第108話 ノーティス・ヴァンドレッド。

「な……っ!? どうやってお前魔法を……っ!? 確かノーティスとか言うっ!」


「そうだよ、君たち。私はノーティス。君たちが興味ある、男装の女……さ」


突然のノーティスの侵入。


それに男達が一斉に立ち上がった。



「おぉ……。すげっ」


ノーティスは上半身を裸にし、胸をはだけさせている。


その肩にかけた黒いサスペンダーが胸に遠慮し、外郭の柔肉に隠れてとても――男の性欲を掻き立てる姿で、笑っていたのだ。



「その子を放してくれないかな? そうすれば私が代わりに相手してあげるよ」


外界と部屋とを分かつ境界で、男達を誘うノーティス。


胸を際立たせて、ペロリと舌を出す。


「お……おぉっ!? まじか……っ」



「……っ!? な、なんだよお前っ!」


ヨシュアが叫ぶ。


自分を愛していた男があっさりと、ノーティスになびいたのだ。


その顔は嫌悪とそして、汚物を見るような目になっている。


しかしヴィエッタも同じく、その姿に嫌悪を示した。



「そっ……その人はダメっ! やるなら……犯すなら私をっ!」


「……。ヴィエッタ。君はまだそんな事を。今の現状を見たまえよ。もうどちらかしか助からないだろう。だったら君は正しい選択を……」


きぃ……バタンっ!


「へへ……。じゃあ早くやろうぜ、お前っ! おらっ、早く股開けよっ!」


扉を閉めてからガッシリとノーティスの肩を掴み、床に引きずり倒す男。



「ほら……ね。ふふっ。でも待ちなさい、君。約束はどうした?」


ノーティスは笑って、比較的大きな胸と、そのピンクの先端に興奮して男が揉みしだく様を見ている。


男の目は興奮に囚われ、ノーティスの言葉を聞きそうにもなかった。



「はぁ? 俺は約束を守ってやるよ、ただ俺以外は知らないってだけで、さ。これは交渉だぜ? しかも俺ら全員と、お前一人だけのなっ! お前は全員を納得させて初めて、あのお姫様を助けれるんだよっ!」


笑うノーティスに言葉を吐き捨て、男は乱暴にノーティスのズボンをずらした。


そしてすぐにパンツに……。



「それはおかしいな貴族様。相手が1人であろうが、交渉内容は変わらないよ。君達全員があのお姫様を逃す。それが、私の体という褒賞を受け取る事の条件なハズだ。そんな交渉では平民は騙せても、貴族相手だと馬鹿にされる事になるよ。君は減点ねっ」


「あぁ!? ブツブツ何言ってんだっ!どうでも良いよっ。じゃあ早速……っ!」


「駄目ですよ、モーナッ。こんな事をしては」


その瞬間、今にもノーティスを犯そうとした男の眼が揺らぎ――混乱した。



「うっ!? 何故母様が……。げっ……幻惑かっ! いつの間にそんな……クソっ!? 我が目、見据えるは神の愛……」


男が焦った声を上げ、体を光らせた。


必死にディスペルを唱え始める……が。


「本当に困った子。大体昔から女性には乱暴でしたね、モーナ。そんな事をしているから、アマルィに逃げられてしまったのですよっ。あなたは何時だって、掃除が大変だと知っていて、寝床で小鳥を放してしまうから……侍女のアマルィが困るのです」



「アマルィの話は……。その話はやめろっ!?」


モーナと呼ばれた男が震え、目を見開く。


その震える男をゆっくりと押しのけ、言い聞かす様に男の手を取るノーティス・ヴァンドレッド。



「そんなにアマルィが好きなのかしら。やり過ぎてアマルィが困り果て、泣いて逃げ出してしまったんでしょうに。そのあとすぐにヤケを起こして娼婦の宿へ行くなどと、あなたは全く嘆かわしい。しかも娼館であなた、アマルィと出会ってしまったのでしょう? 彼女の……」


「やめろと言ってんだろっ! そんな話をなぜ知ってるっ!? 本当のお母様だとでも……っ!? いやまて、そんな馬鹿なっ! お母様さえ知らないハズの……。でもお母様がもし知っていたら、あの事もっ!? そんな訳……が。でもまさかここに来させたのは……」


怒鳴り散らし、ノーティスから逃げだした男。


一人ブツブツと言葉を漏らし、目を右往左往させる男には錯乱の兆候が見え始める。


しかしそれは、このモーナだけではない。



「ど……どうしたよっ!? しっかりしろよっ! アイツはノーティスだっ。間違いなくノーティスっ! お前以外はしっかりノーティスが見えてるっ! アイツが使ってるのはなんだっ!? これが幻術な訳が……っ」


動揺しているのはこの部屋の全員だ。


「こんなの……っ!? 誰か一人だけに幻術かけるなんて……聞いた事ねえっ! そんな超高度な魔術なかったハズっ!」


「じゃあ奴は一体なんだっ!? まさか神の仕手っ!? それともモンスターかっ!? ああ、高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。我らをお守りくださいっ!」



「おいてめぇっ!今すぐやめろよノーティスっ。さもなければ……っ」


今までヴィエッタで楽しんでいた男がやおら、ナイフを取り出すっ!


そして体が光り出し……。



「ふふっ。さてさて、ね。所で君の家。ホルプメキンズ家が大変だって知っていた? 実は君の母親が、ね。そう……病なんだよ。それなのに父親ときたら、夜な夜な従者と密会三昧っ。早く帰ってあげないと心の変調をきたして、母親がどうなっても知らないぞ?」


「な……っ!?だがビビらせようったって、そうはいかねえっ! そんな事、そんな話がある訳がっ。手紙はしっかりとお母様からも送られてきているっ。そこには息災だと書いてあったっ!」


汗を流し、男が震えたナイフでノーティスが威嚇するっ!


だがその眼に滲む、焦り。



「そんな筈はないねぇ。それは本当に、お母様の字だったかい? 君は少しの異変に気付いたハズだ。例えばそう……いつも父と母の連名だった物が片方、書かれていなかったりとか、さ。そう言えばこの話にも、さっきの男と同じように従者が出てくるんだよ?」


笑うノーティス。


その薄気味悪い笑みに、男達が震えて後ずさる。



「君のあのマーニガ。売女の事をよく、覚えているハズ。アレがその原因なのさ。君も一度火遊びして、楽しんだろう? あの女だよ。君に手を出して来たあの後、あの娼婦は君の父親に怒られてね。だから君は相手にされなくなったんだよ、可哀そうに。不公平だと思わないかい?」


「あぁ……まさかっ!? やめろ……っ!」


「その後もずっと君のお父さんは、君が童貞を捧げた……。いや、ふふっ。まぁ率直に言って君は、父親の手垢まみれの女が初めてだった訳だ。可哀そうだが君は、君のお父さんが端から端まで楽しんだあの女を、共用していたのさ。そして君から女を取り上げた後のお父さんはすごいよぉ? ほら、お尻にホクロがあったろ? それを……」


「……。ぶぇっ!?」


話の途中、ノーティスの言葉を想像し、耐え切れなくなった男が嘔吐物を吐き出す。


その姿に同級の者達が青い顔で、逃げ惑ったっ!



「……。さてと、私のヴィエッタを放す気になったかな? 君たち」


笑うノーティス。




「じゃあ頼みますよ、御車さん」


「へ……へぇ。しかしこんな夜中に大丈夫ですかい? 本当に」


獣が活発に動くその暗闇。


夜が支配する学び舎の門の前には、馬車が止められていた。


馬車の客室にはあの、ヴィエッタを暴行した男たち3人。


虚ろな目でどこかを見ている。



「大丈夫さ。それに君は今、お金を使い込んでしまって大変なんだろう? 少しでもお金稼がないと。その為にお代ははずんだじゃないか」


「まっ、まぁそうですが……」


怪訝な顔で、辺りに御車が眼を這わす。


目の前にはランプの炎に揺られ、笑うノーティスの顔。


彼女は整った髪と服だが、なぜか男装をしていた。


しかも薄気味悪い事に、こちらの事情にも精通している。



「あぁ……ヴィエッタ。そこのランタンを取り付けておいてくれ。それは……そう、魔物避けだ。御車さん、今特注の魔物避けを取り付けさせてるから大丈夫さ。嘘じゃない」


「……」


闇から出てこない向こうには、何か沈んだ面持ちの少女。


生白く、虚ろで疲れたような顔の、若すぎる少女。


その服は少し乱れ、汚れている。



「全く困ったもんだ。こんな事が知られたら、家名に傷がつく」


ぼそりっとノーティスがつぶやいた。


「……」


薄気味悪い2人の姿に、御車が荷物の男達を見やった。



「……。私が取り付けようか、ヴィエッタ。聡明な君にはそれは、荷が重すぎると言うのならば」


その言葉にビクリ……と跳ねるヴィエッタ。


「……」


「大丈夫さ、君が戦わなかったせいで……。そう、君が正しい選択をできなかったから、私をピンチに陥れた事を怒っちゃいない。君はこの夜の事を忘れ、そのまま貴族として美しい遍歴を全うすれば良いのさ。そう私が尽力しよう」


「……」


目を落とし、応えないヴィエッタ。



「さぁ、レディ。 私の名前を呼んで、頼めば良い。私への初めての依頼を出しておくれよ。この夜の出来事が、私と君の絆になると示してくれ……」


そう言ってノーティスは、ヴィエッタの顔に唇を近づけた。



「薄気味わりいガキ共だ。女同士で何を……」


御車が汗をぬぐって目を逸らした。


そしてしばしの沈黙の後。



「……。間違いなくわたくしが」


そう言ってヴィエッタはうつむき、下を見る。


そしてその、魔よけの香をしっかりと、とりつけた。



「そうか。では出してくれ……」


「……ハッ!」


御車が叫ぶとガラガラと音を立て、馬車が走っていく。


そして……ドンドンと馬車は遠くなっていった。


しばし、ノーティス達の目線から消える場所にたどり着く馬車。


ランプの照らす明かりが見えなくなり……ノーティスが笑った。



「馬鹿だなぁ、ふふっ。私がモンスターなんて野蛮な物を使うとでも? 貴族の子弟が通う学び舎は……そう、有能な騎士団も近くに詰めて居るんだ。その近くでモンスターの呼び寄せなんて愚行を犯すハズ、ないじゃないか。くくっ」



ガララっ!



……。



ガシャッ!



「……」


「少し……君の腕が悪かったみたいだな。こんな急こう配でモンスターに怯えて、ネジが外れそうな馬車なんて物で、スピードを出してしまうとは、ね。崖に自分から飛び込むようなものさ、なんて愚かな」


「ふふっ」


笑う2人。


彼らは何を勘違いをし、その特注の……とても効能が高いモンスター避けを外したのだろうか?


5名もの命を奪ったその事故はいまだ、謎は残っている。


2人しか知らない謎。



「あぁ~……。ふふっ。それでどうする? あとのゴミを、さ」


伸びをし、ヴィエッタに聞くノーティス。


「依頼して……よろしいですか? お仕事がどうしても欲しいのでしょう」


……。

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