10話4Part Der verhasste Heilige④

 


「......葵、葵〜?」


「......ん、なに?」

 


 望桜達に貸し出されている部屋の机に突っ伏して眠っている葵に声をかけた。......なんかこの辺りでいい匂いっつーか、なんかむらむ......んん、とりあえずなんかめっさいい匂いする。


 芳香剤の匂いにも酷似しているようで月とすっぽんなその匂いについて、眠っているところ悪いが尋ねさせてもらったのが今の所存だ。



「お前......なんかこの辺りに、スプレーかなんかふったか?」


「ふる?って......こっち?」



 そう言って手をなにか握っている時と同型にして上下に振る葵。その様子を見て違うと首を横にふったら、今度は望桜が言いたかった方の"ふる"のジェスチャーをし始めた。



「......いや、なにもふってないよ?......え、もしかして僕から匂う......?すんすん......」


「すんすん......あ、確かにお前から匂うわ」


「んー......洗剤の匂いかな?」


「こんな匂いのは使ってねえはずだぞ」


「すんすん......うー、でも聖火崎んちが使ってるかもだし......たまに一緒にしてもらうから、それで......」


「......あー......」


「......自分じゃ分からないかなぁ......」


「んー......」



 匂いのことを言ってからずっと自身の服や髪をすんすんと匂い続ける葵。......ふと服のすそを捲し上げて、自然と横っ腹が垣間見える視点から望桜は葵を見ることになった。そして望桜は無自覚のうちに手を伸ばして......



「んんむ......ひあっ!?え、ちょ、手え冷たいからお腹触らないで!!」


「へ?あ、わ、悪ぃ!!無自覚のうちに......」



 ......葵の横っ腹に軽く触れた。東京滞在の間に秋分が過ぎ、もともと平均気温よりかなり低かった気温が、タガが外れたかのようにますます急激に下がってきている。その気温に長時間当てられた望桜の手は、普段は服の中に隠れてほかほかしているお腹にとっては、かなりダメージが大きかったようで。


 ......てか妙にさっきからなんかふわふわする感じ......高揚感というか興奮感があるな。なんでだろう。今目の前にいる葵が可愛いからか。



「......にしてもまじでいい匂いする......」


「なんだろうね......あ、も、もしかして......」



 そう呟いたあと、葵は大きく目を見開いて勢いよく立ち上がり、



「望桜!僕ちょっと風呂はいってくる!!」



 そう言って風呂場に篭もり始めた。その様子をただ見るしかなかった望桜は、一時ぼーっとした後に我に返って自身の思ったことを正直に叫び始めた。



「......もしかして?心当たりが......ってかめちゃくちゃ肌触りよかったし反応可愛かったしもっと可愛がりたい!!葵〜!!あお......」


「望桜、気持ち悪いからやめてくれ給え」



 ......が、その部屋の扉を開けた直後に真顔と引顔を足して2で割ったような、なんともいえない表情の的李の顔が目の前にあって、一気に落ち着きを取り戻した。......何やってんだろ、俺。


 そう涙目になりながらその場に立ち尽くす望桜の元に、聖火崎宅でも主夫業にあたっている或斗が声をかけた。そしてその頃には既に的李はそこを去っていた。



「......あの不良債権の塊を知りませんか?」


「ふりょうさいけん......葵か?なら風呂場に「僕ちょっと温泉にでも行ってくるね〜!!」



 トントントン......



「あ、おい!!」


「階段は気をつけておりねえと危ないぞ!!」



今度は風呂場から飛び出して勢いのままに階段をトントントンと降りる葵。或斗は呼び止めようとしたがすぐに辞めた。望桜の叫びは注意喚起だ。


 ......かわいい。てかまだいい匂いするんだが、ほんとなんなんだろうな?




 トントントン、ズルッ......ゴンッ!!



「あ、ほら言わんこっちゃない」



 そして案の定足を滑らせて階段から落ちてしまった。同時に鈍い音が家中に響く。......めっさ痛そう、今の音聞いただけでなんか痛い気がする。



「いっててて......あ、ごめん翠川!!」



 どうやら階段から1階の床へと真っ逆さまに落ちたのではなく、ちょうど下から上がってきていた翠川が受け止めたらしく、葵の謝罪の声が以外にはっきりと聞こえてくる。てか今の絶対人が受止めた音じゃなかっただろ。ゴンっつったぞ、ゴンッて。



「全く、常ながら落ち着きがないな......む、なんか匂うな......」


「っ!!あ、僕ちょっと外に行ってこようと思って走ってたら、落ちちゃった!!いってきまーす!!」



 バタンッ......



 勢いよく扉の閉まる音が鳴ったあと、翠川はゆっくり後ろを振り返った。彼女もまた望桜と同じように葵から香る匂いを感じ取ったらしく、鼻をぱたぱたと仰ぎながら望桜に問うた。



「......望桜、或斗、あれは一体どういうことだ?」


「さあ知らね」


「......」



 翠川の問いに素直に答える望桜の後ろで、或斗が頭を抱えて固まっている。......否、笑いをこらえているようにふるふると震えている。



「......或斗?」


「......はあ、今くるか......ww......」


「「......なにが?」」



(元)魔王と勇者という相反する存在の2人だが、今回だけは間抜けな声を2人同時に、息ぴったりのタイミングであげた。なにが?と問うた言葉通りに、或斗の言った"くる"という言葉の対象が、2人には見当もつかない。


 そして2人が数秒経ってから思考を放棄した頃、かなり遅いが先程の響いた鈍い音に反応してのそり、のそりと瑠凪が起き出てきた。髪が所々ひょこひょこ踊っていて、目を擦りながらゆっくり歩いてきてるところを見ると、先程まで夢の中だったらしい。



「......煩くすんなよ寝てんだから......」



 かなり機嫌悪そうにそう告げて、もといた部屋へと戻っていった。


 まじで文句言いに来ただけみたいだな......



「ああ、悪い。ところで或斗......くるって、なにがくるんだ?」


「私もそこが気になる。あの匂いと関係があるのか?」


「......ある。しかし望桜さんにはまだ言ってなかったんだな......」


「......説明頼めるか?一時的に身柄を預かっている身としては、本人の体の状態とかは知っておいた方がいいしな」


「ええ、構いませんよ。とりあえずそこら辺に適当に腰掛けてください」



 そう言ってベッドに腰掛けて、望桜の目を見据える或斗。その横には一応翠川も鎮座している。そして望桜を見据えた部屋の証明に照らされて輝く黄色とふわふわとゆれる淡い紫の糸に、望桜は顔は平然を装って内心かなり悶えていた。


 ......可愛すぎるっ......!!顔がいい、そして可愛い!1度でいいからその紫の頭を撫でてみたい!!



「まず、あの不良債権の塊は種族的にいえば淫魔です」


「「......え?」」



 再び息ぴったりに声を上げる2人、まあ無理もないだろう。


 ......なにせ2人の中には既に葵は凶獣族に属している、という情報がインプットされているからだ。それなのに、種族的にいえば淫魔?ちょっとよく意味がわからないですねはい。

 


「......あ、凶獣族とは別の種類の種族のことです。俺たち悪魔の種族には生まれながらに所属している"血縁種族"と、個体ごとの能力や特徴が同じような悪魔達が群れを生している"能力種族"とがあるんですよ」


「......つまり、葵は血縁種族が淫魔で、能力種族が凶獣族......?」


「......まあ、そういうことです」


「そして、生理的に関係してくる方の種族が血縁種族になります。ですから......望桜さん、翠川、"7罪"の中で葵は何の罪が肩書きとして表記されていますか?」


「......色欲?」


「......はい、その肩書きがつけられた所以といえばそうなんですが......あの匂いを嗅いだ時、どんな感覚を覚えましたか?」


「......高揚感というか......興奮感?」


「ああ、私もふわふわする感じがあったぞ」


「......つまりはそういうことです」


「......へ?あ、もしかして、ネズミの実験で分かったオスの匂い......フェロモン?を受容したメスネズミのやつ、確か......ESP1?」


「まあ、それとほぼ一緒ですね。......ただ違うところは同性にも効くという所ですかね。マウスのはメスにしか効果ありませんけど」


「なんでそこまで詳しいんだか......」



 横で会話が繰り広げられている横で翠川は息を潜めていたが、望桜と或斗が意外と詳しいところに思わずツッコミを入れてしまった。


 その後も数分間ずっと葵の匂いについて議論し続ける2人を引きながら見つめ、またこっそり息を潜めながら部屋を出た。



「......そーいう匂いが発生し出す時期的なものがあるんですよ」


「ほほお......だから急いで風呂入りに行ったのか」


「洗って落ちるようなものでもないんですが......気休め程度には丁度いいのかもしれませんね。......では俺はそろそろキッチンに......」



 そう言って部屋の時計をちらりと横目で確認した。そういった小さな動きひとつでも、紫糸がふわふわと揺れていい目の保養になっている。


 或斗の饒舌な説明を熱心に聞いている間に、空には微かに赤みが差し始めていた。気温が冬仕様になるのが例年よりかなり早い分、近頃はかなり早々に日が落ちてしまう。現在時刻は午後4時前なのだ。それなのに空は朱に染りはじめている、早すぎる。


 たまにはこっちでも夕食の準備を手伝ってやるか......と望桜は考えていたが、先程出ていった同居人の事が気がかりでならない。



「あ、こんな時間か......てか葵って温泉大丈夫なのか?体中今でも傷だらけだよな?」


「あ......確かにやばいかもです」


「DVの疑いかけられるとか絶対嫌だからな、むしろ俺は相思相愛でとことん愛でたいタイプだし」


「何言ってるんですか?......一応葵を探しに行ってきては?」


「だな!んじゃ行ってくる」



 ドタドタドタ......バタンッ



「......面倒なことにならないよな......」



 望桜の背を言葉で押し、彼が出ていく際に勢いよく開閉された扉の方を暫し見つめて小さく呟いた。......妙な胸騒ぎがする、これが自分のただの杞憂であればいいが......と祈りながらキッチンへと向かっていった。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「......う、むう......」



 ......1人で大勢の人間が行き交う場所に来たのは何時ぶりだろうか。それも自分が堂々と歩いても大丈夫な平和な街を。ただ、平和ではあるのだが、すれ違う通行人はみな揃って自分のことを奇異の視線を向けてくる。......視線が痛いというより、気持ち悪い。


 そんな違和感というか自身の浮いてる感を身でひしひしと感じながら、緑丘家の不良債権の塊·葵は東京の街を歩いていた。わりと新しいTシャツとハーフパンツのみという薄着は、周りの人混みがなければ視線と気温の冷たさが相まって凍え死んでしまいそうだ。



 なぜそんな視線を浴びたりしながらも外を1人で歩いているのかというと、自身の血縁種族·淫魔の生理現象である周りのありとあらゆる生物を引き寄せてしまう匂いと成分を発生させる時期、周囲発情誘発期とでもいえばいいだろうか、とにかくその時期が今きたのだ。


 養い主である望桜にも他の同居人2人にも説明をしていないから、いたたまれなくなりそうで出てきたのだ。......らしくない、非常にらしくない。他人の目や抱かれる自分に対しての印象等、とっくの昔に気にしなくなっていたのに。


 そう頭の中で考えて1人気落ちし、自然とうつむき加減でとぼとぼと歩く少年の姿は、真夜中ならば真っ先に補導の対象だろう。ラグナロクなら誘拐でもされそうだ。魔界ならまず間違いなく襲われてしまう。それほどに暗い雰囲気が漂っているのだ、葵の周りに。



「......あ、インナー着てない......どうしよ、人がいないとこ通らないと」



 辺りを見回しビルとビルとの間に暗がりを見つけて、人混みをかき分けながらその暗がりを目指して走った。そしてそこに辿り着いた時には息が完全にあがりきっていた。


 そしてそこを数歩歩き、立ち止まった。......後ろに誰かいる。気配を感じとり、葵はさっと身構えた。



「......久方ぶりですね」


「......一会?」



 ......人間界群島奪還軍頭領、そして現勇者軍元帥·一会燐廻ひとえりんねだ。5人いる勇者軍元帥の一角であり、高い戦闘能力で魔王軍を圧倒する軍師だ。そしてなにより......



「はい、一会です。迎えに来ました......裏切り者殿」



 ......勇者2人を暗殺するためにアスモデウスを派遣した人物だ。現在の人間界......ラグナロクは、魔王軍の進行に侵される可能性が現在はないため、本来なら不安や恐怖から解放され皆が自由に楽しく明るく過ごせる時期に差し掛かっているはずだ。それなのに皆はまだ何かに怯えているのだ。......民を守る勇者軍の分裂に。


 民から見たら勇者軍の内部事情は、勇者ジャンヌ、ルイーズ、元帥アヴィスフィアVS総帥イヴ、元帥一会燐廻、ヘルメスで対立しているように見えるだろう。勇者と元帥、そしてその下に着く騎士団や砲兵団同士の対立に。その部分のみでの対立だったなら、最悪臨時の護衛軍や残りの大臣、皇帝のみで民の護衛と政治を回すことが出来ただろう。


 ......しかし実際は勇者ジャンヌ、ルイーズ、元帥アヴィスフィア、南方VS総帥イヴ、元帥一会燐廻、ヘルメス、西方、東方で対立しているのだ。勇者軍内部の分裂が、いわば国の分裂にもなりかねない冷戦状態。そしてその国家の最高機関が冷戦状態であることが、民が明るく楽しく、自由に暮らすことが出来ないただならぬ雰囲気をラグナロクを中心に大陸全体を覆っているからこそ人間界暗いままだ。


 唯一ラグナロクから距離があり、且つ陸続きでない群島に住む住民たちだけが他地方と比べて異質的に明るさを取り戻している。



「嫌味な呼び方しないでよ、あの魔力量じゃ傷を負わせるのが限界だったんだから」


「......そうですね、確かにあの人数に聖弓勇者、聖槍勇者、そして13代目が居たらさすがの魔王軍最高火力五天皇でも押し負けてしまうでしょう」


「......分かってくれて何よりだよ」



 無表情のままどこか皮肉った言い方を続ける一会に、葵は苦い表情を浮かべながら返した。ピリピリとした空気が肌を刺してくるようで、視線が気になるからと裏路地を通って行こうと判断した数分前の自分をとてつもなく殴りたくなった。


 それを察してか否か、一会はコツリ、コツリと靴の音をたてながら少年の方に近づいていき、再びゆっくりと口を開いた。



「......ここまで来たのはあなたを迎えに来るためです。総帥様がお待ちです、拠点にとぶので、ここに手を」


「......わかった」


「では...... 《空間転移》」




 移動魔法の中でいちばん小規模な魔法......空間転移を一会が使った瞬間、裏路地を翠の光が淡く色付けてすぐに消えた。そこには既に2人の姿は、跡形もなく消えていた。




 ──────────────To Be Continued──────────────




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