9話7Part 堕天使とユグドラシルの"果実"⑦



「ただいま〜......て、あら?」


「どうしたんですか聖火崎さん?」



 聖火崎は眠ってしまったフレアリカを無意識的にそっとソファの上におろし、帝亜羅と共にリビング内を見回した。同時に少しだが違和感が聖火崎を襲う。とりあえず玄関からまっすぐ歩いてきて1番初めにつく部屋であるリビングで、帰宅の挨拶をしながら手洗いうがいを済ませた。


 その直後聖火崎は自宅がいつもとは違う......というより、望桜達が2週間ほど部屋借りるぞ〜って聖火崎宅に滞在し始めてからまだ3日、しかしその3日で根づいた"いつも通りのリビング"とは物の配置か何か、とにかく景色が違うのだ。

 

 最近、休暇中の時にたまたま居合わせた堺のアオンモールで迷惑をかけてくれて、そして最近望桜達の同居人として仲間に加わり、以後緑丘宅の不良債権の原因であり未だに私達に迷惑をかけ続けているあいつが居ない。


 それこそずっと聖火崎宅の自宅に入り浸り続け、珍しく外出していると思ったらお菓子を大量に買い込み食べ続けるまさしく浪費の化身的なあいつが......



「......あ、聖火崎さんおかえり〜」



 ......そう、聖火崎が珍しく居間にいないので気にかけていた不良債権と浪費の化身的な少年、葵。廊下の奥からひょっこりと顔を出したもう1人の女子高生·梓は、今日1日外出していなかったらしく髪のセットはされておらず、服装も部屋着だ。つまり葵と1日中共に居た可能性が非常に高い。


 そう頭で考えて、その少年の事情を知っているかもしれない梓に聖火崎は問いかけた。



「梓ちゃん......ただいま。ところで葵は......?」


「あ、そういえばいませんね......」


「あー!葵くんなら望桜さん達の部屋にいるはずだよ?なんか熱でたっぽい」


「「......え?」」



 ......あの不良債権が......病院代とかどうしてくれるのよ......


 聖火崎はそう頭の中で葵を呪って、部屋に向かったという。......後ろからとことこと誰かが歩いてきたようだ。帝亜羅と梓は前を歩いているし......と後ろから足音が聞こえてきたから聖火崎は反射的に後ろを振り返った。



「ちよー!!」


「お、フレアリカ!!起きたのね?」



 先程ソファにおろしたフレアリカだ。セピア色の髪をふわふわ揺らしながら、聖火崎達の後を追って来ている。どうやらついさっき目が覚めてしまったらしく、まだ眠そうではある。



「うん!!ねむったらげんきになった!!......あれ?あすもでうすは?」


「フレアリカちゃんも気になった?なんか葵くん、なんか熱出ちゃったらしいの。だから今望桜お兄ちゃん達のお部屋にいるの」


「そーなの?......あおいってよべばいいんだね!わかった!」


「そうよ、だからフレアリカはリビングでちょっと待っててくれる?悪いけど、熱がもしフレアリカにうつったら大変だから」


「わかった!ばいばい!」


 

 くるりと踵を返して戻っていく幼女の背中を見つめながら、望桜達に貸している部屋へと向かった。聖火崎宅はかなり横に広い一軒家だ。だから部屋と部屋のあいだの廊下の距離がかなりある。そのため葵の様態によってはあーだこーだ......と頭の中で一通り考えをまとめることができた。とりあえず......


 ......元気になったらどこかで強制的に働かせるわ。これは決定事項ね。



「......げほっ、ごほっ......あ"ー、聖火崎?おがえり......」


「かなり重症じゃないの」


「大丈夫......?」



 ベッドに火照った顔で、横たわる葵。荒い息に時折咳が交じっていて、ガラガラ声で話すあたり相当重症だろう。そんな酷い風邪をどこで拾ってきたんだか。


 その横で不満全開な表情で新たな冷やしタオルを用意している或斗は、呆れたようにため息をついた。ただ1人、帝亜羅は葵に視線を向けながら心配の色を浮かべている。



「はあ......全く、望桜さん達はなんでこーいう時に限って帰りが遅いのか......」


「或斗も迷惑被ったのね」


「望桜さん達出かけてるんですか?」


「はて、どこに行くといっていたか......あ、たしかちょっと夜の散歩にでも行ってくる、と言って出かけていきましたよ。......ほら、用意できたから替えるぞ」


「あ"りがど......」


「散歩?こんな時間に......」



 聖火崎が時計を確認すると時計は10時を指し示していた。こんな時間に全く......


 頭を抱える聖火崎に帝亜羅は若干焦りの色を浮かべたが、玄関から聞こえてきた音に、すぐに表情を変えた。



「ただいま〜」


「まお!!まとい!!べるね!!おかえりぃ!!」


「お、ただいまフレアリカ。元気してたか?」


「うん!!」



 リビングから聞こえてくる会話の内容と声から望桜達が帰ってきたことがわかって、途端に或斗はまたため息をついた。聖火崎と帝亜羅はリビングに戻り、望桜達に葵のことを話した。


 その間に奥の部屋で寝ていた翠川も起きてきて、家族会議のような面子、現在聖火崎宅に居候しているほぼ全員がリビングに揃うことになったのだ。


 葵の件とガブリエル達の件、そしてフレアリカの件の話し合いをすることになった。ただひとり事情を知らない梓には部屋に先に戻ってもらった。応じてくれるあたり常の行動がなかなかにボケよりな梓も、空気を読んで人を気遣えるくらいには常識の範囲内の人間なんだとその場にいた全員が確信したという。


 体調不良の葵も一応参加させているのは、先程のガブリエル達との事を伝える意図もあったから。当事者であるフレアリカを翠川が葵から1番遠い席に座らせ、話し合いが始まった。



「......と、まずは簡単な事の方から話し合おうぜ」



 望桜がまず話し合おうと言ったのは葵の件。まあ、確認等のすぐ済む事しか話すことがない案件だからだ。



「あんな重い風邪どこで拾って来たんだ?てかそもそも外出......」


「......じでるよ?」



 望桜のそもそも......と葵に聞いたのは外出していたのかどうか、引きこもり予備軍である葵は外出せずひたすら惰眠を貪っていた可能性も視野に入れていたのだが、本人の証言でそれは捨てていいとすぐに決定した。



「望桜さん、こいつは結構外出してますよ?お菓子買いに行ったり電車の線路に沿って走りに行ったりとか......ほれ、水を飲むといい」


「ありがど......んぐ」


「そんな奇行してたの......?」


「まあ色んな意味で常人とズレてるから気にしたら負けなのだよ、鐘音」



 葵の日常の行動に引く鐘音を、的李も若干引きつつ



「ずっと家にいたわけじゃないんだな」


「べづに......ん"ん"っ、別にそこまで引きこもりでもないかな」



 ひとつ咳払いをして引きこもり疑惑を否定する葵の言葉に、翠川が反応した。



「そういえば......毎日夜中までリビングでパソコンを弄ってないか?」


「っ!!」


「......葵?」



 葵は翠川の言った内容にすぐ顔を背け、額に汗をうかべた。その場にいたほぼ全員がその内容に顔を顰め、的李がちょっと怖い形相で葵の方を若干睨みはじめ、望桜は眉間にシワが寄り始めている。


 低くドスの効いた声で話しかけてくる聖火崎に、少年は顔を背け続けることしかできなかった。......怖い。



「......最近は室内も夜中は冷え込むわよね?薄着でずっとパソコン夜中まで弄ってて、それで風邪ひいたのなら自業自得よ?」


「は、はは......」


「全くなのだよ......」


「そもそも夜中まで何してたんだか......」


「近頃は冷え込みますから、暖房も付けずにフローリング張りのリビングにずっとは......」


「......WiFi繋いで、動画見てたよ?」


「夜中まで?」


「うん」



 少年は自身の喉に配慮して小声で答えた。やや掠れた聞き取りにくい声は、夜の静かなリビングの中では沈黙の中で際立ってよく聞こえた。


 きまりが悪そうな表情だが何も悪びれもせずに答えるあたり治ったらまたやるだろう。熱にうかされてはいるが、精神的には元気そうだ。



「......1日1時間ね」


「はあ!?う、げほっ、げほっ」


「まあ、そこら辺が妥当だよな」


「やだやだ!動画の生配信とか夜中なんだもん!!明日には治すから!!げほごほっ......」


「ここ2週間分の電気代誰が払うと思ってるのよ、私よ?たとえパソコンの充電や使用してるときの電気代が安くとも、塵も積もれば山となるでしょ?」


「フル充電を14日してもかかるのは約40円だよ!?そんな節約する程のお金でもないでしょ!?......けほ、」


「「何を言ってるんだ(い)葵!!」」



 少年の主張に全力の大声で否定したのは少年の同居人2人だ。


 自ら毎日しっかりバイトで働きお金を稼ぎ、それでもなおカツカツ具合からなかなか抜け出せずにいた挙句、同居人がさらに1人増えた(望桜の独断)ことからますますカツカツになっていく事を、それぞれ家計簿と炊事で記録として、そして1ヶ月の日本での生活という形で身をもって体感している2人。


 しかしまだ日本で生活し始めて自質7日しか経っていない葵はいまいち"いまうちは貧乏である"という実感が湧いていなかったらしく、腑に落ちないといった表情で反論してきた2人を見返している。


 その2人が養っておりたかが40円と葵がバカにした金額の大きさを知っている2人だからこそ、大声で全力で反対した。


 ......40円あったら、もやしが2袋は食べられるだろうが。4日は食いつなげるぞ4日は。



「40円馬鹿にすんな!!」


「何言ってんのたかが40円でしょ!?」


「40円あれば駄菓子なりなんなり買えるだろ!!」


「それに簡単な料理とかも作れるのだよ!!」


「そんなケチケチしなくてもうちはそこまで貧乏じゃないじゃん!!」


「「ティッシュを食べたくなかったら我慢しろ(し給え)!!」」


「......下界で私達をおいつめた13代目魔王とその側近が、40円にここまで執着してるのは正直知りたくなかったわ......」


「まーせいかたんの言うこともわからなくはないけど、これは仕方ないよ〜......だってまおまお達の言い分には一理あるし、2人で朝から夜までバイトしててもカツカツなんだもん。たかが40円、されど40円なんだよ」



 望桜、的李と葵が言い争い、傍から見ている聖火崎と太鳳はその声量に顰め面をし耳を塞ぎつつ、そんな言い争いの声など気にせずあどけない寝顔を晒しながら眠るフレアリカを眺めていた。......そんな中、玄関からガチャりと扉の開く音が聞こえてきた。リビングの面子は全員が玄関に視線を移した。



 ガチャ、


「た、ただいまぁ〜......」



 そして玄関からとことこと、そしてふらふらと歩いてきたのは、今件"枝"に関する事件と天界の事情に詳しいキーマン·瑠凪である。



「だからっ......て、瑠凪!!いないと思ったら今頃......どこ行ってたんだ?お前がいないと天界関係の話し合いは進まねえからよぉ......」


「そんな話してなかったでしょ」


「これから話すんだから葵は黙って!!」


「え〜......俺寝たいんだけど、すっごい眠い、疲れた......っとと」


「大丈夫ですか主様!?」



 よろけながらリビングのソファへと辿り着いた瑠凪に或斗が駆け寄り、周りの全員はこんなになるまで一体何を......と頭の中で色々想像を巡らせたそうだ。



「どこかに出かけてることすら知らなかったんだが......」


「そりゃ皆が知らない間に出たからね。......で、まだ何か聞きたいことあるの?明日にして欲しいんだけど......ふわぁ......」




 ──────────────To Be Continued───────────────




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