猫
スーホ
第1話
高校時代の話
友人達と夜桜を見に行こうと言う話になり、自転車を漕いで、有名な花見スポットに向かった。
みんなで夜桜を堪能して道端でおしゃべりしていた時にその老婆はやってきた。
老婆は道の横にあるベンチに座ると、私たちを見ていたが、やがて声をかけてきた。
どこから来たの?とか、お花が綺麗よね等と当たり障りのない会話をした。
老婆の身なりは小ざっぱりしており、言葉遣いも丁寧。
柔らかな物腰で、変に感じる箇所はなかった。
唯一、気になったのは常に手のひらで口元を隠して喋る事くらい。
それも、ガッチリと隠すのではなく、軽く口に手を添えているだけであるので不自然でもない。
異変を感じたのは、それからしばらくしてからの事である。
何がおかしいとは言えないが、周囲の空気が少し変わった様に感じた。
しかしそれも一瞬の事で、すぐに何とも思わなくなった。
それは
『私にも娘がいたのよ』
と言い出してからである。
『ちょうどあなた達くらいの時にね、車に轢かれてね。虹の橋を渡ったのよ』
それほど重い口調でもなく、サラリと言った。
おそらくこの話は老婆にとってはもう、過去の一ページへと昇華しているのだろう。
悲哀というよりも、過去を懐かしむような感じである。
その口調のためか、みんなは暗くならずに普通に会話が続いた。
それから、老婆は亡き娘の好きだった事などを語り出した。
時に面白く、時に興味を引く話題で、みんなは老婆の周りに集まり、話を聞いていた。
ふと気がつくと、私の隣に一匹の猫が居た。
猫はやはり老婆の話を聞くように座っている。
顔を上げると、老婆の隣にももう一匹の猫が居た。
あれ?と思い、周囲を見回すと他にも数匹の猫がいる。
いや、それだけではない。
今まさにさらに数匹の猫が集まりつつあった。
老婆を中心に今や10に届くほどの猫が取り巻いている。
隣にいる友達のA子も少し顔が青ざめていた。
そっと目配せする。
友達も目で返事をする。
なんかヤバくない?
老婆の方を改めて見た。
私は老婆の正面ではなく、右側に居た。
その横顔顔をみると、老婆の手の間から舌が見えた。
その舌はまるで蛇のように長く、細かった。
長く細い舌がチロチロと蠢いていた。
ギョッとして目を見開く。
その瞬間、老婆が視線をこちらに向けてきた。
夜桜をライトアップするための、かなり強い明かりが老婆の顔を照らした。
その目は、まるで猫のように縦長に収縮していた。
私は恐怖で身動きも取れず声も出せなかった。
そうすると老婆はすっくと立ち上がり、お話できて楽しかったわと皆に丁寧にお辞儀したかと思うと、私に向かって軽くウインクをしてからその場を立ち去っていった。
みんなは、呆気にとられたかのようにその場に立ち竦んでいた。
いつのまにか猫達も綺麗にいなくなっていた。
夜桜はそんな私たちを静かに見下ろしていた。
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