シナリオなんていらない!〜ライバルキャラの狐っ娘〜

阿井 りいあ

双子の狐

前世の記憶


 ふわり、と空を舞う。


 私はこうして空に漂うのが大好きだ。魔力を込めると背中のあたりから光の翼が現れて、自由に空を飛べる。そよ風が長い髪や大きな耳、尻尾を撫でて、とっても心地がいい。お日様の光を浴びてキラキラと白銀に輝く毛並みは私の自慢。


 翼狐よっこ。それが私の種族。私たちだけに限らないけれど、同じ狐の人型亜人でも扱える魔術が生まれた時から決まっていて、それによってそれぞれ種族名も違う。その中でも私は少し珍しい種類なんだそうな。水や火を操れるみんなの力も羨ましいけどなぁ。こういうの、ない物ねだりっていうんだよね、きっと。


「ミクゥ! 戻ってきてよぉ!」


 紅狐べにきつねである双子の姉が呼んでいる。淡い桃色の毛並みで、所々紅い部分があってとっても可愛い女の子だ。私たちは双子なのにあんまり似ていないけど、すごく仲良し。そうだ、今日は村に彼ら・・が来るんだっけ。私は慌てて彼女の元へと降り立った。


「もぉっ。今日は特別な日だって言ってたでしょ!」

「ごめんクレア。だって、空を漂うのは日課なんだもん」


 腰に手を当てて、プクッと頰を膨らませたクレアは本当に可愛い。そんなクレアは、紅くて大きな目をふにゃりと細めたかと思うと、ギュッと私を抱きしめた。ほんと、スキンシップが好きだよねぇ。ピクピク動く桃色の耳が少しくすぐったい。


「ミクゥのことは! 私が! 守ってあげるからねっ」

「もう、またその話?」


 それから、いつもの言葉を真剣な様子で言い放つクレアに、私もいつも通り返事をした。また、と言ってしまうのも仕方ないんだよ? だって、この話はほんっとうに何度も何度も聞かされてきたのだから。


『ミクゥ。これはぜーったいに誰にも言っちゃダメ。二人だけの秘密だからね』


 初めてその話を聞いたのはいつのことだったかな。たぶん、私が物心つく前から話して聞かせていると思う。

 だってクレアは通常よりもずっと早く言葉や魔法を覚えた天才で、村のみんなから一目置かれる存在だったから。今もそれは変わらないけど。

 つまり、そんなにも幼い頃から繰り返し私は同じ話を聞かされ続けていたわけなんだけど、それがちょっとばかり不思議で、信じられないようなお話なんだ。


『私ね、前世の記憶があるの。前はチキュウのニホンっていう国にいてね、ずっと乙女ゲームばっかりして過ごしていたの! もうすっごくハマっちゃって。それがこの世界に似ているから嬉しくなっちゃった! でね、そのゲームに出てくる推しが……』


 それはそれは長いお話でね? 目をキラキラさせて話すものだから、私もなんだか楽しくなっちゃって、ウンウンと相槌を打ちながら聞いていたの。面白い物語だなぁって。


 だけど、数年前からその語り口調が真剣みを帯びてきた。


『もしかしたら……ううん、もう確実だわ! ここは、私が遊んでいたゲームの世界で間違いない! ああっ、なんてことなの!? どうしよう!』


 それからというもの、クレアは必死になり始めた。自分で戦えるように強くなるのよ、って戦う訓練や魔法の練習をさせられたり。耳にタコが出来るほどシナリオっていうのを聞かされたりね? 中でも、一番よくわからなかったのがこれ。


『いつか、イケメンたちがこの村にやってくる。ミクゥはその中の一人に一目惚れしちゃうのよ。そのタイミングでこの村は魔物の群れに襲われてしまうわ。村は壊滅、私たちだけはどうにか助けられるけど、イケメンたちに連れられて王都へ行くことになる。ここまでがあらすじで、その後からがゲームスタート! ライバルキャラとして破滅のルート一直線……なんてさせないから! まず村を壊滅させたりなんかしないから!』


 イケメンたち? 私が一目惚れ? 破滅ルート? 正直、意味はわからない。でも、この話をする時のクレアはいつも真剣だから、私は信じようと思ったの。


 そして、今日がそのイケメンたちとやらがこの村に来る日。年に一度の村の収穫祭で、私たちの十五才の誕生日だから間違いないんだって。

 だからかな。今日はいつもにも増して、クレアの目はつり上がっていた。ほんの少し、その紅い瞳が潤んでいるようにも見える。


「……お願い。まずは今日を乗り切ることを考えて? 彼らはここにやってきたら、依頼のために北の森に向かうから。そうしたら、南の森から魔物の群れが襲撃してくる。みんなお祭りで浮かれているから、あっという間に村はやられちゃうわ。この話を信じてくれるのは、ミクゥだけなの。私たちの力で、村を守らなきゃ!」


 クレアの話は、もちろん村のみんなにも伝えてある。村長様にだって言ったんだよ? だけどみんな、馬鹿なことを言ってないで、祭りの準備を手伝いなってまるで聞いてくれなかったんだ。クレアがこれまでも未来を言い当てたことがあるならまだしも、そんなことはなかったし。クレア曰く、わかるのはこの襲撃の後からだからって悔しそうにしてたっけ。


 ……本当はね? 本当は、私だってまだ信じきれてない。こんなに平和なのに、今日村が襲われてしまうなんて、そんなこと想像も出来ないもの。

 だけど、そう言って俯きながら震えるクレアを見ていたら、黙ってなんかいられない。妹として、全力で姉の手助けをするんだって、心から思ってる。


「うん。私なんか、あんまり役に立たないかもしれないけど……でも、出来ること、精一杯がんばるから。クレア、一人で抱え込まないでね?」

「うぅ、ミクゥ……! 好き!」

「わっ、と!」


 目に涙をいっぱい溜めてから、首にギュッと抱きつかれた衝撃で、思わずひっくり返りそうになる。それをどうにか持ちこたえて、私はよしよしとクレアの頭を撫でてあげた。

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