第105話 交渉。

「あぁっ!? アンっ。あぁっ!?」


乱れるブラウンの髪。


そして、濡れるぼそる裸体。


激しく切なそうな声を上げ、極上の白い肌の持ち主がベッドの上であえぎ続けている。



「クッ……っ!? うぅ。すごいではないかっ!? ぐっ……」


相手の、明らかに年齢が釣り合わないジジイ。


その爺さんが激しいピストン運動で、まだ若く美しい少女をせめ立て続けている。


だが、もう2人とも限界か。



「あぁ……どうぞ、ロベルト・ヘングマン様っ! そのまま……中にぃっ!?」


「うぅ……っ! グッ!? ぐうぅ……」


彼女の言葉と同時。


必死に腰を振っていた老人。


齢60は超えた白髪の男性がワナワナと、体を震えさせながらヨダレを垂らす。



「ふぅ……ふぅ。さすがですわね、ロベルト・ヘングマン様。はぁはぁ……。ふふっ。もうわたくし、立てませんわ」


「はぁはぁ……君は噂以上だ。レディ、ヴィエッタ。これ程の逸材とは、なぁ」


そう言って満足そうに、小さめの胸をゆっくりと揉みしだく御老体。


お互いに先ほどの感覚を楽しむように、相手の裸体を指でなぞっている。


すると……。



「それ、で。レディ。なんの御用かな? まさかあの有名な淑女。王家に先んじて神の領域へと足を踏み入れし、血濡れの女帝。それが遊興まがいの性交なぞを楽しみに来たわけではあるまいに」


御老体は薄ら笑って、ヴィエッタの中から自分のモノを引き抜き、寝そべる美しい彼女の顔を覗き込む。


「血濡れとは……。物騒ですわね。わたくしは別にそのようなアザナを拝されるような事は、何もしておりませんわよ。ただお義母様がお父様を害したのは、事実ですが。一時とはいえ我がニヴラドの血筋に名を連ねた女。その凶行を持ってわたくし自身を陥れるなんて、ご容赦なさっていただけません?」


「ふん……何を女狐め。我らの諜報の力、甘く見るなよ娘。我らは貴女が、元々は王家騎士団が有する『靴』。アレを奪った女をかくまっている、というのを序の口とし。シャルドネ廷での話も大体の目算がついておるわ。相当に狡猾で……。そして、手の込んだことをしたようじゃが、な」


「……」


ヘングマンの言葉に笑う、レディ・ヴィエッタ。



……。



時間が止まる。


彼女は馬鹿ではない。


相手の力量への値踏み。


老体が示した諜報の力では、まだ不足なのだ。


そのまま話を進める愚直を拒む、無言。


しかし……。



「それにレディのその力もすでに、こちらは把握済みだよ。ヨシュア……か。どうだ、良く働くか? おぬしの兄は」


「……っ!?」


その言葉には一気にヴィエッタが反応してしまう。


しかし、ヴィエッタの反応振りを歯牙にもかけない老人。


彼はゆっくりと裸のヴィエッタをさすり、そして、胸の突起をもてあそぶ。



「まぁしかし、まだ分からぬ事がある。一度じっくりと聞きたかったのだ。あの、素性の分からぬ〝男″との、その接点について、な」


すると突然声を……。


部屋に響かせるように、ヴィエッタが言葉を放った。



「あらあらぁ、そうですか? 残念ですわぁっ! わたくしはこの世界最強の諜報部をアテにしてきたと言うのにっ。案外だらしのない話ですこ……と」


「ふふ……」


笑う老人。


どうやら聞かせる相手は別にも居たようだ。


「この国が頭を鋼に食われてもなおも、最強の一角であり続けた理由。それはこの諜報力の存在。それが明確であったからなのに。ふふっ。もう少し予算を裂いてみてはいかがしら? まぁ最も、そのお金は出てこないでしょうが、ねぇ?」


ニヤリと笑い、自分の胸の突起をもてあそぶ指をはじく様に、体位を変えた彼女。


そしてヴィエッタはヘングマンからそっぽを向く。



「……」


「それで当然、クラインとの接点は調べられたのですよね?」


顔も見ずに、ヴィエッタが後ろの男性に聞く。


「当然だ。そして見つけたよ、クライン王家とのつながりを……な」


「それ……で?」


ヘングマンの声にゆっくりと、半顔だけを返すヴィエッタ。



「そこでいつもプツリと、情報が途切れる。奴がどうやって国の中心に入ったのか。そして、実際はどの国に属しているのかも、な。分かってはいない。ただ一つ言える事は……」


「言える事は?」


「奴の作り出す兵器は、人知を超えておる。と言ったところか。我らのあのジーガが早急に、そして、唐突に世代が変わった理由も奴だ」


そう言葉にし、老人がニヤ、と笑った。



「アイク・シー……」


「それで? 情報の交換材料としては何を差し出してくれるつもりだ、小娘よ。よもや、聖地でも差し出すとでも?」


その言葉を聞くとすぐさま、白の清潔なシーツを踏みつけ、極上の白い肌が躍動したっ!



「ええっ、その通りですわ。さすがですっ! このわたくしが所有する聖地の管理権を、あなた方っ! 王党派へとお譲りします」


アグラをかいて座る老体に一気に近づき、顔を覗き込むヴィエッタ。


「……っ!?」


その言葉にはかくも老いた男でさえも、驚きを禁じ得なかったっ!


この世界に4柱しかない、至高の存在。


全ての命の水。そしてあまつさえ、人類の心さえもを支える大黒柱たる支柱。


それを今彼女は、あっさりと売り渡そうと言うのだ。



「その代わり、わたくしに聖地周辺の警備。及び、出入国管理を任せてもらえますかしら?」


「……」


ヴィエッタの言葉に、ロベルト・ヘングマンがうなる。


「それはつまり……。王であるわしらに税をかける。と言いたいのか? 一切の接収物から資材まで。そちらが包囲しそして管理する、と。当然仔細についてはこちらの交渉には応じていただけるのだろうな? 一方的ならば話はココで終いだ」


「どうでしょうね?」


意地悪く笑う聖女。



「ふふっ……。なかなか、なかなかか……。なるほど。しかしあまりにそれでは、交換条件としては不公平。そちらが払い過ぎているきらいがあるな。他に、は?」


仔細交渉を無視して交渉に応じてもなお、聖地の取得権益は大きい。


いや、大きすぎた。


ロベルト・ヘングマンが笑う。


「ええ。それはまた、後々に」


「それでは交渉にならない。期日を定めない取引であるならそれは、応える余地がないのと同じ。代価はその日に払うのが、我らのしきたりでね」


政治的な場での取引はいわば、先物取引だ。


順次交渉としてしまえば、取引内容の解釈変更が可能になり、戦争の火種になりかねない。


あまり応じる物ではない取引となる。



「いえ……それほど大層な物ではありませんわ。それに交渉は終わっておりませんもの。私からの品物がまだありますの」


「品物? ふふっ。この場に置いて、何か良い物を献上していただけるとでも? 聖地の交渉を出した後に出る話が、それほどに……」


「そろそろにあなた方も、軍隊の主導権を奪い返さねばならないのではないでしょうか?」



ピクッ。



その言葉にロベルト・ヘングマンが一瞬だが、反応する。


その老人の動揺を笑ったヴィエッタは、ブラウンの髪を広げ……伸びをし語る。


「あなた達は今、苦境に立たされていますわね? 何せ大見得を切って『国家軍』なる物を設立したは良い物の、今は軍部が暴走状態ですわ」


「……よくもまぁ抜け抜けと」


それの顛末は全て、この目の前の女の甘言が始まりだ。


聖地という目先の力に軍人達は抱き込まれ、軍部は魑魅魍魎と化した。


この機に王家以上の権益を握るべく今、彼らは跳梁跋扈している。



「なのであなた達にしっかりと、あの筋肉質な兵隊さん達の手綱を握らせるチャンス。それを差し上げますっ! これもプレゼントの一つですわ」


「……」


「……」


笑うレディ・ヴィエッタと、ロベルト・ヘングマン。


解釈としては、友達の家から盗んだおもちゃの兵隊を、必要な時に金銭で譲ってやろうと言うのだ。


しかも……そのおもちゃの兵隊にはしっかりと、元の持ち主の名前が書いてあるというのに。



「良いじゃろう、それで。してそこからどうあの水の神都。荒れ狂う、禍つ波となりそうな神の使徒を、いかように鎮めるつもりだ、レディ? 聖地は今暴発寸前であろう」


「そろそろ次の策を切ろうかと……思いますわ。ふふっ」


「次の?」


「えぇ、次に任せられる相手を……ね」


美しい裸体。


嘘偽り無き裸の心でその女、ヴィエッタが笑った。

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