9話2Part 堕天使とユグドラシルの"果実"②

 


「あのお店......行ってみたいです!!」


「あるきゅんテンション高い......」


「或斗ー!!あんまり走るとはぐれ......あっ!見失った!!やっぱスクランブル交差点は、先先行かれるときつい......」



 渋谷スクランブル交差点。東京といえばここ!という場所のひとつであろう。昼夜問わずたくさんの人でひしめき合う交差点。


 下界の大都会·ラグナロクの方が住民はかなり多いのだが、如何せん人口密度が高いため、一見ラグナロクより人が多いと勘違いしてしまい、そして人が多いところにはなぜかわくわくしてしまう。下界の大悪魔とてそれは同じのようで。



 瑠凪とその従者2人での渋谷散策が、スクランブル交差点に差し掛かった頃には或斗のテンションが測定不可能なほどまで上がっていた。その結果、信号が青を指し示すと同時に、向かいのビル群の中の店に狙いを定め、一目散に走って行った。


 人混みの中に1度紛れ込んでしまった人物を探すのは容易ではない。それは日本人の中には滅多に居ない、薄紫色の髪をした青年·或斗であろうと、変わりはなかった。


 確かに明るくて目立ち、おまけに他には居ないという点で見つけるための目印にはなれど、人混みの中の或斗の元に辿り着くには、そもそも見つけること自体が、やはり容易ではないことに変わりはなかった。


 上記のことを踏まえ、残された瑠凪と太鳳は探すこと自体をしようとせず、ただ或斗のMINEに一言、"4時には帰ってこい"とだけメッセージを残し、2人で散策を再開した。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ふう〜、沢山買い物した!!これで主様も暫くは退屈しないだろう!」



 数十分後、或斗が店から袋を山ほど抱え、満足気に出てきた。袋の中身はほとんどがお菓子と漫画、それから食材である。



「あとは......聖火崎から頼まれた、リンゴカード......?なんだそれ、聞いてまた後日買えばいいか......でもお金は預かってきたし......」



 朝、人伝に聖火崎から頼まれた、"リンゴカード"というものの買い物に難航していた。リンゴカードとは、いつぞやの襲撃の時に、瑠凪が聖火崎に買えと頼んだ、iTumesカードの事だ。しかし"リンゴカード"を買えと聖火崎言ったものだから、或斗にもそのまま"リンゴカード"を買ってこいと伝わったのだ。


 そんなこととは露知らない或斗は、とりあえず買うのを諦めた。



 ......スマホのデジタル時計は現在、午後2時半を示している。帰宅しないといけない時刻は、もう少し先だ。渋谷から中目黒まで歩いて帰ると、30分で帰宅できる。そうすると時間が余る、せっかくだから代官山経由で帰ろうと踵を廻らして、歩を進めた。



「......にしても、人が多いな。裏通り......」



 途中、流石に人の多さに疲れてきた或斗は、裏通りを覗き込んだ。


 人が少なく、日光の当たりづらい薄暗い空間。どこも楽しさや希望(田舎から出てくる人や観光客の)に溢れる東京の、"暗い部分"を詰め込んだビルとビルとの隙間にある、少し広めの暗い空間。パンドラの箱のようだ、と或斗は思った。



 そして、その中へと先程同様に歩みを進めていった。日本の人間なら、治外法権の巣窟であるかもしれない裏通りには、足を踏み入れるのは避けたいだろう。いくら人が少なく、通りやすいとしても。


 しかし、或斗は悪魔だ。それも大が着く、地獄の大公爵の1人である。下界の人間よりも非力で、神気で術を使ってきたり攻撃してきたりしない、無害な人間。それが或斗から見た日本の人間だ。つまり、全く怖くはない。



 ポタ、ポタ、ポタ......バシャバシャバシャ、



「オラァ!!兄ちゃん、誰の許可もらって俺達の領域に入ってきてやがる!!」


「不法侵入だよなぁ、これ......兄ちゃん、金出すなら命だけは取らねえよ?どうするんだ?あぁん!?」



 そして案の定、治外法権の主の、手下であろう2人組が、或斗に絡んできた。



「......む、何だ。ギャングか?」


「おお?兄ちゃんよく分かってんなぁ......」


「でも、ギャングの怖さを知らねえなぁ?なら、俺達がその身に叩き込んでやるよォ!!」



 そう言って、或斗に向かって鉄パイプを振り下ろした。......しかし、先程も言った通り或斗は下界の大悪魔だ。だから、日本の人間風情が本気でパイプを振り下ろしたのをいなすのは、赤子の手をひねる程度には簡単だ。



 ザッ、ブォンッ......サッ......



「......は、」


「何だ、先程までの威勢に似合わず、威力は低いのだな」


「っき、貴様!!」


「い、1発避けた程度で調子に乗るなぁ!!」



 ブォンッ、ブォンッ、ガッ、



 鈍い衝突音。しかしそれは、或斗が殴られた音ではなく、武器である鉄パイプを掌で受け止めた音である。本気で振り下ろされた鉄パイプを、素手で受け取っておいてもなお、掌には傷ひとつついていない。そして......



 バッ、グルンッ......ドサッ、ドサッ



 ギャングの男2人は、いとも簡単に地面に頭をつけた。......弱い。男達にとってはかなりダサい構図だ。2人とも足なり腰なりの体のどこかしらを抑えて、



「......っち、ちくしょー!!覚えてろよ!!」


「ぜってえ痛い目見せてやるからな!!覚悟しとけ!!」



 やられ悪役に相応しい、ありきたりな台詞を吐いて逃げていった。或斗としてはその道をただ通りたかっただけなので、とんだ迷惑だ。時間も無駄な会話のせいで、10分ほど使ってしまった。あーもったいない。


 そう思ってまた歩みを進め、結局代官山の中でも数店舗しか見て回れなかった。




  ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「おー!或斗!!ここで合流するとはww」



 ......中目黒駅。中目黒の中でも祐天寺方面にある聖火崎宅まで、あと少し。といった所で、瑠凪と太鳳と合流した。夕方になっても相変わらず人の多さは変わらない。



「それじゃ、一緒に帰ろうかあるきゅ「あうたろと!」


「......?」



 ......ふと、都会の賑やかさに紛れて聞こえにくかったが、確かに今、小さな少女......幼女の声のようなものが聞こえた。3人が3人、周りを見渡してみたが、声を発した人物はわからなかった。



「ん?」


「今、なんか聞こえましたたね」


「あうたろと!!」


「......ねえ、あの子じゃない?」



 ......が、行き交う群衆の中から、1人の女の子がてくてくと歩いてきた。揺れる度に煌めくセピア色の髪が、幼女の印象を色濃く目に焼き付けた......淡い、それでいてその場にしっかり存在している。


 そして幼女の黄色の瞳に、太鳳と或斗、そして瑠凪も身構えた。黄色の瞳は、天使の証。ただ、幼女からは神気反応は確かに感知できたるのだが、どうも天使ではない。野生の勘と言うやつであろうか。



「......てかあるきゅん、るったん......"あうたろと"って......もしかしてアスタロト?」


「わからんな......確証はないし、決めつけるのはまだ早いだろう......」



 ただ、幼女の発した"あうたろと"なる言葉?と、群衆から出てきてからは、その言葉を発する時に或斗を指さして言っていた。だから或斗のことを指す言葉であることは確定だろう。


 "あうたろと"なる言葉も気になる。幼女なら上手く喋れないとかで、変な発音になってしまっているのかもしれない。だとしたら、或斗を指して言っていたことと、そして"あうたろと"なる言葉はアスタロトの音に似ている。実際、或斗の正体は堕天使であり大悪魔アスタロトだから、間違いではない。


 ......そして何より、天使特有の"黄色の瞳"。偶然瞳の色が黄色、という事もあるかもしれないのだが、"神気反応が確かに感知できた"事が、ただの幼女ではないことを示すもっともな証拠だ。



 幼女が声を発してからの数分間で、上記の考察が瑠凪達3人の頭の中て組上がった。が、やはりまだ幼女の正体を決めあぐねていた。 頭の中の考察はあくまで仮定、所詮は机上の空論だからだ。


 ......何か、確証があれば......そう頭の中で考えた時だった。



「あうたろと!......あ!るしふぇる!!」


「げっ、」



 幼女が瑠凪の、ルシファーの旧名を呼んだ。




 ───────────────To Be Continued──────────────




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る