帝国内戦黙示録

柊 撫子

プロローグ

破滅への日々

 創世一四〇〇年 広い海洋に静かに佇むアトレシア諸島、その島々の中でも格段大きな島が二つ並び浮かんでいた。二つの内右側にある島の全土六千㎢はチョウ帝国と呼ばれ、現在は国家滅亡の危機を迎えている。

総人口約五千人を治めた慈悲深くも聡明な先代の皇帝が数週間前に亡くなり、後を追う様に女帝も数日前に亡くなった。その跡を継いだのが子息のソ皇帝で、帝国滅亡の要因である。

 歴代の皇帝は神が授けた『仮名表』という文字を一文字ずつ並べた紙によって名前を賜る。現在皇帝である”ソ”は仮名表では三十番目に当たり、彼はチョウ帝国三十代目皇帝という事になる。

 そのソ皇帝の浅はかな思慮で作られた新しい法の数々は国民の多くを傷付け、絶望させ、死に至らしめている。本来ならば皇帝となるべきではないが、先代皇帝による任命だった為に誰も覆す事は出来なかった。

 まるで国民を苦しめる事が目的かの様な法の数々は、ソ皇帝が即位したその日に公表された。本来ならば臣下が改定に反対しなければならないのだが、誰からも決を採らずに自分で認可した為に改定発表まで誰も認知すら出来なかった。


 彼の者が皇帝となり法が改定されてから僅か三日、国民の肉体的な苦痛と精神の疲弊は著しいものだった。このたったで、全ての国民が先代皇帝の復活を心から望んでいるのである。

 まず、大きな問題となっているのは皇帝に献上する税に関する法だ。改定前にはごく僅かな税で済んでいた為、国民には余裕のある税収だった。しかし、ソ皇帝はそこを突いたのだ。国民が金銭を余裕に持っている事を良く思わず、それら全てを絞り取れる様に『国民が受け取る収入から約五割を毎週納めよ』という異例の法へと変えてしまった。

 ざっくりとしすぎているこの法は欠点が多く、特筆すべきは国民が就労によって得る給料は月末締め翌月十日払いとなっている点だ。支払日は月に一度だけにも関わらず税収は毎月四回は行われる。そして法文には『受け取る収入』と書かれている為、給料の半分を毎週納めなければならなかった。

 だが、この法がわずかに軽減される者たちもいた。広い海洋に並ぶ全土五百㎢のレリフィア王国から伝わるレリフィック教を信じる帝国民である。

チョウ帝国には唯一神なる存在がいるものの、伝承の存在で宗教に発展する事はなかった。更には、チョウ帝国の唯一神とレリフィック教の主たる女神は夫婦関係である為、寛大な先代皇帝はレリフィック教を受け入れその教えを望む者は自由に入信する事が出来た。

それがこの『レリフィック教徒はチョウ帝国民にあらず。よってレリフィック教徒は異国民として扱われ、税は収入の約三割を納める事とする』という法により本来はチョウ帝国民である者たちも異国民という扱いになった。

 それでも帝国民にレリフィック教徒を羨む者はおらず、寧ろ憐れんでいた者が多くいた。というのも、別の法で『労働者はチョウ帝国民の中では最も身分が低いが、レリフィック教徒と異国民はそれよりも低いものとする』というものがあり、国民の意思とは関係なくレリフィック教徒を無視や迫害しなければいけなくなってしまった。

 ソ皇帝が定めた労働者の規則は厳しいもので『身分が低いのだから顔を隠し頭を低くして消費者に従わなければならない』というものだ。先の法と『身分が高い者が身分が低い者に対して行った行為は罰されない』という法が劣悪な嚙み合わせを招き、身分が低い労働者やレリフィック教徒はならず者から理不尽な扱いを受けても従わなければいけなくなってしまった。

 身分の低い彼らより身分が高い者が何をしようが罪は問われないという狂った法により、幾人が殺されてしまった事か。たった三日とは言え、その数は決して少なくはなかった。


 しかし、ソ皇帝が定めた差別的な法はまだある。チョウ帝国は大きく二つの種族に分かれており、元来お互いを認め合い助け合ってきた友好的な関係にある種族だ。一つはトーイ族というやや小柄で知識豊富で動植物と意思を交わせる事が特徴の種族で、寿命はおよそ百~百五十歳。もう一つはゴログ族という長身で筋肉質な褐色の肌と暖色の髪が特徴の種族で、寿命はおよそ九十~百二十歳である。

 チョウ帝国内での種族の割合はトーイ族が九割でゴログ族が一割で、ゴログ族が圧倒的に少数となっている。力が強いゴログ族は鉱山や加工場の周辺に住んでいるが、試験に合格し宮廷で働いている者も少数いる。その一方で酪農等の農作業や商業、科学技術の発達にはトーイ族が携わっていた。

チョウ帝国で採掘される鉱石は質が高く、レリフィア王国との交易を優位にさせている。そして王国より取り入れた文化や技術を用いて発展してきた。

この二つの種族が協力して成り立っていたチョウ帝国だが、ソ皇帝による新しい法でゴログ族は南西の鉱山周辺で隔離する様に追いやられてしまっている。

 ソ皇帝は自身の種族(トーイ族)と外見が異なるゴログ族を嫌い、如何なる理由があろうとも宮廷への立ち入りを禁止している。更には南西の鉱山周辺地域と南東の農産業地域を巨大な壁で囲い、壁の各所には警備兵を配置している。

農産業地域にはトーイ族しかいないので区別される理由もない筈だが、ソ皇帝曰く「土を弄って生きている者は泥臭く不潔である」との事だ。

 しかし、ソ皇帝が嫌う鉱山・工業労働者であるゴログ族に強いている『鉱山はチョウ帝国の所有物である。収入税とは別に加工済みの鉱石を一定数以上毎日納めよ』という法があり、一方で酪農・農産業労働者には『畑や牧場はチョウ帝国の所有地である。収入税とは別に作物を一定数以上毎日納めよ』という法が作られている。

この『一定数』という言葉が実に曖昧で、ソ皇帝の気分次第で数を決められている。それにより、彼らの様な労働者は休みなく働かねばならず、数日前のような余裕など無くなった。

 次に貧富の格差によって劣悪な結果をもたらした『保護者となる大人が納める税が金貨三十枚を満たない場合、その子供を学校へ通わせる事は認められない』という法だ。これは保護者となる大人が毎月金貨六十枚も稼げなければ、その子供も親と同じような生き方になる為、学習する事は無駄であるとソ皇帝は説明した。当然ながら誰一人として納得する者はいなかった。

チョウ帝国民のほとんどは専門職ではなく、収入もあまり高くはない者が圧倒的に多い。その中でも税を金貨三十枚も収められる者は限られている為、学校はその日の内に廃校となった。

 更には、あらゆる技術でレリフィア王国に後れを取っているにも関わらず、この『科学や医学の研究は現皇帝から認可されなければ全て自費で行うべし』という法により、国家間だけでなく学者間の技術差が歴然となった。

何より、皇帝からの認可を得るには明確な実績を修めなければならないというのに、その過程を蔑ろにされてしまっている本末転倒ぶり。

 誰よりも知性のないソ皇帝が定めた法はまだある。それは『民族衣装は宮廷の者が着用する衣服である為、その他の国民は着用を認められない』という文化を否定するものだ。着物というのは、絹を織り反物にしたもので作られるゆったりとした衣服の事で、チョウ帝国を代表する衣服とも言えるものである。それでは国民は何を着ればよいか。レリフィア国から伝わった上下が分かれている主に綿製の衣服である。

 全くもって度し難い法の中で、最も欲に塗れている『刑罰は犯した罪の重さではなく、現皇帝へ納めた金銭によって執行されるものとする』という法がある。

これは誰が見てもソ皇帝の我欲による法である事は明確であり、これによって犯罪を適切に裁く事が不可能になってしまった。


 上記全ての法が即位の席で一度に発表され、それを肝が冷える思いで聞いている配下の者たちは最後に発表された法によって全員が奈落へ落とされた。


「チョウ帝国の政治は全て皇帝一人で行うものとする」




 もはや手も足も出せない状態のまま、チョウ帝国の滅亡か己の寿命を待つだけの生活となり幾度の日々が過ぎた。未来溢れた学び舎は廃れ、薄汚れた城下街はならず者が闊歩し善人が道の端を歩く。美しい教会へ唾を吐く者に神父が謝罪し、過労続きの城下や農業・工業の両労働者は過労で命を落とす者が後を絶たない。

 そんな中、愉快に醜く肥えた腹を揺らして太く短い手を叩いて嘲笑うソ皇帝は、醜い四肢に侍らせた美しき者たちを思うまま摘まみ飽きればそのまま眠り、起きれば気が済むまで食事を貪って一日が終わる。

 そんなチョウ帝国を生き残る為、様々な組織が結成された。

一人は安楽の日常を奪われ、一人は存在を否定され、一人は未来を奪われ、一人は生きた証を認められず、一人は愛しき者を失くした。


ソ皇帝がその者たちに気づくのはまだ四日程先の物語。

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