2:落書き・助けてくれ

「知ってるかい? 郷土史研究会、夏のちょっと前から姿が見えないって」

 オジョーさんが頷き、夏合宿に行ってるそうですね、と言いましたが、カニさんが頭を振りました。


「いや、連中は行方不明なんだ」


 ヒョウモンさんが、は? と声を出しました。

「大学生が集団で行方不明なんですか?」

 カニさんはビールが欲しいな、と呟きましたが、田中さんに睨まれて口をすぼめました。

「俺達は連中に用があってね、まあ、某所の監視カメラに連中が映ってたもんだから事情を聞きましょうか、ってんで大学側に問い合わせをしたんだな。で、大学側に届け出のあった合宿予定地、これは隣県のキャンプ場なんだが、そこに行ってみると誰もいない」

 委員長が田中さんの猫写真を堪能し終わって戻ってくると、僕の隣に座りました。

「あー、やだやだ。色々繋がっちゃうなあ。昨日の映像、見せてあげなよ」

 僕はノートPCを刑事二人に向けると、さっきまで見てた昨日撮った素材を再生しました。田中さんが声を上げました。

「これ、安達じゃないか! 君達、これを何処で撮ったんだ!?」

 そうだ、資料としてコピーをいただきたい、と立膝になった田中さんを、まあ落ちつけ落ち着けとヤンさんとカニさんがなだめました。

 場所はF神社の裏の廃スケート場前です、と僕。

 カニさんが、すまんがもう一回再生してくれないかと言いました。

「田中、お前こういうの得意だったんじゃないか?」

 カニさんが指差したモニターを、田中さんはテーブルに手をついて前屈みになると凝視しました。


「……この口の動きは、多分『助けてくれ』ですね」


「やっぱりそう思いますよね! ほら! あたしの言った通りじゃん! はいアイス~」

 ヒョウモンさんがバンザイをしながらえっほえっほと踊ります。

 委員長が苦い顔で、安いやつな? 一番安いやつな、と念を押しました。

 オジョーさんが首を捻りました。

「実は私達もさっきまで、彼がそう言っているのか、いないのかで議論していたんです。今日集まったのも、彼を昨日目撃して、色々と情報を整理してたんです」

 田中さんは素材映像の続きを、飛ばし飛ばし見ています。

「これは――ああ、あそこの喫茶店か。ん? これは、さっきの車か? スケート場の敷地内か……ってことは」

「だから急ぐなよ、お前は。それで、君達がここに行ったのは化け番だね? で、どんな噂なんだい?」

 僕は『用水路に蠢く影』の話をしました。下水、とカニさん。

「その工事、我々も同席した方がよさそうだな。ただのゴミ詰まりならいいんだが」

 委員長が溜息をつきました。

「ストレートに死体があるかもしれないって言いなさいよ、カニさん」

 カニさんは、およよ、とおどけつつ、開けてワニが出てきたら困るだろ? 俺がピストルで撃ってやる、と言いました。

 ワニじゃなくて蛇かもよ、と委員長。

 やっぱりシャベルでしょうか、とオジョーさん。

 こいつ、怖くね、とヒョウモンさんに言うヤンさん。

 ばーちゃんが、はいはい、と手を打ちました。


「じゃあ、まあ、その工事明日やるらしいから同席ね。あたしも含めてこの子たちのうち何人かも撮影に行くからさ、護衛よろしく頼むよ」

 田中さんが、危険と思うなら来ない方が良いですよと言いました。先程までの剣のある言い方ではなく、普通に心配そうな声です。

 僕は、そうしたいのは山々なんですが、と苦笑いしました。

 カニさんが、出たな、と笑いました。

「監督さんがそういう顔をするってことは、そのスケート場はまずい場所って事だな。この前の屋敷みたく、何と言うか――警察では手におえない事になるかもしれない。

 だから、いざって時の為に行くって事だな」

 やはり、一度ああいう経験をした人は話が早い。この時点で『ある屋敷』はまだ編集中です。カニさんはどうやら田中さんに何も言ってないのでしょう。

 まあ、マネキン人形に殺されそうになった、なんてお酒を飲んでも口にはできないでしょう。

 僕は正座すると二人に向かい合いました。カニさんがさっと背筋を伸ばします。田中さんも倣って姿勢を正しました。


「すいませんが、今から僕の説を語ります。この話は僕達の追ってきた噂を繋げて出てきた推論です。与太話のレベルですが、残念な事に、先程披露した際には反論が出ませんでした。ね、ヒョウモンさん?」


 ヒョウモンさんは、あたしは明日パスするかなあ、と真顔で呟きました。

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