14話4Part 化物(?)襲来④

 


 ......死にたくない、まだ、死にたくない......鐘音くん......!!


 そう思いながら身を縮こまらせながら自身の想い人の名前を頭の中で叫んだ。



 ガッ!!!



「っ!!............?」



 しかしいつまで経っても想像したような気味の悪い感触は訪れず、かわりに自身はなにか心地の良い温かさのものに抱きかかえられていることに帝亜羅は気づいた。この感じ、この匂いは......


 それはいつも一緒にいる2人の友達のうちの1人、そして自身の想い人の......



「......いった......ったく、まさかここまで躾のなってない食屍鬼が居るとはね」


「べ、鐘音くん!?」


「帝亜羅、大丈夫?」


「え、あ、あ、うん......あ、ありがとう......」


「......あ、どういたし、まして......」



 鐘音は想い人に抱きかかえられていると妙に意識した帝亜羅がカタコトに返事を返したことで鐘音も妙に何かを意識し、同じようにカタコトになってしまう。帝亜羅はあわあわしすぎてその事に気づかなかった、それになによりそれ以上に衝撃的な変化が鐘音にあったからだ。


 ......高校生男子の平均身長にははるかに及ばず、望桜より頭1つ低い身長であるはずの鐘音。しかし今帝亜羅のことを抱きかかえている"早乙女鐘音"は、帝亜羅を下ろして立ち上がった際に帝亜羅の身長の頭2つ分上くらいに鐘音の顔がある。......あれ?


 帝亜羅は常日頃の鐘音と今目の前にいる鐘音を頭の中で照らし合わせては、その差に目を白黒させている。望桜や梓は"ショタ"と銘打つ一見可愛らしい見た目、しかし毒舌で童顔ながらプライドが高いいわゆる"ギャップ"のある彼ではなく......


 まずかなりの長身、細身だが弱い、というより華奢、という言葉を連想させる体躯に顔はいつもの童顔など見るかげもない。それはまさしく成人したての頃の初々しい大人の顔、しかし初々しさではなく威厳と貫禄を持っている。


 ......と、そうこうしている間に食屍鬼が活動を再開したようだ。一時的に動きを止めていたそれは、鐘音の姿を見つけると途端に行動を再開した。



「え......」


「あ、話は後で......師匠!!......ダメだ、聞こえてない」



 未だに目を白黒させている帝亜羅の横で、鐘音は瑠凪に呼びかけたがなんでか聞こえてないようでなんの反応も返さない。



『グルルルルルルル......』



 べキッ、メキ、メキメキメキ......



「あの......」



 食屍鬼が居ることでかけられている何らかの圧に耐えきれずに、苦しそうに悲鳴をあげているのは何だろうか。メキメキメキッという音と食屍鬼の鳴き声だけが帝亜羅の耳にはおどろおどろしく響いて、でも"鐘音が横にいる"という事実に不安感と安心感が胸の中でせめぎ合っている。


 そして食屍鬼の出方をじっと見つめている鐘音に恐る恐る声をかけた。



「帝亜羅、合図を出すから3秒後にトイレに駆け込んで」


「え......」


「いいから!!............行って!!」


「っ!!」



 鐘音から焦った様子で返された返事を帝亜羅は不安感と安心感が未だにせめぎ合っている中で曖昧に理解したまま、続けざまに合図も受け取りトイレに必死で駆け込んだ。


 思えばあの食屍鬼の一瞬のあの速度は何の戦闘能力も持たない帝亜羅にとってはとても脅威的だ。



 ギギギイ......メキメキメキッバキャッ!!ドーンッ......ガッ!!



「っ......」



 トイレの鍵を閉めて、膝を抱えて耳に入ってくる暴力的な音のみで鐘音の状況を把握している。......鐘音くん、大丈夫なのかな......魔力?しっかり戻ってるといいな......と心配の念を胸いっぱいに抱えたまま、膝をぎゅっと抱きかかえて帝亜羅は時を過ごした。



  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「......帝亜羅は上手く隠れられたみたい」


『グルルルルルルル......』


「悪いけど、魔力も時間も少ししかない。だからここでリミッター解除で一気にいかせてもらうよ」


『グルルルルルルル......ルルル......』


「......我が暴食たる鉛丹の鬼よ。聖なるを挫き、世を宵闇にて陥れ、邪智暴虐の限り貪り尽くす力を我に与えたまえ!」



 鐘音は自身の身に溜まった生半可な量の魔力を身体中で循環させる......そうすることで魔力が膨張し、あたかも膨大な魔力を持っているかのように偽造することができるのだ。しかし魔力量自体は変わらない。



『グルルルルルルル......』


「ふー......」



 鐘音はゆっくり息を吐いた。その間も食屍鬼はただ唸りながらそれを眺めている。


 ......先程の続きで、例としては理科の物質の状態変化を想像してもらえればわかりやすいと思う。固体から液体、液体から気体へと物質が状態変化する際に体積は大きくなっていくが、原子の数自体は変わらない。


 魔力の膨張による量偽造はそれに近くて、魔力の粒子のようなものが魔力の力を秘めた部分で、その粒子を循環させることで粒子同士の間隔が広くなり見掛け倒しの量は多くなる。しかし魔力の本当の量自体は変わらない。並大抵の悪魔や魔獣はその仕組みを知っていて、見抜かれることも少なくはない技法だということを理解した上で鐘音はそれを行使した。


 しかし食屍鬼はそれを見抜けるほどの知能を持っていないのか、はたまたその技法のことを知らないのか見掛け倒しの魔力というはったりにいとも簡単にのってくれた。



『ヴァオオオオオオオオオオオ!!!!』


「よっ」



 ゴシャッ!!!......べキッ、バキバキ......



 食屍鬼の体を撒き散らす攻撃を華麗に避けて、"羽の展開も最低限"に鐘音は電柱の上に乗って直ぐに羽をしまった。



「っ、循環安定に約14秒使った。生憎リミッター解除もあと10数秒に抑えておかないとやばいから」


『ヴルルルルルル......ヴァオッ!!!』



 ゴシャッ!!!



「悪いけどこれで締めさせてもらうから」



 ヴィイイイイイ......



 そしてさらに繰り出される攻撃も空中にふわりと飛んで躱した。そこから小さく羽を展開させてバランスを整えて手を挿頭す......食屍鬼をしっかり捉え、そのままひとつの魔法陣を描きあげていく。



「......火炎圧力攻撃陣展開......!」


『ヴァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


Вектор адベクトルインフェルノ!!」



 カッ,ゴオオオオオオオ!!ベシャッ、バキ、バキバキッ、ベチャ!!!......パチ、パチ......プスプス......



 鐘音の描いた魔法陣から放出された炎は瞬時に食屍鬼の体を呑み込み、強い圧力が黒い巨体を一気に押し潰した。やがて炎がおさまり食屍鬼の体は黒い大きなべちょっとした炭となった。



「Я уверен, что Цербер разорвет тебя, потому что он слишком большой, чтобы быть нормальным. Если вы намерены искупить свои грехи, вы можете искупить Искупление перед фруктами в шестой короне Пургакузана. Это выйдет через сотни миллионов лет(きっとお前はケルベロスに引き裂かれるよ、普通じゃありえないくらい大きいからね。もし罪を償うつもりになったなら煉獄山の第六冠で、果実を前に贖罪を乞えば良い。数億年後には出られる)」



 プス..プス......



「Конечно, 5000-летний период, возможно, был сурово наказан из-за огненного наказания за то, что он был избит пламенем прямо перед этим.(まあもっとも、さっきの炎に炙られるっていう火炙り刑のおかげで5000年分位は厳罰されてるかもだけど)」



 目の前の炭にそう告げて、鐘音は遠くから聞こえる原付バイクの音を耳で拾い上げてその音の主に状況を軽く説明した。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ゴシャッ......べキッ、バキバキ......ゴシャッ......カッ,ゴオオオオオオオ......ベシャッ、バキ、バキバキッ、ベチャ............パチ、パチ......



 ................................?



 ......やがて、何分たったかは分からないが音が聞こえてこなくなった。鐘音や瑠凪、葵雲が倒したのだろうか......思えばあれほどの化け物なのに、帝亜羅は不思議と恐怖は感じなかった。思えば葵雲に連れ去られたあの時もあまり怖くはなかったのを覚えている。しかし猛烈な不安感はある。


 その不安感を抱えたままゆっくり鐘音のほうを覗き込んだ。綺麗な芝生はところどころ抉られ、地面も建物も亀裂が入っていて酷い有様だ。


 若干ビクつきながら歩みを進めていくと、黒い物体を取り囲んで鐘音、瑠凪、葵雲、そして望桜が立っていた。



「......鐘音くん!!」


「あ、帝亜羅......」



 シュウ......プスプス......



「帝亜羅ちゃん!!」


「え、ま、望桜さん!?今日はバイトじゃ......」


「や、なんかそこはかとなく大きな魔力反応を感知したから急行してきたんだ」



 そう言って望桜は後ろを振り返った。メルハニMelty♕HoneyCatsの制服のままの望桜はその有様を目で見ながら服の埃を払っている。辺りにはその短期間の戦闘で地面が大量にえぐられたことを示す土埃が舞っている。


 そして振り返った先には......



 プスプスプス......



 異様な匂いと煙を発生させる黒い物体......おおよそ大きさ2m弱の、先程まで鐘音達と戦闘していたであろう食屍鬼が身体をところどころ腐らせながらべちゃっと潰れている。



「......でも来たらこれだしな、終わってんならくる必要なかった」


「とりあえずこれは俺が......よっと」



 フオンッ......



「......よし、それじゃ戻ろっか」


「うん!」



 そう言ってみんなが振り返った時だった。



 グサッ......ポタ、ポタポタポタ......



「......あ?」


「望桜さん!!」


「望桜っ!!ちょっと、まだ生きてるんだけど!!」



 ......食屍鬼の黒い棘のような部分が、望桜の胸を貫いた。綺麗に貫通したそれはすぐに力なく地に望桜を巻き込んで垂れ落ちた。じわじわと新緑の芝生に朱が広がりそれと同時に望桜の視界もブラックアウトし始めた。帝亜羅と瑠凪があげた声が、なぜか遠くで聞いているようで。



「望桜!!望桜!!しっかりして!!」


「っつ......」



 心配し慌てた表情の葵雲に声をかけられながら最後に望桜が見たのは......



 うねうねと動き始めた食屍鬼の足と、ブラックアウトしていく視界にすらはっきりと焼き付くほどの眩しい白色の光の刃だった。




 ───────────────To Be Continued──────────────




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