21話5Part 三界等立と(元)魔王VS子猫⑤

「......私は、大天使聖サリエルです。アズラエルさんとラファエルさんの下について、死を司る天使、天界の司令官として働いています」



 そしてその後、数秒の間をおいて天使......こと天仕サリエルは答えた。ほわほわした感じがなく、どこか凛とした瞳で聖火崎の方を真っ直ぐ見据えている。



「ふーん......でもやっぱり、あなたの名前は大天使一覧表本に載ってないわよ」


「ふ、ふええ〜......」



 しかしそれも束の間、聖火崎のどこか適当に流している感じのある言葉と、その後に続いてきた"大天使一覧表本に大天使である自分の名前が載っていない"という事実に、再びゆるゆるとしたほわほわガールに戻ってしまった。



「あー、サリエルか......ねえ、サリエルって、僕の記憶が正しければ死者の魂を狩ったり、堕天の審判してたりするんだよね?」


「はい。ですが......魂を狩るというよりかは、アズラエルさんの元に届けるのが仕事です〜。どうしてもこの世に未練があって体や物から離れない、そんな魂が居た時には鎌で斬り取ったりはしますが......物騒なイメージを持たれるのは、私としてはなんとも遺憾です〜」

 


 聖火崎の後ろで話を聞いていた瑠凪の質問に、理沙はすらすらと答える。ペンが走る音が響く室内は、夜になり輝きだした、月のような星の光にふわりと照らされている。



「でもまあ、物騒ちゃ物騒だし......」


「そうよねー、大鎌振るって死者の魂バッサバサってる奴なんて、天使とは思えないわよねー......」


「な、ひ、酷いです〜!」


「「え、でも本当のことなんでしょ......?」」


「それはそうですけど〜!!」



 天仕が答えてから数秒後に、突如始まった堕天使と勇者による"大天使いじり"。瑠凪と聖火崎の言葉に、天仕は唇とアホ毛をわなわなと震えさせ、目にはいつ決壊してもおかしくないぐらいには涙を溜めている。



「ま、マモンさんもなんとか言ってくださいよ〜!この2人、今から何言っても無駄ってくらいには弄れてます〜!」



 そしてマモンに、頬に一筋涙を流しながら助けを求めるも、



「いや、正直に言うと吾輩も、汝の役職説明を聞いて13日の金曜日しか出てこなかった」



 と、仮面をつけた、ベッドごと人をし折るチェーンソー男呼ばわりされてしまった。



「み、みなさん酷いです〜!」


「......ふむ、もしかして、その"死者の魂を狩る"という物騒なイメージを持たれやすい役職柄、"大天使"より"堕天使"として扱われることが多かったんじゃないのかい?」


「ベルフェゴールさん〜......!そうです、そうなんです。恐らく堕天使として近年まで扱われていたせいで、一覧表本にも載ってないんだと思います〜」



 や、やっと理解者が現れた......!と顔を上げてあからさまに喜ぶ天仕に若干の慈悲と引きの視線を向けつつも、的李は矢継ぎ早にこう答えた。



「まあそういう勘違いは世の中に結構溢れているものなのだよ。この間も、ニュースで冤罪で起訴された人が無罪を勝ち取って、家族と肩を抱き合って涙する光景を見たばかりだし。だからあまり気にすることはないのだよ」


「はい......!そ、そうですよね!それに私、堕天使扱いされることよりも心外なことがあるんですよ〜!」



 急に頬を膨らませて怒りだした天仕の様子は、ぷんすか、ぷりぷり、という表現が妙にしっくりくる。ほわほわしている彼女の事だ、恐らく本気で怒ってもそう感じられるのだろう......と、一同は大天使の事を少しだけ憐れに思った。



「私、ウリエルさんと同一視されるのが嫌で嫌でたまらなくって〜!!」


「ぶふっ」



 天仕のカミングアウトに、瑠凪は飲んでいたコーヒーを思い切り吹き出した。



「え、あいつそんなに嫌われてんの!?ww」


「え、だって普通に嫌じゃないですか〜!!」


「あっはははははwww」



 本心から嫌なのか、イヤイヤと首を横に振る天仕。その様子を見て、瑠凪は腹を抱えて笑っている。



「ま、まあとにかく!!ジャンヌさんが私から天界の話を聞きたいなら、お話します〜!皆さんの前で、全てを包み隠さず話して差し上げます〜!!」



 天仕は流石に笑いすぎだと軽く諌める意味も込めて声を上げた。それと同時に、情報開示を行うと堂々公言した。



「あら、随分と神に対する忠誠心が薄いのね?」


「っ......ええ、まあ......」



 聖火崎からの意地悪ながら当然気になる部分に対する問いかけに、天仕はきまりが悪そうに目を逸らした。数秒もごもごと1人何かを呟いた後、ぼそっとこう答えた。



「......今の天界は、昔の天界よりもますます堅く、界全体が1つの"軍隊"として完成しようとしています。それ自体は別に悪いことではないのですが〜......」


「......?」



 分からない、といったふうに小首を傾げている聖火崎の方を、天仕はどぎまぎしながらも見やる。



「......ただ、他界を飲み込むのはどうかと思います〜。私自身、唯一神様のことは信頼も、尊敬もしています〜。もちろん従うべき相手だということも、弁えています。でも、最近のあの人は、どうもやっていいことといけないことの区別が着いていないように私には思えてしまって〜......なので、お灸を据える意味も込めて、私の独断と偏見であなた方に話しても大丈夫なことを決めて、その部分をきちんとお話します〜」


「......自分の信念を貫くところは、僕的には良いと思うよ」


「昔、あなたに言われたこと、忘れてないですから〜」



 天仕はゆっくり息を吸って、吐いた。



「......聖人も、長く生きればいつか必ず悪い方に傾く。その"悪い方に傾く"時期が、ちょうど今だったみたいです〜。天界の未来の、軌道修正する為に話すんですよ〜!」


「......そう、分かったわ」



 天仕からの心境の告白に、聖火崎と瑠凪、そして周りで聞いている的李やマモンらも何も言わずに頷いた。



「......8000年前、人間界や魔界があるエールデで、世界大戦が起こったのはご存じですか〜?」


「......いえ、初耳よ。ていうか、エールデって星に住んでたのね」


「はい。ここはエールデ、望桜さんが元々住んでいた星はアース......ですよね〜?」


「えっ、ああ、うん。アースであってるぞ」



 天仕からいきなり話を振られて、カメラで撮影を行っていた望桜は、相槌をうちつつ少し崩れてしまった体制を整えた。



「天界についてお話するならば、約8000年......いえ、16000年は遡らなくてはなりません。でも、あまり話しすぎると私も立場と命が危ういので、エールデについて少し、お話しますね〜」



 そう言って、天仕は約8000年前の、大戦についてをあらく話してくれた。


 ......ウィズオート皇国こと人間界大陸や魔界大陸のある星、エールデ。1つの大きな恒星の周りを公転しており、"モント"という衛星を持っている。そういった所は地球とかなり酷似した星と言える。


 だが、人間界大陸ウィズオート皇国の大気中は神気や一部は魔力、魔界大陸の大気中は濃い魔力が満たしている。そして、空は赤い雲が年中覆っており、晴れや雨、曇り等の天候によって日光の強さにそこまで差がない。昼夜も同様で、そこが大きな違いだ。


 そしてそうなった理由......天仕も当時のことは詳しく知らないそうだが、当時まだ熾天使であった瑠凪から、天仕のいた神殿に"地上界が大変な事になっている"と通達が来た事がきっかけで、天界の天使達は大戦が起こり、事を知ったという。


 ......天界の陸の端から覗き込んだら、遥か下にあり、普段はただ真っ黒にしか見えない地上界が、まるで大量の赤いペンキを流し込まれたかのように赤に染まってしまっていた。


 そして確認のために下級の天使を何人か送り込んだのだが、いずれも帰ってこなかった。そのことから、大気中を天使すら殺すほど有害な何かが充ちている、と考えた上層階級の天使達7大天使は、それを何らかの手段を使って無害化するか、自然に薄まるまで地上界に行くのは控えるように、と取り決めたのだった。


 そしてそれと同時に天界で処刑される予定だった、天空牢獄·ユーサイネジアに投獄されている囚人達に心拍数計測装置を付けさせて地上界に向けて落とすという手段を用いて、地上界を満たしている有害物質の濃さを定期的に測る事も開始した。


 地上界の地面からの高度を参考に、地上0mの所で亡くなれば有害物質が薄まっているということであり、逆に地上0mではない所で亡くなれば、まだ有害物質が大気中を満たしているということになる。


 その方法を用いて有害物質を測り続けているうちに、有害物質は自然によるものか人工的なのかは分からないが、薄まった。


 そこで、地上界に降りてみたのだ。調査団、と称して地上に降り立った天仕や天使達が見たものは、


 ......今まであった建物の跡形すら残っておらず、山や川は大きく抉れて形が変わってしまっていた。海は赤とも黄色とも取れる色で汚れ、"青"という色が星からごっそりと持っていかれてしまっていた。


 息を呑む事も、膝をガックリと落とすこともできなかった。ただただその場に立ち尽くした。様々な"朱"に染まってしまった地上界の地で。


 それから、再び繁栄した"人間"と、突如降って湧いたかのようにぶわーっと繁栄し始めた"悪魔"が、8000年間互いを敵とみなして度重なる戦を行っているのだ。


 そう語った天仕は、うろ覚えですけどね〜、と後から付け足した。



「まあとにかく、先程話したような感じの出来事がおおよそ8000年前に起こったわけなんですよ〜。あ、大事な話だからって、そこまで気を張らなくても大丈夫ですよ〜」



 話が始まってから徐々にガチガチに堅くなり始めた一同に、優しく笑いかけながら声をかける天仕。そのかけ声を聞いて、執務室に居るメンバー内の一部がふうっと息を吐いた。



「とりあえず、私からお話できることはこれだけですね〜」


「......ふう、」



 天仕もふっと息を着いた後、執務室奥の机の方から、歳若い少女の息を着く音も聞こえてきた。と同時に、尚も部屋に響き続けていたペンの走る音が、ピタリと止んだ。



「す、すみません、聖火崎さん。聖火崎が望桜さんや瑠凪さん達だけと一緒に聞きたかったお話に、き、急に私も参加したいってお願いしちゃって......」


「んーん、いいのよ帝亜羅ちゃん。私もできれば帝亜羅にも聞いておいて欲しかった話だったから」



 その歳若い少女は、聖火崎に軽く頭を下げながら筆記用具を片付けている。


 ......奈津生帝亜羅、日本の女子高生であり、異世界である"下界"や"天界"に興味を持つ、ちょっと変わり者な天然おっとりチキンガールである。


 そんな彼女は聖火崎からの返事を聞くなりほわほわとした笑みを浮かべ、何かの通知が入った自身のスマホを取り出し、起動した。



「......あ、沙流川さるがわさんからです。今から、ごーさん連れてそっち行くよ〜って......」


「沙流川?」


「あー、そういえば、東京から帰ってきた後ぐらいからずっと見てなかったな。どっか行ってたのか?」



 帝亜羅の元に届いたメッセージの送り主·沙流川 太鳳さるがわ たお。ほぼ1ヶ月間は耳にしなかったその名前に、聖火崎と望桜は顔を見合わせて、2人仲良く頭上に疑問符を浮かべている。



「あ、あいつはちょっとした用事があって日本を離れていた所です。説明不足でしたね、すみません。にしても、もう終わったんでしょうか?」


「っぽいね。あと精霊族ヒンメルガイストどーのこーのって言ってたから、こっち下界の用事だよ」



 そしてそんな2人に、事情を知る或斗と瑠凪が声をかけた。



「ふーん......精霊ね......」


「......まあとにかく、話し合いはここで打ち切りじゃから、夕食でも摂るかの。天仕殿も、特に用事等がないならば着いて参れ」


「は、はあ〜」



 瑠凪の言葉に何故か意味深に深く頷いている聖火崎を他所に、マモンが手を叩きながら皆を扉の方に誘導している。......気づけば時計の針は午後7時を指している。



「......あ、望桜殿」


「ん、何だ?」



 ぞろぞろと皆が廊下に出て行く中で、マモンが望桜を引き留めた。



晴瑠陽はるひ殿と雨弥うみ殿は数日うちで預かろう。テストをいくつか行って、問題なければそちらにゲートで送り届ける。多分大丈夫だと思うがな、一応だ。あとは......少し便利な機能、というか、奴らが元々持っておった機能を着けておこう」


「元々持ってた機能?」


「まあ、お楽しみというやつじゃ」


「んー。とりまさんきゅーな!」



 マモンからの諸連絡を聞いて、望桜は笑顔で軽く頭を下げて礼を言った後、出ていった各々に着いて部屋を後にした。



「それと、鐘音殿に1つー......あー、やっぱりいい。というか、聞こえてないな」



 ぼそり、と誰かに宛てて呟いた言葉は、赤風にいとも容易く流されていった。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「へー!そんなことがあったんだ〜!!あ、ご飯おかわり〜!!」


「分かったなら良かった。ってか、食いすぎだっつーの!何杯目だよそれ!!」



 葵雲は動画を見終わったと同時に、お茶碗に残っていたご飯を一気に口にかき込んだ。


 そして再び白飯を求めるのだから、約1ヶ月程だけだが貧乏生活を送った望桜と的李は、葵雲の事を至極恨めしそうな目で見つめている。1度だけだがティッシュすら頬張った2人だからこそ、米の大切さが身に染みてわかっているのだ。



「まーまー、いいじゃんか!減るもんじゃないんだしっ!!」


「「減るわボケっ!!」」


「望桜達さ、静かにご飯食べられないわけ......?」


「右に同じ。あ、我厘あがりお茶取って」



 葵雲に近所迷惑を無視して大声でつっ込んだ望桜と的李に、我厘と鐘音はしらーっとした視線を向けた。



「はいどーぞ」


「「え、我厘いつ来たんだよっ!?(だいっ!?)」」


「今さっき」



 そしてまたも近所中に響き渡る大声を上げて驚いた2人に冷ややかな視線を向けながら、我厘は一纏めにした髪を心底鬱陶しそうに思いながら、残りの味噌汁を白飯と一緒に一気に仰いだ。




 ──────────────To Be Continued───────────────



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