9話6Part 堕天使とユグドラシルの"果実"⑥
「フレアリカちゃん、いるって、なにが?」
「みかえる!!」
「みかえる?って......あのミカエル!?」
ミカエル......悪魔や天使に興味が無い人でも1度は聞いたことがあるだろう天使の名前だ。......いるって、あそこに?
「てぃあら!あそこいく!!いくの!!」
「え?で、でもどうやって......」
「ひこうまほう、 ふらいとなえて!!」
「え、となえてって......私使えないよ?」
「つかえる!!てえかして!!」
「?」
おずおずと手を差し出された帝亜羅の手をフレアリカは掴み、ぎゅっ......と握りしめて力を込めた。......なんか、身体に入ってくる......?
幼女に掴まれた手からは、何かが入ってきている感覚がある。もにもに、ふわふわした何かだ。痛みはないけど、やっぱり入ってきている感覚が......なんだろ、これ......
「フレアリカちゃん、これ......?」
「しんき!てぃあら、いまつかえる!!」
大きく見開かれた目で唱えてと訴えかけてくるフレアリカの必死さに折れた帝亜羅は、困惑しながらも魔法を唱え始めた。
「え?えと、ひ、ひこう、まほ......」
「ひこうまほう、ふらい!!」
「ひ、飛行魔法 《フライ》」
ふわっ
「え、ええええ!?」
帝亜羅が唱え終わると同時に、彼女の体全体を浮遊感が包んだ。やがて体が浮き、地面から離陸した。
「あそこ!!」
「え、あ、あそこね!!」
「うん!!」
ふいよ、ふいよ......すっ......ざり......
初めてにしては上手くフライを使いこなしている日本の女子高生は、幼女の指さすビルの屋上に降り立つことが出来た。着地してからの数秒間は、まだ浮遊感が彼女の身体から抜けなかったという。
「......ついた......?」
「ついた!!あれ!!みかえる!!」
「あ、あれが......」
そのビルの屋上でテーブル席に優雅に腰掛け、紅茶を啜っている銀髪の青年がいた。2人はまだ後ろ姿のみしか確認できていないが、戦闘中のガブリエルを援護しつつ急かしているであろう事が確認できた。そんな雰囲気的なものが、そのビルの屋上を包み込んでいた。
「......全く、"果実"はいつだって、厄介事の傍にあるな」
「かじつちがう!フレアリカはにんげんなの!!」
「あ、あの、えと......」
ミカエルの発言の内容に幼いながら苛立ちを覚えたのか、大声で反論するフレアリカ。そして帝亜羅はその場で固まっていた。
やはりあの時殺されかけた事はトラウマになっているようだ。腕を切り落とされた出来事よりそちらの方が色濃く残っているのは帝亜羅自身不思議だったのだが、事実そちらの出来事の方が、思い返した時帝亜羅の背筋に走る冷たい、ゾワゾワっとしたものが強烈なのだ。
そのトラウマが原因で、目の前に天使がいると意識しただけで、帝亜羅の身体は少しずつ震え始めた。
「ん?ああ......この間はラファエルとアリエルがお前に迷惑を掛けたそうだな。その件については俺から謝罪させてもらう、すまなかった。......と、謝罪ついでに改めて自己紹介させてもらおう」
カタ......
「......っえ......」
カップを置き立ち上がって、ゆっくり振り返る青年の姿に、帝亜羅は思わず息を呑んだ。
「......俺は8大天使ミカエル、現天使長で天軍の軍団長をやっている。......あまり気構えなくても、取って喰ったりはしないから安心しろ」
......知ってる人にそっくりな、というか似すぎているのだ。髪色や身長は天地の差があって体つきこそ月とすっぽんだが、顔つきが本当に、似すぎている。......瑠凪に。
「......え?ふ、フレアリカちゃん、あの人......」
「んー!!るなににてる!!けどちがう!!るなはもっとあったかい!!」
「るな......?仮名で話されてもわからない」
「た、確かに似てるけど違う......あと、あったかいって......?」
「るなはもっと、あったかいの!!ふわふわしてて、やさしくて、ここちいいの!!でも、あのひとは、みかえるはつめたい!!」
「あ、そーいうことか......」
「......はぁ......」
仮名では分からないと伝えても、一向にその"似てるけどなんか違う"人の本名を教えない2人をみて、ミカエルは大きくため息を吐いた。誰かは分からないが、何となく予想がついたからだ。
「るな、って......ルシフェルの事か?」
「え?」
「そう!!でもいまはるしふぇるちがう!!るしふぁー!!」
「......ああ、堕天時に改名したもんな。でもあいつは表はあったかいかもしれないが、裏は無慈悲で冷酷だぞ。......にしても、やっぱり裏であいつが糸ひいてやがったか......全く、天界にいた頃といい、堕天したあとといい、人様に迷惑しかかけん......」
そう言って自身が今居るビルよりも高いビルの方を見上げた。2人もでそちらを確認すると、霞がかってはいるが人の姿が見えた。帝亜羅の目は悪くはない、むしろ良い方なのだがそれでも霞んで見えるくらいに高低差がある。そのくらい高いビルの上に人が2人、聖火崎とガブリエルの戦闘の様子を確かに並んで見ていた。
そしてすぐに視線を戻したあと、ミカエルは呆れ返ったふうに頭を抱えまたすぐに聖火崎達の方を確認した。
「......奈都生帝亜羅、」
「え、は、はい......?」
唐突に名前を呼ばれ焦る帝亜羅を落ち着かせるような口調のままミカエルは続けた。
「さっきも言った通り、少なくとも俺はすぐにお前達のことを取って喰ったりはしない。が、」
「が......?」
「"枝"はやはり天界の所有物だ、いつか必ず取り返しに来る。だからそれまでに聖邪戦争を永久に終わらせとけ、そうベルに伝えておいてくれ。......と、そろそろ時間切れか、ガブリエルを回収して戻るとするか」
「わかりまし......ベル?」
聞きなれない名前の人物への伝言を受け取った帝亜羅は、流れ作業的に返事をしようとしてハッとした。......ベルって、誰......?聖火崎に後で聞けばいいか
「では、...... 《ゲート》」
フオンッ......
少し低い音が鳴ったかと思うと、同時に虹色の、円形の一般的にいう異空間のようなものが出現した。ミカエルはすぐにその円形のものの中に入り、直後に円形のものは姿を消した。......が、次は聖火崎と戦うガブリエルの後ろに出現した。
「......ほら、ガブリエル帰るぞ」
「え?ちょ、ミカエルさんまっ......」
フオンッ......
......という短い会話を交わしてガブリエルとミカエルは居なくなった。......なんか今日っごく疲れた......お腹すいたな〜、或斗さん今日の夕飯何作ってるのかな......
帝亜羅は頭の中でそう考えながらその場に座り込んだ。そこにフレアリカが駆け寄ってきて、帝亜羅に肩を預けてうつらうつらとし始めた。幼女にはフライを使うための神気の消費が、思ったよりこたえたようだ。
自身がフライで上がってきたビルに、同じような軌道をたどって下から誰かが上がってきていることも、この世の全ての出来事において帝亜羅はもう蚊帳の外で居たいと思ってしまうほどには疲労困憊だ。
スイーッ......ザリッ......
「......大丈夫だったかしら?」
颯爽と飛んでやってきたのは聖火崎だ。先程までの戦闘の名残か、身体中に切り傷や擦り傷、それに比例して服にも大量のほつれや傷が残っている。
そんな姿になりながらも帝亜羅達を心配する聖火崎に感銘を受けながらも、帝亜羅は答えた。
「......あ、大丈夫です。それより......」
すー、すー、すー......
「あー......寝ちゃったのね......まあ仕方がないわよね、ここまで飛んできたんだもの......」
「まあ、仕方ないですよね......」
未だ規則正しい寝息をたてながら眠る幼女の姿に、聖火崎と帝亜羅は癒されながらも家に帰るか、と重い体に鞭打ってゆっくり帰っていった。
......その頃、高いビルの上から今夜の出来事を全て見ていた2人組がいた。
「......聖弓勇者と女子高生が帰宅していきましたな、ついでに幼女も連れて」
「みたいだね......」
一応8大天使の一角である大天使·ウリエルと、現在は人間に身を落としている"7罪"に数えられる大悪魔の瑠凪だ。2人は先の戦闘とミカエル、帝亜羅、フレアリカの会話の様子や内容をずっと伺っていたのだ。
「まあ何事もなく終わったんならいいけど、見てるだけで疲れた......早く帰って寝たい......ウリエル、聖火崎の家まで送ってよ」
「いやいや、今夜は寝かせませんぞ?」
「......は?」
下で起こっていたことの様子をずっと観察して、いろんなことに考えを巡らせては記録する、という作業を繰り返していた瑠凪にももう、聖火崎達のように限界が近づいてきていた。目を閉じたら即熟睡してしまいそうなほどに。
その様子を横で見ていたウリエルは瑠凪の台詞にいい笑顔で返事した。......今夜は寝かせないぞ、とかなり清々しい、機嫌の良さそうな顔で答えたのだ。
「だから、今夜は寝かせませんぞと......」
「......はあ!?絶対やだよ眠いんだから僕今すぐ帰って寝たいんだけど!!」
そしてウリエルの返事の内容に瑠凪は反感を覚え、大声で反論した。が、ウリエルは聞く耳を持たず、そればかりか今回こそと瑠凪を丸め込むための口実を説明し始めた。
「いや、わざわざ他の住人達が外出や昼寝をしている機会を伺って迎えに行ったんですぞ?お礼の1つや2つ欲しいところなのですが、貴方様は天ノ弱なので言葉や態度ではお礼してくれないのですから、体で払ってもらいますぞ」
「いやどうしてそうなったんだよ!!確かに手間はかけさせたかもしれないけど、いくらなんでもそれは嫌だよ!!言葉で言って欲しいの!?なら言ってあげるから!、今日はありがとう、ウリエル!!はい、これでどう!?」
「......気持ちが籠ってませんなぁ......」
「......もー!!悪かった、な......?」
ドサッ......
「......相変わらず細いですなぁ、それに非力」
ビルの屋上の淵ギリギリの所で、ウリエルは瑠凪を押し倒した。その体制に暫し唖然としていた瑠凪は、はっと我に返って頬を一気に紅潮させた。
「......う、るさい!!いくら頑張っても非力なのは変わらないんだよ!!人が気にしてる事いちいち口にするなよ......ってか離せ!!」
「嫌ですぞ」
「殺されたいわけ!?いい加減離してよ!!」
「殺す手段もないくせに何言ってるんですかな......?まあ、貴方様に殺されるなら本望ですがな!」
またしてもいい笑顔で返事したウリエルは、そのままの表情で東京のビル群を見回し、とある建物を探した。
「うわきもちわるっ」
「とにかく、今日は一晩中寝かせませんからな!!......あ、あそこにいい場所が!!」
そして目的の建物を見つけて、そこから瑠凪を抱きかかえ立ち上がった。
「へ?あ、ちょっと待てって!!」
「嫌ですぞ〜、 《ポータルスピア》」
そこからポータルスピアで、瑠凪を抱きかかえたまますぐに飛んでいった。
2人が去ったあとの何かのビルの屋上には、秋分間近にて既に寒々しい木枯らしもどきが、ヒュウヒュウと吹き荒れていた。
──────────────To Be Continued───────────────
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