3:船へ
「ひゃんとふひゃん! ふぇったい、いいんひょうひゃんをたふへへふらはい!」
中華丼大盛りをもぐもぐしながらオジョーさんが涙目で僕を励まします。
ヤンさんが卵チャーハンをパクパクと食べながら、ホントにいらねえのか? と僕に聞きます。ヤンさんは一報を聞きつけると、大量の料理とあの伝説の『南無阿弥バット』を持って車で飛ばしてきたのです。僕としては是非とも持っていきたい逸品なんですが、如何せん僕の身長じゃ扱えません。
キンジョーさんが、そりゃ無理でしょうと横から大盛り肉丼を食べながら会話に入ってきました。
「彼の身長ではバットに振られてしまいます。ナイフとかメリケンサックはお持ちで?」
「えぇ……俺ってそこまで危ない奴に見える? ってか、結構ラー油かけるのね。それ、元からラー油結構入ってるよ。マジ辛い類よ?」
「あー、ほねえひゃまは、ひゃらいのはいふひっほでひゅはら」
飲み込んでから喋れよ! とヤンさんにツッコまれたオジョーさんがお冷をグイグイ飲んでる……そんな横にヒョウモンさんがラーメン片手に座りました。
「ま、あんたの事は信じてっからさ……別にどうこう言うつもりは無いんだけどさ」
ずるずるずるーっと僕に視線を固定しつつ、起用に麺を啜るヒョウモンさん。
「……いつも通りに、みんなで行けないわけ?」
僕は多分無理だなあ、と答えました。
ヤンさんが、無理だな、と同意します。
「俺が見た、あの船だとしたら、一人しか乗れねえ」
「あっそ……。じゃあ、ともかく無事に帰ってきなさいよ。でないとさ、二人分席が空いた教室なんて、正直登校したくないわよ」
僕は餃子ライスを食べ終えると、ウーロン茶をぐびりと飲み干し、立ち上がりました。装備は、あのカメラのみ。ですが、多分、僕にとって一番しっくりくる武器はこれなんだと思いました。
「行くの?」
かりん先生の問いに僕は頷きました。見上げるみんなの間を縫って居間の入り口に向かいます。息子さんとお父さんが立ち上がって頭を下げました。僕も頭を下げます。
「行き逢い神と対決するという事は、あなたのお母さんや、皆さんのご家族も一緒に助けることになると思います。ですから、落ち着いて、待っていてください」
僕の言葉に息子さん達は目を丸くした後、お願いします、と更に深々と腰を折りました。
百合ちゃん先生が、いいねえ、と拍手をすると立ち上がります。おい、オッサンと僕の名を呼びます。
「なんでしょうか」
「お前の今の言葉、最高だよ。ちょっと先生っぽい事言ってやるから聞いてきな、な?」
「拝聴いたします」
「おうさ……ええ、人生というものは――」
話の規模でけぇ! とヒョウモンさんが野次を飛ばします。レバニラのたれが口の端についてますわよ! とオジョーさん。
さっと口を拭うと百合ちゃん先生はにやりと笑いました。
「人生ってのは後悔の連続だ。あーしとけば良かった、こーしとけば良かった。そんなのばっかりさ。でもだな、そうした後悔を――」
「先生は、今でも後悔してますか?」
百合ちゃん先生の過去は今でも僕は何一つ知りません。でも、察する事は出来ます。
百合ちゃん先生は、あたしの偉大なる演説を止めやがって、と小さく呟き、そして寂しそうな、それでいて何かを懐かしんでいる顔で微笑んだのでした。
「後悔はしてるさ。今でも、きっとこれからもな。あの時、あたしには二択しかなかった。やって後悔するか、やらないで後悔するか……」
かりん先生が天井を仰ぎ、口を開き、何か言おうとして、結局止めました。
「あたしはやった。やりきった。
だから、ずっと後悔してる。それが――人生だ。わかるかい、小学生?」
僕は首を振りました。
「わかりません、先生。何故なら、まだやってないからです」
「じゃあ、やってこいよ、小学生!」
優しい言葉に僕は深々と頭を下げ、それから皆にも頭を下げました。
「行ってきます!」
コーヒー飲んで待ってるからよ。
絶対無事に帰ってきてくださいね!
やれやれ、学校に行くのがしんどくなりませんよーに。
ところで、お前ら明日の学校だがどうするんだ?
あたしらは校長にねじこ――じゃなくて有給取って休みだけど、どう休むんだ?
休むの前提かい!
風邪をひいた事にしましょう!
そうと決まったら、妹よ、そこにある人生ゲームを広げなさい。
まあ! 久しぶりねえ!
あ、でも人数多いからペアを組まなくちゃね。
おい、あたしと組め。
は、はい!
――と、いつも通りにグダグダに送り出してくれたので、僕は気持ちがとても軽かったです。玄関を開けて外に出ると、ばーちゃんが門の所で
久しぶりに見る、煙管を吸うばーちゃんは、街灯にボンヤリと照らされ映画のポスターみたいに絵になっていました。
「行くのかい?」
「うん」
ばーちゃんは煙管を門の上に置くと、腰を屈めて僕の頭をゆっくりと撫でました。
「じゃあ、行きなさい。頑張らなかったら……怒るわよ」
涙ぐんだばーちゃん声を僕は生まれて初めて聞きました。
女性に涙を流させた、とあっては男の名折れと聞きます。だから僕は――
「任せて!」
と強く短く言うと、夜の街にダッシュで飛び出したのでした。
「サツの見回りに注意しなよ!」
ばーちゃんの声を背に僕は夜の街を走りました。
大通りを避け、コンビニの灯を避け、可能な限り早く走りました。これから何が起こるのか判らないのに、カメラを構えて、体力の残りもバッテリーの残りも配慮しない走り。
でも、委員長の家に向かった時よりも、遥かに足が速く軽かったです。きっと、僕の足を遅くしていた奴は、もう僕に何もできないと高を括っていたのでしょう。
僕は周りに注意して石段を下りました。
音も無く流れる真っ黒い川が目の前にありました。川面にはうっすらと
壁に書かれた赤い矢印はまだありました。
僕はその前に立つと、川の方を向きます。
「……乗ります」
僕はそう言って川を見つめ続けました。と、きぃっと金属ではないもっと柔らかい物が軋む音が、断続的に聞こえてきました。
それは段々近づいてくるのです。
靄の向こうに小さな影が現れました。
僕はつばを飲むと、一歩川面に近づきました。靄をゆっくりと割りながら、小さな船が僕の前に現れました。
後から聞いた話ですが、実はヤンさんとオジョーさんが僕を尾行していたのだそうです。
僕が橋桁の下に走り込んだので、ヤンさんとオジョーさんも慌てて石段を駆け下りると、橋桁に近づきます。ですが、灰色の靄のような物が漂っていて、僕が視認できない。オジョーさんの制止を振り切って、ヤンさんは橋桁の下に駆け込みました。例の矢印の所には誰もおらず、川面は靄に覆われてまったく見えない。
だけども、そこに、何かが動いている気配が伝わって来たそうです。
そして、靄がかかっている、つまり風が全く無い状態なのに、ヤンさんの足元に川の水が溢れて、何度も打ち寄せてきたのだそうです。
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