霧雨と紅葉
中川葉子
第1話
俺は霧雨の中峠を愛車のワゴンRを走らせていた。長時間走っていたため、路肩に車を寄せ小休止を取る。ワゴンRから降り、煙草に火をつけ、周りを見渡すがコンクリートの壁アスファルト、紅葉しか見えない。下を眺めると紅葉以外何も見えない。さぁ、いくか。誰にいうでもなく目的地に向かうため車の運転席に再度戻る。
「なぁ?」
突然の声に驚き、小さく悲鳴を上げながら声の出所を探すと後部座席だった。俺は後ろを振り向き平静を装い、無表情で煙草に火をつける。後ろには褐色肌の女子高生らしき仏頂面の女性が窓の外を眺めながら座っている。
「お前は誰だ?」
俺は少し声を震わせながら問うと女性は声だけ楽しげに「ようこはアンタの守り神よ」と言った。そういうとどこから出したのか、テニスのラケットを入れる袋を抱きしめ、足を組んだ。この女性はようこというらしい。俺は震える声でさらに問う。
「守り神? お前は誰だ?」
すると彼女は俺の質問には答えず、ぶっきらぼうに言った。
「今霧雨が降ってるやろ? 霧雨で前の見えてない車が突っ込んでくるから、それが通り過ぎてからアンタの目的地の紅葉の名所に向おっか?」
どうしたらいいか分からず俺は関西訛りの守り神を自称する女の子の指示に従い、煙草に火をつけじっと待っていると猛スピードの車が走ってくる。
「行けばいいのか?」
「レッツゴー」
灰皿に煙草を押しつけ、俺はハンドルを切りながらアクセルを踏む。彼女となにを話すでもないが静かなドライブを楽しんだ。一五分程走らせただろうか。峠の脇に隠れ家的紅葉の名所があった。そこに車を寄せ停める。いつのまにか霧雨は止んでいた。
俺は車を降りまた煙草に火をつける。彼女も後部座席から静かに降りる。「ありがとな守り神サン」
彼女は無表情で「いやようこが紅葉を見たかっただけなんよ。7年前あそこで命を落として紅葉を見れんかったから逆にありがとね」
と言い彼女は達観したような表情になり、ラケットの入った袋を紅葉に向け伸ばす。俺はその行動に見惚れながら紫煙を静かに吐く。すると彼女の体は紫煙に紛れるように徐々に透明にそして四散していく。
「俺はこの景色を二度と忘れないだろうな」
雨上がりの澄んだ空気の美しい紅葉、綺麗に消えていく彼女に対し深く紫煙を吐き出し。吸い殻を木の根本に刺す。
「これを墓がわりとしてくれ。あばよ」
そう言いながら平仮名で『ようこ』と指で地面に書き、また煙草に火をつける。深く吸い込み吐き出しスマートフォンを取り出し写真を撮る。地面に刺した煙草のところで彼女が幼児のような純粋な笑顔で手をあげていた。
霧雨と紅葉 中川葉子 @tyusensiva
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