らなくなっている事に気がついた。


「……さん、貴方は火事にあったことを覚えていますか?」と言うので、手を握る。


…そうだ、俺はあの時火事に巻き込まれたんだ。


「……さんはあれから3ヶ月、意識を失っていました」誰かが再び口を開く。


……そっか、あれから3ヶ月も眠っていたのか?そういえば、あの……


「…女の子……は?」

俺の口からは掠れ聞き慣れない声が、耳を通して聞こえる。


発している言葉は俺と同じだが、耳から聞こえる声は違う。今まで発していた声より高い声だった。


だがそのその問いに対して、医師は再び声を俺にかけてくる。


「残念ながら…亡くなりました」

と言う。


…そっか、亡くなったのか…


俺はその返答を聞いて、亡くなった子を不憫に思う。

だが、それは他人事なのに、ツーと一筋の線が頰を伝う。


……涙?


理解が及ばないうちに流れた一雫は枕をほんの少し湿らせた。


「……さん、今から少し検査をします」


僕の手を握る誰かはそっと僕に話しかけると、そのまま検査が始まった。


理解できないうちに、俺の意識は再び無くなっていく。

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