馬鹿でも変態でも駆け抜ければ青春だ(仮題)
音伽言戯
部活作ります
第0話 青春を始めます
四月の終わり、日本中で行われていた入学シーズンを終え、祝いの場を飾るその役目を終えたと言わんばかりに桜が散り始める、少しづつではあるが落ち着きを取り戻し、平常運転に戻りだすこの頃。
教師という職に就いて十年ちょい経つが何度経験しても、この時期はどうしてもどこか新しさを感じてしまう、もちろん校舎が新しくなるわけではないし生徒も変わるのは全体の三分の一で、担当を受け持たなければほとんど見慣れた憎たらしく変わらない顔ぶれだ、教師陣だってそう多くは変わらなければ残念なことに嫌味たらしい教頭も変わらない。
国語担当の教師としてこれを言語化できないのはどうかと思うが、こう空気自体が新しくて違うそんな感じだ。
そんな空気も一ヵ月ほど経てば薄れていく、期待と不安を背負ってきた新入生には悪いが俺からしたら去年と変わらない風景がすぐそこまで来ている。
他との違いをちょっとでも出すために高校デビューしてきたやつも、失敗したやつも色々な奴を見てきたが、結局よくいる普通の高校生という枠組みに収まっていくものだ。
俺が受け持つことになったクラスもそんなもんだろうと、タカをくくっていたが今年のクラスは、思った以上に良い意味でも、悪い意味でも一味違った問題児がよくも集まってくれたなと思う。
本棟の四階にある一年生の教室が連なった廊下を歩いているが、昼休みであるにも関わらず、未だに決まった仲良しグループが出来ていないせいなのか、とても静かである。是非ともついこの間まで一年生だった、三階で騒いでるひよっこ共に爪の垢を煎じて飲ましてやりたいぐらいだ。
そんな静かな空気を打ち破るクラスが一つだけあった、俺が受け持つクラス1ーCだ。教室前を通り過ぎようとした瞬間、教室からいきなりの怒号と笑い声が鳴り響く、この騒ぎの主犯格は恐らくだがいつもの六人だろう。
「いい加減にしろって何度も言ってるでしょ‼ ……毎日こんなもの持ってきて」「まぁ待て、言い訳を――」「聞くわけないでしょ」「相変わらずの夫婦喧嘩だぁ、いいぞ、もっとやっちゃえー」「ちょっ、それ俺のアヤたんフィギュア、踏むなって――うおぉぉぉ頭の部分がぁぁぁぁ」
「あぶなっ、チョークを投げるなって」「あっ‼ 避けんじゃないわよ……ほら、避けるから後ろのハカセに当たったじゃん」「ハカセが赤く染まって――だっだれかメディックを‼」「いいんだ、僕を置いて先に……いけ」「ぶっははは、ハカセのメガネが真っ赤に染まってるー」「俺のアヤたんの頭がぁぁ……新種の生物みたいに……」
「ほっ帆花さんそれは投げる物じゃなくて座るものなんですよー、知ってます? 」「馬鹿にしてるの、知ってるわよそんなこと、あんたが避けるから仕方ないでしょっ」「ちょっちょっと、頼む、誰かこの怪力アマゾネスを止めてくれー」
教室の中から聞こえてくるのは阿鼻叫喚そのものだった。
夫婦だなんて揶揄われているのが
高校生活が始まって一ヵ月でここまで打ち解け合ってるのを教師として喜ぶべきかどうか非常に迷うところだ。
本来は教師としては今すぐ仲裁に向かうべきなんだろうが生憎、貴重な昼休みをあいつらにくれてやるほどボランティア精神に目覚めてもなければ何よりメンドクサイ。
それになんだかんだ今のところ事件事故にもなってない、自主性を重んじる我が高校の校風に倣って俺も重んじて、ちゃちゃっと退散するとしよう、愛妻弁当が職員室で俺を待っている。
自分のデスクチェアに腰を下ろし、弁当の蓋を勢いよく開けてみれば、いつも嫌いだから入れないでくれと、懇願してるのになぜか入ってる梅干しが目に入る。妻から嫌われてるのか、それとも眠気覚ましつもりなのか、こいつの処遇を頭の片隅で考えつつ、ふとクラスの事を考える。
まぁ考えるって言っても成るようになるとしか言いようがないが、言えることがあるとすれば、あいつらのせいでいつもと違う一年間になる、そんな予感をひしひし感じるとだけ言っておこう。
思考の片隅で行われていた、脳内会議も満場一致で白旗を振っていたので、仕方なく赤い物体を口に運ばせ、職員室の窓越しから春風に揺れる桜の木を見ながら、口元キュッとしぼませた。
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