第97話 執念。

ぱしゃっ。


「はぁああっ!」


その瞬間だったっ!


いきなり、なんの前触れもなく水が溶けるっ!



「……っ!?」


神の使徒マッデンも、驚きと戸惑いで一歩も動けない。


そして……っ!


「砕術1式、爆っ!」


その砕術は爆発。


呆ける住民もろとも爆殺させたっ!



ドォオォッ!



「ぐぁっ!? 火の爆発……だとっ!?」


「……」


確実に一撃、マッデンへと攻撃が入ったのが見えた。


煙が上がる中レキが、一気に攻勢に打って出るっ!



「1式、爆っ爆っ!」


ドバンっ! ドォンっ!


揺れる洞窟内。


追いうちとばかりに半裸のレキは、とんでもない量のクナイを投げ込んでいく。


すると――。



「あぁあっっ!」


怒号が木霊するっ!


レキの目の前から、防御壁が住民をはじきながら広がっていくっ!


その厚みと広さは、狭い通路を完全に塞ごうかと言う程の大きさ。



「ぎゃああっ!?」


「マッデン様ーーっ!? おやめく……ブェっ!?」


固さも紛れもないだろう。


運が悪い住民は、ジュースになるまですり潰されているのだから。


壁はドンドンと、レキに迫ってくる。



「マッデン、それは僕には効かないんだよ。砕術2式、貫っ!」


叫んでレキが、クナイを投てき。


バキンっ! ビキビキビキっ!


マッデンの分厚い障壁に、氷の防壁に穴が穿たれた。


「ぐぬっ!? なぜこの聖域でっ。 水の世界で火の魔法が使える、小麦の女よっ!?」


肩が砕ける程の深い爆発の傷。


その傷を〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟で消しながら、驚愕するマッデンがヨタヨタとよろけた。


すると目の前からレキが、マッデンに向かって走ってくる。



「あぁああっ!」


褐色の体がしなり――。


ゲシッ!


レキが障壁の穴に蹴りを入れた。


バリンっ!


一気に裂け目から瓦解し、崩れる魔法障壁。



「なんというっ!? だが無駄じゃ!」


マッデンが叫ぶと一気に、新たに3枚もの障壁が現れる。


「ぐ……っ!? 馬鹿なっ。こんな防壁を3枚だってっ!?」


規格外の圧倒的魔力で押してくるマッデン。


彼にはありあまる傲慢さを実現するだけの、魔力と魔力容量があった。


こうであれば良いな。その想いが呪文も不要で魔法で叶うのだ。


我々が思う魔法の理想、それに近いとも言える。



「砕術、貫っ!」


マッデンの夢想をまた、一枚一枚剥がさねばならないっ!


レキは迫りくる障壁に必死に、穴を穿つ――がっ!


「それそれぇっ!」


また障壁が増えた。


いたちごっこだ。


レキがいかに障壁を突き破ろうと、マッデンがすぐに、同等の障壁を作り出すっ!



「水の魔法はこれだから面倒なんだっ!?」


レキが眉根を上げて、しかめっ面をする。


水の魔法の障壁は重ね掛けがしやすい。


その利点がレキを苦しめていた。


その時……っ!



「マッデン様ーーっ!」


「なんじゃ、今……」


「……」


音もなく近づく――、殺意っ!


後ろだっ!



「ぃっ!?」


視界に影が見えると同時、目の前に何かが飛んできていた。


マッデンは声すら出せず、ただただ氷と化す。


そして身を縮こまらせ、顔面目掛けて投げられたナイフに目をつむった。


フュンっヒュンッ!


カツツッ!


実際は、全方位をカバーする自らの障壁で、止まるのだが。


そして薄目を開け、ナイフを投じた影をマッデンは探す。


目を閉じる前には確かに、後ろから近づいて来ていたのだ、影が。



「どこだっ!?」


探しても見つからない影。


マッデンが必死に辺りを見渡す。


「よしっ、今の内だっ!」


レキが気を散らしてしまったマッデンを見、障壁破壊を加速したっ!



バリバリンっ!



(おしっ! 良いぞレキっ)


ジキムートが笑う。


マッデンの障壁が壊れるのを見やり――。



「マッデン様ーーっ! 上です上ぇっ!」


ヒュンっ!


カンっ!


「なぬっ!? どこだっ!? どこにも……おらぬがっ!?」


ふるふると、『音がした上空』周辺を見やる、水の族長。


確かに今、ナイフが上空から降り注いで、防壁に刺さった音がしたのだ。



(恐らく奴のシールドは、ゴディンとは違って上も張られてるはずっ! レキ、お前だけが頼りだっ)


ジキムートはちょうどマッデンの頭の、その後方上空部分に位置変えをした。


ナイフの音で完全に、マッデンの目線は上空の前方にいってしまっている。


バリンバリンっ!


「ちぃ……っ!」


マッデンが、魔法の障壁が壊れる音に嫌気を示し、シールドを再構築しようとする。


その一瞬のスキ。


それを逃さず、音もなく……っ!



「ッ!」


ジキムートが一閃するっ!


その手には、折れたバスタードソードとは違う細身の剣があった。


ガシンっ!


バキッ!



「ぐっ……ぬぅ?」


「ちぃっ! ブヨブヨの豚の癖しやがってっ!?」


上から首筋を狙うが、氷と化したマッデンの体にジキムートの剣戟は無力であった。


ジキムートが手にした剣が刃こぼれを起こし、さらには一瞬で凍り付いていく。



「ならこれだっ!〝エイラリー(異形鱗翼)″っ!」


剣を手放し叫んでジキムートは、ガントレットを――。


自分のウロコを勃起させたっ!


「うぬっ!?」


思わず声が上がるマッデン。



その、血と内臓で汚れたウロコ。


住民を数人刻んだウロコの放つ異形さと禍々しさに、マッデンが恐怖の声を上げる。


「汚物がっ! わしは〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟ぞっ。その汚物をはようドケよっ!」


マッデンが叫んですぐに、前面に多量の40もの氷。


それを展開させ、一気にジキムートに攻撃を仕掛けた。



「逃げ場がねえのは知ってんぜぇっ!」


天井も壁も、全てを飲み込む事が分かるソレ。


確実に傭兵は串刺しだが。


「うらあああぁっ!」


自分を狙っている氷の群生に、恐れず向かっていくジキムート。


「なっ!?」


マッデンの口から漏れる、驚きと恐怖。


戦闘員と非戦闘員の違いが如実に出た。



「俺はどうやってもお前を殺して、故郷に帰ってやんだよーーっ! どけぇっ! ブターーーっ!」


勝利を信じて、身を投じる傭兵。


ガズッ!


鎧を超えて、太ももに刺さった氷。


ビシュッっ!


腕の筋肉を切断する痛み。



「おおぁあああっ!」


だが、幸いなのは痛みをこらえる暇もない、という事。


脳内麻薬が示すがままに、ジキムートが獲物へと突進するっ!


「ぐああっ!?」


ガスっ!


音がし、ナイフのウロコがマッデンの体に食い込んでいくっ!


そしてその巨体を無理くりに、女目掛けて持って行くべく走るっ!



「ならばっ!」


「そう来るのは、知ってたぜっ!」


叫ぶとジキムートはナイフを投げ、ジャンプする。


その直後、足元と言わず上下左右。


全てがマッデンの放つ冷気で凍りついた。


「俺は壁走りは得意なんだよっ!」


ジキムートは投げておいたナイフを足場に、壁をサルの様に飛んで走っていくっ!


あのゴディンのやり口ですでに、学習していたのだ。



「ぐひぃいっ!?」


ジキムートの動きに合わせ、マッデンは360度回転コースターのような状態に陥っていた。


バキっ!


「チッ!? ナイフが持たなかったかっ!? レキっ! あとは頼んだぜぇっ!」


凍ったガントレットから剥がれ落ち、勢いよく転がるマッデンに蹴りを入れるジキムート。


レキの目の前にマッデンという大きな氷塊が転がっていくっ!


「良いぞジキムートっ! 来いよっ!」


レキが目の前に迫った標的に、クナイを構えた。


挟み撃ちだっ!



「砕けろぉっ!」


ボチャンっ!


その瞬間、水に突っ込むジキムートっ!


何が起こったか分からない。


「ゴボっ!?」


突然の水中に、ジキムートはそこから抜け出てすぐに、水を出現させた本人から距離を取ろうとする。


バシャッ!


「クソがっ!?」


水から抜け出ると水壁が縦に、立てかけられた体育館のマットのように大きく広がっている。


そしてジキムートの目の前には、光りを放つマッデンの笑み。



その時、水壁が傭兵を襲った。


グササッ!


「ギヒッ!?」


ジキムートが痛みに声を上げる。


マッデンにタックルした時に刺された左足の氷が、水の圧力で更に深く刺さりこむ。


めり込んだ氷を起点に、血を噴出。


水が傷にしみこみ、涙を流すジキムート。


そのまま倒れ伏せてしまう。



「くくっ、無様よぉーっ!」


叫んだ氷漬けのマッデンが、トドメをさそうと……。


バスっ!


水中が爆発。


開いた水の穴から、一筋の閃きがっ!


ドスッ!


「……はっ!?」


見たことあるものが、マッデンの腕に刺さるっ!


マッデンの氷壁ですらカチ割る、あのクナイだ。



ビキキっ!


「がっ……あぁああっ!? ぎゃああっ!?」


ひび割れた自分の腕に、マッデンが悲鳴を上げるっ!


「くそっ!? 顔を外したかっ!? ならば砕術2式……」


今度はレキ自身が走りこむ。

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