18話6Part ヴァルハラ滞在1日目のみんな⑥

 きっとある程度距離のある所から走ってきたのだろう、着衣は乱れており彼女自身ぜえはあと肩で息をしている。


 帝亜羅のことを真っ直ぐ見据えた後に、フレアリカは慌てふためく帝亜羅を力強く一喝した。



「帝亜羅、今は一旦落ち着いて!!ここはそうでもないけど、外は酷い状況なの......それに、ふぅ達2人だけじゃ危険!!」


「え、ど、どういうこと?てかふぅって......」


「話は後で!!」


「え、えええええ!?」



 そしてそのまま帝亜羅の手を強く引きながら走り始めた。大した抵抗もできず帝亜羅はただ流れていく景色のあまりに酷い有様に度肝を抜かれた。


 ......縦揺れの地震の、とても大きな初めの1発。あれは地震ではなく大きな爆発がたくさん、一度にまとめて起こった音だったらしく、瓦礫の山がヒマラヤ山脈が如く迫力を醸し出していて、所々赤く染っている。手や足、頭も覗いているそれは、まさに地獄絵図だった。


 それも遠くに流れていくのだが、如何せん前の山が流れたら次の山、それも流れたらまだ新しい瓦礫の山と大量に連なっていて、その規模は衰えることを知らない。宝石箱を大きくしてそのまま建物を型どったかのような街は、フレアリカ曰くあの一瞬で崩れ去ってしまったそうだ。



「お、え......」



 目を閉じても犠牲者の遺体が浮かんできて、耳を塞いでも怪我人の悲痛な叫びが耳をつんざく。帝亜羅は込み上げてきた吐き気に足を止めそうになるが、



「耐えて!!ここで吐いたら足が止まる、足が止まったら追いつかれる!!」


「う、ごく......ぅは、」



 フレアリカからの命懸けの注意にその吐き気も涙も呑み込んだ。フレアリカは帝亜羅の手を引いたまま沢山の信頼できる者達が居るであろうヴァルハラ独立国家目指して足を動かし、時折後ろの様子を確認する。そして帝亜羅も左右に瓦礫の山が見えなくなった事を確認した後、おそるおそる後ろを振り返った。



「......なに、あれ......?」



 そこには真っ白の服で全身を覆った小柄な人物が、一対の白磁の翼を広げて全速力で走る2人を追ってきていた。帝亜羅はそれを見た瞬間、背筋を液体窒素並に冷たいものが通る感覚に襲われた。



「......あれ、カマエル......!ふぅ達のことを殺そうとしてる、もっと沢山の人が犠牲になる前に早く!!」



 今まで見た事もないような形相で、後ろから追ってくる天使......少し前に帝亜羅に遠回しながら堂々と"貴方を殺す"と宣言した大天使聖·カマエルから逃げるフレアリカ。しかし帝亜羅も並々ならぬ殺意と神気を後方から感じ、必死で逃げている。ヴァルハラ独立国家は目先だ、100m。もう少しだ......逃げよう、まだ死にたくない......!



「......追いつかれたら、殺される......!」


「フレアリカちゃん......」



 帝亜羅は、フレアリカの震えている声に生々しい恐怖を感じた。


 これ程までに身がすくむ思いは、梓に修学旅行の時に無理矢理乗せられたジェットコースター......いや、6年前、あの交通事故......帝亜羅の父が亡くなった際の事故に匹敵するものがあるように帝亜羅は思った。



「っ!帝亜羅!屈んでっ!!」


「きゃっ!!」



 ......そして門の数m手前まで来た時、咄嗟に後ろを振り返ったフレアリカが一体その小さな体のどこから出したのか不思議でならないほどの大声を上げて、帝亜羅の手を思い切り下に引いた。



「ぅ、つ......」



 その力のあまりの強さにフレアリカが引いた左腕の関節が悲鳴を上げ、帝亜羅自身もなんとも言えない、しかしそこはかとなく強い痛みに唇を噛み締めて耐える事しか出来なかった。



 ザクッ!!



「う゛っ!!」



 ドサッ......



 しかしそれもまた束の間であった。刹那で空高く舞い上がった鮮血が赤い日光に照らされてますます赤く煌めき、それに負けないほど白く輝く真っ白な羽が辺りに舞い落ち始めた瞬間、帝亜羅は心臓を両手で抱え込まれるような、自分の全てを掌握されてしまったかのような恐怖と圧迫感を身でひしひしと感じた。


 ......そしてそれと同時に、臆病な帝亜羅には不似合いな憤怒の感情、自分は絶対にここから退いてはいけないという謎の使命感に駆られた。しかし帝亜羅自身はその感情に沿った事を実行に起こすほど勇敢ではなかった。


 視界の隅では先程まで追ってきていたカマエルが、きびすを返して遠ざかっていくのが見えた。......どうやら彼女は帝亜羅達をここに追い込むための陽動係だったようだ。



「ご、ふ......てぃ、帝亜羅......門を、開けて......中、に、入っ......て......」



 肩口から腰上まで、体の厚みの半分くらいの深さで小さな体躯を大きく袈裟斬りにされ横たわる少女。夕焼けのようなセピア色は、今では朱に染まりおどろおどろしくてらてらと光っている。薄い胸をはあはあと荒く上下させながら、尚も途切れ途切れに帝亜羅の事を助けようと必死で彼女の名を呼び、ひたすら逃げろと口にしている。


 その少女のすぐ横に真っ白で所々に金色の花が散りばめられた刀を突き立て、外ハネの緑髪を血の気混じりの風に踊らせ、薄黄色の爛々と輝く瞳をこちらに向ける大天使は、ただただフレアリカと帝亜羅の方に蔑むような目で見つめている。



「っふ、フレアリカちゃんっ!!!貴方、あの時の......!」


「......久しぶりだね、奈津生帝亜羅」


「が、ガブリエルさん......!」


「ただの女子高生に名前を呼ばれるいわれはないはずなんだけど......まあどうでもいいや、今はこっちが先だっ......!」



 ザクッ!!



「ぐっ!ごふ、げほっげほ......てぃ、あら......にげ......」



 帝亜羅に名前を呼ばれ一瞬だけ視線を帝亜羅の方に向けたのだが、すぐにフレアリカの方に向き直った。そして刀を力強く握り直し、フレアリカの胸に思い切り突き刺した。口からごぷり......と赤黒いねっとりとした血を吐き出したフレアリカは、なおも帝亜羅に訴え続ける。



「っ!!やめて下さい!!こんな酷いこと......貴方には人の心はないんですか!!?」



 そして何回も抜き差しを繰り返すガブリエルに、帝亜羅の堪忍袋の緒が切れる。しかし腰は遠の昔に抜けてしまっていて立つこともそれを止めることも叶わず、帝亜羅はただ声を上げてそれを必死で止めようとした。



「事情を知らない奴が口を挟むな!!!」



 帝亜羅の声が門の前に響き渡る中、ガブリエルは光の無い目で帝亜羅の方に視線を動かした。帝亜羅の声に反論するかのように絞り出された大天使の怒号は、どこか湿っぽかった。俄然刀から手は離さないが......その手が微かに震えているのを、帝亜羅は見逃さなかった。



「っ......確かに、私は下界の事情も天界の事情も、何もかもまだ全然知りません。だけど、その事情があるからってこんなことしていいわけないじゃないですか」


「ならどうすればいいんだよ!!僕にはできる事なんて何も無いんだ!!」



 遂に体全体を大きく震わせながら淡い黄色の瞳からぼろぼろと涙を零し始めた大天使は、いつしか周囲に人がいなくなった門前でガックリと膝を着いた。フレアリカから刀を抜き、力なくそれを取り落とした。


 そんな彼の様子を見ているうち、少し前に自分が思い知った"下界の事情"、"天界の事情"は底知れぬ狭谷のように異世界のあらゆる生物達をもう元には戻せないほどに深く深く引き込んでしまっている、そう帝亜羅は心から思った。



「が、ガブリエルさんは十分強いじゃないですか、それに人間界中から信仰される大天使なんですよね?」


「......だから何だよ、大天使だから何だ......誇らしい事も光栄な事も何も無い、ただ上からの命令に従順に従う事しか出来ないただの道具に、何しろって言うんだよ......!」


「......ガブリエルさんは、ちゃんとした天使......1人の人じゃないですか」


「そんな訳ないだろ。僕はただの道具だ、ミカエル様や"神"に良いように使われるだけのただの"道具"。話し方や考え方、作法、性格まで何もかもあいつらの思い通りの......」


「......?」



 どこか"あの時"に似た神妙な空気、葵雲に一時拉致されて腕を斬られたトラウマもののあの時もこの空気になった。何でか分からない、でも妙に相手が丸くなるのだ。帝亜羅と会話した事であからさまに危害を加えてきそうだった相手が、途端に危害を加える事をやめる。


 それを察知した帝亜羅だったが、それについて今1人で考えても何も分からないので考えることはやめにした。



「......だったら、全部ほっぽり出して逃げちゃえばいいじゃないですか」


「っ、どこに、どうやって?」


「日本です」


「はっ......何馬鹿なこと言ってるのさ人間、出来るわけないだろ......」


「無責任にこんな事言うのは失礼かもしれないですけど、こっちには瑠凪さんが居ます。かつて最も神に近い存在とまで言われた、熾天使ルシフェルさんが」


「......だから?」


「あの人が前に言ってたんです、自分も全てを捨てて逃げてきたって。自分を縛る枷とともに、責任も何もかも。そのせいで貴方にも迷惑をかけた、いつか埋め合わせしたいって......確かにいけない事かもしれないですけど、ちょっとぐらいは良いんじゃないですか?だって......」



 ......東京でミカエルと共に襲撃してきた際のガブリエルを記憶の中で呼び起こす。


 ミカエルに従順に従っている感はあったし責務もきっちりこなそうとしていた。......そういえば少し明るい?イメージがあったはずなんだけど......そう帝亜羅は違和感を感じた。


 あの時のガブリエルは結構間延びした話し方をしていたり、もうすこしふわふわした感のある大天使だった気がする。それなのに今は、どこか暗い雰囲気を纏っている。この現象に似たものを帝亜羅は知っている。



「貴方は今まで何千年もの間、天界のために尽くしてきたんですよね?だったら少しぐらい休んだって良いですよ。まあ、私が言えるようなことでは無いですけど......」


「......本当に、本当に?僕は休んでもいいのか?鞭打って今まで動かしてきたこの体を、ゆっくりと......」



 ......ああ、葵雲君と似てるんだ。会ったばかりの時と、次会った時からの様子が全然違う。



(皆は魔法だ、りすれ......リストレイント·コントローラーだって皆は言うけれど......)



 ......帝亜羅の中でのイメージと感覚的に言うと"洗脳"に近いのではないか、と帝亜羅は思った。そして攻撃性のない、穏やかながら微かに潤んで充血した瞳でこちらを見つめている大天使に、まるでこの世の全ての平和を掻き集めて虚の太陽を作りあげたかのように燦々さんさんと、うらうらと女子高生は微笑みかけた。



「......お疲れ様です」


「......や、やっと報われる......」



 ふら......そうガブリエルが力なく倒れかかった時だった。



「っ!!わ、まぶっ」



 視界を強烈な白い光が一瞬で支配し、帝亜羅は咄嗟に目を瞑った。その視界の隅で真っ直ぐこちらに向かってくる影が1つ。



「っ帝亜羅ちゃんっ!!」



 ガッ、キイィィインッ!



 そして唐突に自分を呼ぶ声がして激しい金属の衝突音がすぐ近くで鳴り響き、帝亜羅はちかちかぼやーっとする視界でそちらの方を見た。


 黒紫色の髪を揺らしながら蒼くて細身の剣を構え、銀色に鈍く輝く鎧を白いワイシャツと黒インナーの上から着用した小さな勇者が帝亜羅の目の前に颯爽と現れたのだ。



「った、聖火崎さん!?」



 小さな勇者......もとい聖火崎は帝亜羅の身を大事そうに背の後ろで庇い、重傷を負っているフレアリカを共に守っている。


 天高くから轟音と共に地に激突した"白い光を帯びたもの"は、砂煙が舞い煙ったくなった風のスクリーンに、ひとつの影を映し出した。



「......ごめんなさいね、遅くなって」


「いえ、聖火崎さんこそ......」


「私は大丈夫よ。これでも勇者だし、タフな野生児だもの。ねっ」



 帝亜羅は聖火崎の友人が亡くなったという情報を誰かから聞いたらしく、心配そうに聖火崎に視線を向けている。それを安心させようと大袈裟に笑ってみせる聖火崎だが、帝亜羅の表情は俄然硬いままだ。......だって目が笑ってないんだもん、聖火崎さん。



「......で、あなたは誰なの?街を散々破壊して人に迷惑をかけまくってや〜っとこさ登場してくれやがったんだもの、自己紹介くらいしてくれるわよね?」


「た、聖火崎さん......?」


「門の中に入っててちょうだい。私は多分、今回はあなた達2人を庇いながらは戦えない」


「分かりました」



 そう言って帝亜羅はフレアリカを抱えて近衛兵が開いた門の隙間から急いで中に駆け込んだ。




 ──────────────To Be Continued───────────────




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