9話5Part 堕天使とユグドラシルの"果実"⑤



「おーおー!!まさか獲物が2つも同時に狩れるなんてね!さすがは"天軍の総帥"様の加護だ!」


「あれ!ちよあれ!!」


「......そう、あれがガブリエルね......」


「せ、聖火崎さん......」



 大声で叫びながら颯爽と現れたのは、天界の8大天使の1人、ガブリエル。その瞳は人情を宿していながら、道路脇で固まる3人を冷たく見つめていた。聖火崎はそのガブリエルの言葉に、若干額に汗を浮かべた。



「帝亜羅ちゃん下がってて......ねえ、"獲物"って何かしら?要件によっては8大天使だろうと撃ち抜くわよ」


「え?君は勇者だよね?なら知ってるはずだよ。人間界と、天界が仲が悪くなった所以をさ」


「......"枝"よね?」


「そーそー!分かってるなら話が早いや〜、なら返してくれる?」


「絶対嫌よ」



 ......宇宙樹·ユグドラシルの枝。天界の宇宙樹から何らかの事情により折れ落ちて、人間界に散った5つの枝。


 その5つの枝は人間界最高峰の武器職人達の手によって、5唯聖武器となった。聖剣リジル、聖槍ゲイボルグ、聖弓ミストルティン、聖盾アイギス、聖銃ケリュケイオンの5つ。


 その5つの武器は夜を覆う闇を討ち、悪の終焉を紡ぎ出すべく作られた武器で、実際に今までの聖邪戦争で歴代の勇者達に使用され、代々魔王軍の軍兵達や魔王を屠ってきた由緒正しい武器だ。



「へえ〜、なんで?だって"枝"は元々は僕ら天使の、天界の所有物だよ?それなのに8000年たっても返したくないだなんて、甚だおかしいと思わない?」



 ......でも実際は、天界の所有物である宇宙樹の枝を、地上の悪魔達を討つ為とはいえ、人間達が勝手に加工し使用しているのが事実だ。取り返しにこられても仕方がない。


 だがしかし、人間達は5唯聖武器があるからこそ魔王軍と対等に戦って、勝利することができていたのだ。それが無ければ、人間はたちまち悪魔に支配されてしまうだろう。そう頭の中で考えて、ガブリエルの願いを聖火崎は断った。



「人間が悪魔を根絶やしにして、もう2度と魔王軍の軍兵共に殺される人がこの世にいない、勇者という存在が不要な世界になるまでは、返せないわ。それに第一、2つって何よ、私は1つしか、聖弓しか持ってないわよ」



 そう聖火崎はガブリエルに睨みながら言い放った。がしかし、聖弓勇者の鋭い眼光に一切怯む様子など見せず、空中に飛んだまま3人を見下している。時折はらはらと舞い落ちる美麗な天使の羽が、今の聖火崎には酷く憎いものを寄せ集めた造形物にしか見えなかった。



「あれ2つなんだけど、君には分からなかった?その子、1個持ってるよ」



 そう言って聖火崎の後ろを指さすガブリエル。帝亜羅ちゃんの方ではなく、もう1人の方を。......フレアリカだ。



「......は?」


「だーかーらぁ、その子、1個持ってるの。聖銃ケリュケイオンを」


「......冗談言わないでくれる?こんな幼子が5唯聖武器の一端の、聖銃なんて持ってるはずがないじゃない」


「いやでも実際持ってるし。あ、でもその"果実"が聖銃と融合したとかそーいうのじゃなくて、"果実"に寄生されてるその1回死んだ女の子が持ってたみたい」


「......はあ!?」



 ......目の前の天使曰く、"フレアリカ"という"果実"に寄生されてる幼女自体が、元々持っていたらしい。たまたま、ほんとにたまたまその聖銃を持っている幼女の死体に寄生してしまった。


 そのため、他の"果実"もたまに起こす寄生とは違い、体の腐敗も起きず、本当に、元々そこにあったかのように、綺麗に心臓と入れ替わってしまったらしい。そこがフレアリカと他の"果実"との相違点。



「とにかく、返して欲しいんだ!!応じてくれないなら......強行突破するよ?」


「......やれるものならやってみなさいよ、私は全力で抵抗するけど」


「......おー、ほんとにいい威勢......なら、こっちも本気でいっても大丈夫そうだね!......真なる正義を貫き通す者よ、汝はそれを、迷える人々に伝えしと望むか?ならば我が聖なる力の一端、汝に貸したもう......!!」



 ガブリエルが詠唱を唱えたと同時に、天使の右手に刀が顕現した。真っ白の刀身に、金色の花が散りばめられている。綺麗な刀だ。



「なっ、はじめから詠唱を......?」


「これでこっちは本気だよ?"枝"2本を相手にするんだから、このくらいがフェアでしょ」


「ちよ!きをつけて!!あのかたな、すっごくつよい!!」


「聖火崎さん、私になにかできることはありますか......?」



 ガブリエルの詠唱を唱えるタイミングに驚く聖火崎に、後ろの2人が声をかけた。フレアリカは刀を見つめ、小さく震えている。そして帝亜羅は聖火崎の返答を待った。



「......フレアリカと離れてて。......あと、これを持っていてくれる?」



 返答を受けて歩いていこうとする帝亜羅に、聖火崎は小さな石を渡した。......紫色の、小さな石。それを見つめたあとぎゅっと握りしめ、帝亜羅はフレアリカに視線を移した。



「わかりました。フレアリカちゃん、いくよ」


「あい!......ちよ?」



 フレアリカは帝亜羅に手を引かれながら、目に心配の表情を浮かべながら、聖火崎に視線を向けた。その表情を汲み取った聖火崎は、2人にそっと声をかけ返した。



「大丈夫よ。私は、フレアリカと帝亜羅ちゃんと一緒に家に帰るんだもの。ね?」


「うん!!」


「離れて見てますね、頑張ってください!」


「ええ。......ガブリエル、"枝"は渡さないわ!!」


「ほぉー、やっぱさっきと変わらず威勢が良いね!」


「そっちが強行突破するのなら、こっちも強行手段で守るわよ。全力でいくわ。......我が聖弓に宿りし鳳凰よ。汝の偉大なる、人々を悪夢に誘い擾乱せし者共を討ち貫く力よ、今、ここに顕現せよ!!」



 ......聖火崎も聖弓を構え、互いが臨戦体制だ。東京という大都会から隔離された空間で、間接的ながら下界の人間の命運をかけた戦闘が始まろうとしていた。



「......来なさい、ガブリエル!!」


「望むところだ、聖弓勇者!!」



 ヒュッ、キィンッ!!ガッ、



 聖弓から放たれた聖矢と、ガブリエルの持つ白刀が高く鋭い音をたててぶつかり合っている。激しい戦闘だ。



「ほっ、意外と耐えるみたいだねっ!!」



 ヒュンッ、ガッ!スパッ、キィィン!!



「そっちこそ、神気はまだ残ってるのかしらっ!!」



 ガガガガガガッ!!スパッ、スッ、ガラガラガラ......ガッ!



 聖火崎にしては珍しく計画性のない、雑な攻撃を繰り返す。かといって防御を忘れているわけでもないのだが、遠くから見つめる帝亜羅の目には、聖火崎の普段と違う様子が不安を掻き立てる要因にしかならなかった。......聖火崎さん、いつもと違う。いつもはもっと、考えて行動してるのに......


 そう、帝亜羅の不安を掻き立てるくらいに聖火崎の行動には計画性が無いのだ。それほどまでに焦っているのか、感情的になりすぎているのか。



「 《ウィンドアロー》、 《フレイムアロー》!!......2連続技ありなら、あなたにも効くかしら?」



 ヒュンッ、ヒュンヒュンッ!!



「......甘い!天界高位流剣技 《空間斬撃》、 《空間波動》!!」



 スパッ、ザンッ!!......バラバラ......



「ちっ」



帝亜羅が考察する合間にも2人の戦闘は続く。......自分はここで見ているだけでいいのだろうか。


 思えば、堺市役所の屋上の時も確かに逆上はしていたのだが、どこか計画性の感じられる攻撃をしていた。共闘していた瑠凪と翠川に指示を出しながら戦ったり、不意打ちしたり等だ。


 ......ただ今は、ガブリエルに向かってただ連続して聖矢を放っては、相手からの攻撃を防ぐ、という行為を繰り返している。日本の女子高生である帝亜羅に下界の人間の平均体力量、ましてや勇者の体力までは分からないが、このままでは聖火崎の体力がいつか尽きてしまうのでは、と不安に思った。


 ......そして帝亜羅の想像したことは、現実になった。



「そぉ、らよ!!」



 ガッ、ザクッ!!ポタ、ポタポタ......



「っ!!聖火崎さんっ!!」


「ちよどしたの!?」



 ......聖火崎の首元にガブリエルの白刀が襲いかかった。鈍い衝突音が響き、鮮血が滴り落ちる。聖火崎の動きが一瞬鈍くなった隙をついて聖弓を弾き飛ばし、防ぐものがなくなった所で即時に刺したのだろう。


 その光景を目の当たりにしそうになった帝亜羅は目に涙を浮かべ、視界が涙で滲んだ。



「聖火崎さんっ!!!あ、あああ......」


「てぃあら!ちよどうなったの?」


 ドサッ



 そんな......



 帝亜羅はガクッと力を失い、地面に崩れ落ちた。泣き叫びたいのを幼女の前だと思い出しぐっと堪えて、幼女の手を握り、震える手を落ち着かせるように優しく撫でた。



「ふ、フレアリカ、ちゃん、こ、こっちにおいで......?」


「ちよ!ちよ!!」



 未だ名を呼び続ける幼女を自身で抱き抱え、力の入らない足で必死に踏ん張って立とうとしたが、上手く立ち上がれない。それがパニックをさらに加速させ、帝亜羅は不安と恐怖で目をぎゅっと瞑って、幼女を抱く手に力を入れた。



 ......刹那、聖火崎の首を切ったはずのガブリエルが声を上げた。



「なっ、は......?」


「......?」



 帝亜羅もその声に反応し、ゆっくり瞼を開けると......



「......我が聖剣に宿りし青龍よ。汝の偉大なる御力の一端を、我に貸し給え」


「せ、聖火崎さん!?」



 聖火崎は片手に蒼く光る剣を持ち、それでガブリエルの白刀を受け止めていた。



「ちよ!!」


「それっ!!」


 ザクッ、


「つっ!、いって..」



 聖火崎の右手に顕現したのは聖剣·リジル。その蒼き剣身が、ガブリエルの持つ白刀の刀先をいとも容易く、しかしギリギリで凌いだ。


 そして直後にガブリエルが驚きのあまり唖然としていた隙を突き返したのだ。先程の借りを返すみたいに。聖剣の剣先は見事にガブリエルの肩口を切りつけた。1部の血は地面に滴り落ち、残りの血は天使の纏っている服に染み広がっていった。



「せ、聖剣リジル!?なんで、君が持ってるのは聖弓だけのはずだろう!?」


「誰がそんなこと言ったのかしら?」



 ぐ、ぐぐ......キィンッ......



「ま、まさか、初めからずっと隠し持っていたと?」


「ええ、そうよ......だからあなたが獲物が"2つ"って言った時、ちょっと焦ったのよね......天使が"枝"を探してるのは知ってたから」


「ば、馬鹿な......じゃあどうやって、僕の感知能力に引っかからないようにしたんだ......?」


「あら、結構簡単だったわよ?帝亜羅ちゃん渡したあの小石......ヴァッフェ·フェアベルゲンっていって、人間界では各5唯聖武器に1個ずつ付けてあるのよ」



 ガブリエルは先程自分が弾いた聖弓の藤頭の部分を見た。......たしかに先程聖火崎が帝亜羅に渡していた小石と同じものが嵌っている。



「だから......?」


「離れすぎなければ、ありとあらゆる感知能力や感知スキルから隠してくれる、便利な小石よ。そして、その小石を何らかの神気を持つ物の半径1mくらいまで近づければ、隠蔽スキルが発動するってわけ。私が持ってるのじゃ、さっきみたいに聖弓を弾かれたりしたらバレるでしょ?」


「......?はっ、まさかっ!」



 そしてその次に、フレアリカの方に視線を移した。幼女の心臓には、現在神気を溜め込んだ"果実"が埋まっている。......そういうことか。


 5唯聖武器にそれぞれ埋まっているあの小石は、仮にペアとなっている5唯聖武器から離れたとしても問題は無く、隠蔽スキルも普通に発動する。


 ただ聖火崎が言った"離れすぎなければ"というのは、ペアになっている5唯聖武器と、ではなく隠蔽スキル発動のトリガーとなる、それ以外の5唯聖武器、または神気を持つ物と小石が離れすぎなければ発動するのだ。



 例を挙げて説明すると、聖剣とペアの小石が聖剣からかなり離れても、他の神気を持つ物と半径1mくらいまで近づいていれば隠蔽スキルは発動する。


 ただ、聖剣とペアの小石が聖剣の近くにあっても、聖剣以外の神気を持つ物が近くになければ発動しないのだ。



 そのために、聖剣とペアになっている小石を他の"神気を持つ物"であるフレアリカの近くに置いておくために、帝亜羅に渡したのだ。フレアリカだと落としかねないから。



「それに、弓使いVS刀使いだったら、この距離だと刀使いの方が圧倒的に有利だもの。」


「ちっ、無駄に頭の切れる......」


「まあね......頭が切れないとああやってあなたの不意を突くことも出来なかったでしょうし、ねっ!!」



 ガキィィン!!



「あーもー、さっさと終わらせないとなのに......」



 そう言ってガブリエルは近くのビルの屋上辺りをちらっと見やった。その動きが気になったのかフレアリカもおなじところを見上げた。そしてその直後に大きな声を出して叫び始めた。



「てぃあら!!あそこ!!いる!!」


「え?あ、あそこ......?」



 フレアリカが小さな手で必死に指さす先に帝亜羅も視線をやって、同じように指さしてここ?と聞き、幼女がしっかりと首を縦に振ったのを確認して話を続けた。



「フレアリカちゃん、いるって、なにが?」


「みかえる!!」




 ──────────────to be continued───────────────




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