第二章 モルスと呼ばれる者 The man called "Mors"

モルス、次なる仕事

「――以上が報告になります、クストス殿」


 ミササギは昨日の魔物についての報告をその言葉で締めると、豪華な書斎机に座っている老人に目をやった。


「ふぅむ……」


 老人は机の上に目を落としながら、腕を組んだ。机の上には王城敷地内の見取り図や城壁の損傷記録など、様々な資料が並べられている。

 着ている上質な服がどこか曇って見えるほど、老人には疲れている様子がある。穏やかな顔つきも陰っており、昨晩からあまり寝ていないのだろう。

 彼は、王の番人クストスと呼ばれる。国王の補佐を行う一番の側近であり、この国で二番目に偉いと言える人物だった。


「ともかくもまずは礼を述べよう。そなたがいなければ、間違いなく死人が出ていたであろう。そなたの働きに魂から感謝する」

「もったいないお言葉をありがとうございます。ただ、私としましては、怪我人を出してしまったことについて申し訳なく思っているのですが」

「案ずるな、重傷者も命に問題はないそうだ。そなたが癒しの魔法をかけていたおかげでたやすく運ぶことができ、法医師たちも感謝しておったぞ」

「私にできることはそのくらいのことなので、やったまでのこと。お気になさらず」


 ミササギは、丁重にそう言って頭を下げた。

 そんな彼を見た後、クストスは窓の外に目をやった。朝の穏やかな日差しが差し込んできている。


「それで、そなた。どう思った。これは偶発的に起こったことだと思うか」

「と言いますと」

「王城外に張り巡らせている魔物よけ。一部が破壊されていたようだ、それも見つかりにくい場所をな。あの魔物は、その破壊された箇所をくぐり王城まで来たのだろう。……そなたが一か月前に対応した魔物も、巨大なものだったときく」


 クストスは、ゆっくりと立ち上がった。


「もう一度問おう。これは偶然だと思うか」

「意地悪なお聞き方をする。ある程度は分かっておいででしょうに。だから、私を朝早くにお呼びになったのでしょう」


 ミササギは皮肉めいた笑みを浮かべてから、真剣な表情を浮かべた。


「魔物とは、ご存知でしょうが、自然に生きる魂の強い動物が、自らの魂力こんりきによって変異したものを指します。そして、強大な魔物は、とりわけ強い魂力を持つ動物から生まれると言われています。魂の強い人が、魔法を使えるのと同じように」


「じゃが、巨大な魔物はめったに現れぬはずであろう。力ある魔物ほど知能が高い。人を避け、普段は草原や森を好むというのに、短い期間に、人の多い王都や王城に現れるものか?」


「実を言いますと、昨日の魔物。先月の事件もあったので念のために調べたところ、わずかですが法陣痕ほうじんこん、何らかの魔法が使用された痕がありました。残念ながら、電撃の影響で痕がはっきりせず断定はできませんが、従属魔法の可能性が高いと思われます」


 かすかに現れた紫色の光をミササギは思い返した。つまり、それは誰かが魔物を操る魔法をかけ、魔物を王城に向かわせたことを意味する。


「先月の魔物も操られたものだったのかもしれません。あの時はそこまで考えが及ばなかったのものですから、調査をしなかったことが悔やまれますが」


「……もし、それがまことならば、そのような魔法を使える者がいることになる。しかし、生きるものの意志を操るなど禁忌の魔法。モルス以外は詳細を知らぬ秘技であろう」


「私自身も、禁忌の魔法が使われていることに危機を感じています。しかし、残念ながら犯人を捕まえることは現時点ではできない。法陣痕は、魔法を使ったのかまでは示すことはできませんから」


 その言葉に、クストスは眉根を寄せた。


「二ヶ月ほど前から魔物に関する事件が起きていると度々聞いていたが、ついにこの城までに至るとは。禁忌の魔法が使われているとして、何のためにこのようなことを」

「…………」

「二百年続く、この国の信を揺るがすつもりか。魔法を忌避し魔法を管理の下に置いたこの国は、少しの異変によって、簡単に揺らぐものなのだと見せつける気なのか?」

「相手の目的は私にもわかりかねますが。二百年か、だとすると……」


 ぽつりとつぶやいた言葉にクストスが探るような視線を送ってきたが、ミササギは何でもないというように首を振った。そのまま、壁に掛けられた時計に視線を向ける。


「クストス殿。申し訳ありませんが、報告も終わったことですし、お話もここまでのようなら」

「悪いが、報告の他にもう一つ用がある。それも頼みがの」


 クストスは、机に置かれた資料の一つを手に取った。魔物に関する報告書のようだ。


「調査隊が調べたところ、魔物よけの近くや王城に至る道には法陣痕が一つもなかったという。わかったのは魔物の足跡から判断して、あの魔物が王都近くのクラースの森から来た可能性が高い、ということじゃ。そこで、そなたに確認してもらいたい」

「何を?」

「ある程度はわかっているであろうに。クラースの森は、大切な『御魂みたま送りの儀』を執り行う場所。そこに危険があってはならない。森にあのような魔物は残っていないのか安全の確認と、昨日の魔物の痕跡があるかどうか調べる必要がある。そなたなら、調査隊が見過ごすようなことも拾えるかもしれぬ。大切な場所だからこそ、モルス殿に頼みたい」


 そこで、はじめてクストスは険しい表情を緩めてみせた。


「だが、そなたが魔物に襲われながらでも『御魂送りの儀』を執り行えるというのなら、別に調査しなくても構わんが。どうするモルス殿?」


 モルスは特定の職に対し魔法の使用許可を与えたり、魔法に関する禁書の管理をしたりなど、魔法を管理するのが主な業務だが、魂を送る『御魂送りの儀』を行うのも仕事だ。

 というより、モルスは元々その『御魂送りの儀』のために生まれた職だ。死神モルスという名はその名残で、残りの仕事は後から足されたものにすぎない。

 ミササギは少し考えてから、


「いつまでにやればよろしいので?」


 諦めたようにそうたずねた。


「『御魂送りの儀』に間に合えばそれでいいが、準備のことを考えると、十四の日までには」

「では、明日の朝に調査を行いましょう。魔法が使える調査官を、二人ほど借りることはできますか?」

「よいであろう。長官にはわしから伝えておく。追って連絡を伝えよう」

「お願いいたします。……森の調査もそうですが、今回の魔物の件や他の異変についても調べを進めておくことを約束しましょう。魔法が関わっている可能性が高いですから。何かわかった時は、こちらからお伝えいたします。要件は、これでよろしいでしょうか?」


 頭を下げてから問いかけた彼に、クストスは苦笑いを浮かべた。


「おお、よろしいとも。それにしても、今日はやけに急いでおるな」

「魔法禁書の閲覧者が、九の時に来る予定なので。あなたもよくご存知の人ですが」


 そう答えられて、クストスは誰なのか考えたようだったが、すぐに合点がいったのか頷く。


「そうだな。そなたはそなたの職を全うせよ、それがそなたのる意味なのだから。時間をとらせて申し訳なかった。は待つのが苦手だからの、行くがよい」

「ご理解感謝いたします。失礼いたします」


 ミササギは会釈すると、静かに退室した。扉を閉めきると、扉の前にいた門番に挨拶してから城の廊下を歩き出す。

 ミササギに対し訝しげな視線を門番たちが向けていることに気づいたが、素知らぬふりをして足を進め続けた。

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