16:キンジョーさん登場
「こんにちは。
待ち合わせのオタクビルの前で、ふ~む、と小首を傾げて考え込んでいるのは、全身を真っ黒な服で固めた背の高い女性です。
顔は似てるけどさあ、と委員長が小声で言い、ヒョウモンさんが落ち着いてるねえ、と小さく笑いました。
お姉さま大丈夫ですよ、まだカメラは回ってません、とオジョーさん。
「おや、そうなのですか。でも、渾名を今決めた方が後々都合がいいでしょう」
ふむむ、と空を見上げたお姉さんは、ゆっくりと両手を空に掲げました。
「命名、キングオジョーさん、で」
なげぇ、とヒョウモンさん。
委員長がこいつもか、といい顔をしています。
僕は――まあ、じゃあ、それで、と流しました。
オジョーさんは、えぇ!? 私のパクリですか! となんか違う方向で驚いていました。
これが、人気№1が爆誕した瞬間です。ここは撮っておけばよかった、と深く後悔することしきりです。
「さて……皆さまのお話は妹から伺っております。私も協力をさせていただきたいです。何か御用がありましたら遠慮なく仰ってください」
いきなりきりっとした表情になったキングオジョーさんことキンジョーさんに面食らう僕達。お、お願いしま~すと頭を下げるも、いきなりキンジョーさんは僕達をビル一階エレベーター横の階段フロアに引っ張っていきました。
ちょっと奥まったそこは自動販売機に小さなベンチが二つ。ガチャガチャが何台かおいてあるのですが人の気配がなく、何となく温度が低い場所でした。
すぐ横の階段からは様々なゲームのBGMがミックスされた雑音が聞こえてきます。地下のゲームセンターからでしょうか。僕達が座ると、キンジョーさんは声を潜めて話し始めました。
「このビルは皆さんエレベーターを使うので、ここにはあまり人は来ません。ですので、少しお耳に入れたいことが……不確定な情報で、まだ妹にも言っていなかったのですが、やはり早めにお知らせすべきことかと思いまして……」
オジョーさんが訝しげな顔をしました。
「お姉さま、不確定なら今は口にしない方がよろしいのではないかと……」
僕はカメラを回そうとしましたが、委員長はさっと手で制してきました。
「どの程度に不確定なんですか?」
キンジョーさんは指をぴんと立てました。
「物的証拠がございません」
委員長の眉が跳ね上がりました。
「……なのにあたし達にあえて教える。理由は?」
「太郎丸が反応しました」
僕達のぽかんとした顔に、あ、しまった! とオジョーさんが声を上げました。
「太郎丸、というのは、あれです、うちで飼っております子犬です。お名前を皆さんにお教えするのを忘れておりました!」
ああ、あの落書きから生還した犬か、と僕は横目でちらりと委員長を見ました。予想通り、鼻の頭に皺を浮かべて、なんつー名前だよ、と呟いています。
「良い名前でしょう! お姉さまが付けたんです!」
「写真、ご覧になります?」
二人にグイグイ迫られたヒョウモンさんが、お、おう、とちょっと引いていましたが、スマホの写真を見た途端、みゃぁーっとまっ黄色な悲鳴を上げてのけ反っています。
委員長が素早く片足で床を滑りながらヒョウモンさんの後ろに周ってスマホを覗きこむと、更に黄色い、おひょーっという悲鳴を上げてブリッジをしました。
嘘です。盛りました。ごめんなさい。
でも、まあ二人はその位メロメロになっちゃったんですね。僕も見せてもらいましたが、成程! 真っ白いきりっとした子犬なんですが、落書きから生還した所為か、妙に健気なイメージと、子犬特有の無邪気さが混じっていて、こう、胸に来るんですね。
キンジョーさんはスマホを仕舞うと、腕を組みました。
「話を戻しましょう。今週の木曜日、私は太郎丸を連れ、大学の周りを散歩していたのです。そうしたら突然、太郎丸が動かなくなりました。名前を呼んでもリードを引っ張っても動きません。さて? と思いまして、しゃがんで体に手を回しましたら、物凄く震えているのです。
これは何かに怯えている。そう考え、太郎丸の視線を追っていきますと、大学の部室長屋、郷土史研究会の前にたむろしている集団を見ているようなのです。勿論、確証はございません。ですが、見える範囲で他に人はおりませんでした。
さて、相手がたは小川を挟んで対岸、大体二十メートル位離れておりました。皆は部室の前にテーブルを出して、飲み会の類をしているようでした。私は、もうちょっと近づいて可能なら盗撮でも、と思いました。あら、ここはカットでお願いします。え? 撮ってない? それは失礼。
さて、私が一歩踏み出そうとした時、テーブルから誰か一人が立ち上がりました。金髪のぼさぼさ頭で、ひょろりとした、確か――二年の農学部の生徒だったと思うのですが、彼が立ち上がった瞬間、太郎丸がリードを振り切って、すごい勢いで走りだしました。見れば、太郎丸のいた場所には尿が拡がっておりました。私は太郎丸を追いかけ、そのまま帰宅と相成りました……」
それは、その――それ以上言葉が出来なくて、僕達は顔を見合わせるしかありませんでした。大学生が犯人である、というのも驚きですが、見えないと思っていた相手が形をとり始めて、急にドキドキしてきたのです。
オジョーさんが、本当ですか、お姉さま、と顔を青くしています。そんなオジョーさまの頭をキンジョーさんは優しく撫でるのでした。
「ええ、本当の事よ。でも、全然物的証拠ではないでしょう? あなた、太郎丸を助けた時は暗くて連中の顔が見えなかったと言っていたわね? どう、金髪の人はいた?」
「う、う~ん……ごめんなさいです。正直覚えてないです。あまりにも慌てていて……」
「それは残念だけど仕方ないわ。壁の絵が動いてるのを見たら、私だって動転しますもの。
ともかく太郎丸のあの反応から察するに、あの人達の中の数名が犯人達の一員、もしくは、全員が犯人の可能性はゼロではないかと。
私は独自で探りを入れてみるつもりです。ですから――」
キンジョーさんは僕達の顔を見まわしました。
「大学生には気を付けてくださいませ」
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