法陣の表すもの
「あれから七日たった。法陣がどうなったか見せてもらおう」
シルワの方に何も書かれていない紙をすべらせると、ミササギは羽ペンを渡した。
シルワはペンとミササギを交互に見てから、やがて腹を決めたようにペンを手に取った。
何回もした作業を思い出す。
円を描いて、その中に小さな丸を描く。両側にある二つの不定形の模様、その上に小さな一つの模様。最後に縦横の線を書き入れる。ここまでが
シルワは自分が描いた法陣を注意深く見つめながら、羽ペンを置いた。
終わったのを見計らって、ミササギが紙を自分の方に向けた。そのままじっくりとそれを眺める。
彼の言葉を、シルワはじっと待っていたが、
「これは、何を表していると思う」
発せられたのは、評価と関係のない言葉だった。
「これ?」
「基法陣のことだ」
ミササギはペンを取ると、シルワの法陣の横に基法陣だけを描いた。彼女からすると、その動きは迷いがなく法陣もとても綺麗に見えた。
「魔法は、基法陣と各魔法の印が合わさった法陣で成り立つ。それはとても意味のあることだ」
ミササギはシルワの方に紙を向け直すと、基法陣の縦横の線をペンでさした。
「この線は方角を指し示している。上を北としてな。つまり基法陣は地図なのだ。この世界の形を模した地図、ということになる」
「世界っ? これが」
思いもよらない答えに、シルワは声を上げた。
「二つの大きな図形の内、北を上とした時に、左手にくるこの図形が私たちが今いる大陸を表している。右手にあるのがもう一つの大陸、上にあるのは島を模した図形になる」
説明を聞きながら、シルワは基法陣をじっと見つめた。見たことがある王都の地図を思い出す。言われてみれば、確かに簡略化された地図に見えるかもしれない。
「本当に、これがこの世界の形なんですか?」
「城に古い世界地図が残されているが、おおよそこれと一致する。基法陣が確立されたのは四百年も前のことだから、正確に世界を表すことができているわけではないだろうが」
「では、これは?」
戸惑いながら、シルワは法陣の中心にある小さな丸を指した。
「『個』を表す。つまり、君が法陣を使用して魔法を発動した時、小さな丸は『君個人の魂』を示す。そして、周りの世界の略図、それは『世界の魂』を示している。ある一説では、個の魂と世界の魂の共鳴で魔法は引き起こされるものとされている」
「『私の魂』と『世界の魂』。なんだか、話が大きすぎて信じられないです。そもそも世界に魂なんてあるんでしょうか? 信じられません」
「私もそう思う。だが」
ミササギは、おもむろに宙に法陣を書き始めた。いつもと違い、描かれている途中から法陣は光を宿している。
宙に基法陣が浮かび上がり、そこに、ミササギは守りの印を重ねた。
「ガイ・ガイカ、守りよ」
「実際に魔法はこれで発動する。それなら、この理論が間違っているわけではないと思う」
シルワは透明な壁に触れた。ガラスのように滑らかだが、ずっと堅固であることが伝わってくる。
「そうですね。昔の人に確認することなんてできませんから、私たちは伝えられているものを信じるしかないですよね」
「……そうだな」
ミササギはそれから「ゼギ」と言うと、透明な壁を打ち消した。
『ゼギ』というのは、それだけで発動している魔法を解除することができる
「そういえば、ミサギ様は示言を言わないことがありませんか? 守りの魔法はよく、『守りよ』しか言いませんよね」
「三原則が適用される魔法は、示言は魂の内で唱えても構わない。令言だけは口で発する必要があるが。あと」
ミササギは、もう一度宙に何かを描いた。今度は軌跡が光ることはないが、今のシルワには守りの魔法の印を描いたのだとわかる。
「守りよ」
再び、透明な壁が法陣と共にその場に出来上がる。法陣にはミササギが描いていないのにも関わらず、基法陣が含まれている。
「基法陣を描くことを省略する方法もある。もっと言えば、法陣を描く動作なしに、魔法を発動する方法があるということになる。どちらも経験と集中力が必要になるが」
シルワは森で一緒に行動した、調査官たちを思い出した。
あの時、ミササギと二人の法陣の描き方が違うと思ったのは、ミササギが基法陣を描くことを省略していたからだろう。省略するのとしないのでは、魔法発動までの速度が全く違うことがわかる。
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