第92話 戦闘のプロ。戦場の狂気
「うらぁっ!」
グシャアっ!
ビシャシャッ!
「キャアアアッ!?」
血が飛び散り、住民達から悲鳴と恐怖の声があがったっ!
ブンっ! ブーンッ!
ジキムートはわざと大振りに剣を振り、空気の振動を木霊させる。
すると、人を斬った剣から、残った血を飛ばされまくるっ!
「やっやべえよっ、距離をとれっ! どけっ、下がるんだよっ!」
ジキムート達が侵入した洞窟の中。
襲い来るハズだった住民達の、その陣形がみるみる後退していく。
刃渡り数センチ程度のナイフを振り回す男ですら、東京でやればパニックになるのだ。
もし刃渡り90を超えるバスタードソードを、嫌な風切り音をさせながら振られれば、普通の人間は怖がって近づけないのは道理。
グシャッグシャッ!
ピシャシャっ!
血が飛び眼が転がり、足が裂かれ手がもげるっ!
「ヒィィっ!?」
地獄絵図に住民が――。
たった3か月前まで、ただの一般人の集まりだった人間の群れ。
その有象無象が阿鼻叫喚を上げ、まともに近寄る事すらできなくなっていた。
「ぐっ……水の神よ、我は乞い……」
それでもやはり、神への信仰深い土地柄か。
呪文と祈りを同期させれる者がいた。
(光った。呪文かっ!)
それは非常にまずい事でもある。
今ジキムートは敵陣で一人、孤立状態だ。
魔法使いの群れに包囲されている事に、違いはないのだ。
「ふっふっ、ガッギャアッ!」
いきなり意味不明に叫び始めたジキムート。
突如剣を捨て、近くの男にかぶりついたっ!
「うあぁっ!? 痛てっ! いきなりなんだこれっ!? 離れろっ、離れろよこのサルがっ!」
「ウギっ。ガガガッ!」
白目をむき、ヨダレをまき散らしながら、ジキムートが住民の耳を『捕食』するようにかぶりつくっ!
「グアァアッ!? 耳っ、耳がーーっ!?」
ジキムートの牙が肉に穿たれ、住民の耳が伸びていくっ!
まるでサバンナの一コマのように、捕食され始めた住民の一人。
「うぇっ!?」
住民がその異様な風景に、体と心を凍り付かせる。
「ウヒヒヒヒーーッ!」
筋肉が引っ張られピンっと伸び、耳がドンドンと伸びて行くっ!
「つつっ!? やっ、やめろよっ! やめっ!? あーーっ!?」
ビリリっ!
耳が引きちぎれたっ!
「ウギャアアアッ!?」
泣き叫ぶ住民っ!
「……グルゥウ」
それを背に、耳をくわえるジキムート。
クチャ……クチャッ……。
口の中で仲間の耳が音を立てて、粗食されていく。
そのジキムートの獣の目を見て、心臓が止まりそうになる住民っ!
まるで蛇に睨まれたカエルだ。
「あぁ……うぅ……っ」
「はぁ……はぁ……」
時が止まったように動けない住民。
「うあぁっ!? いてぇえよぉおおっ!?」
背景では、転がる住民Åの絶叫が木霊する。
そしてすぐにジキムートは、ボー……っとその光景に閉口していた別の住民。
それに食らいつこうと口を開けたっ!
「うわあぁっ!?」
悪魔のような傭兵の襲撃。
断末魔をあげ、必死にジキムートから逃げようとする住民達っ!
混乱の中、その狂気の様相を見て、住民の口から次々恐怖が漏れる。
「ひっ。なんだコイツっ、悪魔付きじゃないのかっ!?」
「ちょっ!? ヤバいよなんだよコイツっ」
「オオッ! ウォォオオッン!」
がぶりっ!
また一人、獣の餌食にっ!
「ぎゃぁっ!? やめてくれっ。やめろっ。頼む、食わないでくれーーーっ!?」
唸り声を上げ、男の腕に噛みついたジキムートっ!
そのまま引き千切らんとばかりに、豪快に顎を引いた。
ビリリッ!
「うぁあああっ! あぁあっ!? いてぇいてぇよぉ」
破れたシャツからは悲惨な噛み跡と血が露出し、男が絶叫するっ!
「ウォウッ! ギャギャッ……うううぁあっ!」
ヨダレと血が混じったものを垂らし、まるで狂犬のようにゆっくりと、4本足で動き回るジキムートっ!
その異様で気持ちの悪い映像に、住民が明らかに距離を取り――。
恐怖に時間を忘れ、呆けてしまう。
「あっ……悪魔だ」
「モンスターだ。人間じゃねえぞコイツっ。おっ、おいおぃっ。ここ……、こんなの聞いてないぞっ。早く憲兵か騎士団共を呼べよっ!」
青ざめた住民、
戦意が喪失していくのが分かる。
すると突如、住人の頭が吹き飛んだっ!
バスンっ!
「ひっ!?」
「くくっ。面白い。そう言う切り口もある。と言ったところか」
ローラが深い茶色の双眸を向け、笑いながらジキムートを観察していた。
すると……。
「おっ、おいっ。あっちの奴はヤバそうだっ! 俺らはこっちの黒いのを押さえとこうぜっ」
「あぁそうだなっ。へへっ、まぁこっちはどうやら女だしっ。こんな軽装なら、俺らが押さえればなんとでもできる。おいやっぞっ! 囲め囲めーっ」
ローラの目の前に、男6人が逃げてくる。
住民達の動きを見ながらローラは、やおら2人組になった男にスライディングっ!
そして下から素早く、一人の頭を目掛けてロケットキックっ!
「くっ!? 素早いぞこの女っ」
男の顔を踏み台として蹴っ飛ばし、もう1人の男の背後へと着地っ!
あっと言う間に1人を孤立させたローラ。
そして、大声で威嚇する。
「動くなっ!」
「……」
「くそっ……。人質とは卑怯だぞ」
ローラは背後から男の首筋にナイフを当て、けん制していく。
「なんとでも言え。ほらほらっ、武器を捨てたらどうだ?」
「誰がっ。お前のような怪しい奴の言う事に乗るものかっ! どうせ武器を離せば殺されるというのにっ。お前こそ、離したほうが身のためだぜ。人数差を見ろよ、勝てっこねえぜーっ」
残った男たちはじっくりと、その黒づくめの女へ包囲を狭めようとする。だが……。
「助からない? なぜ? そうでもないだろうよ。私の要求は、お前らがココから消えてくれってだけ。なぁに、上でドンパチやってるところに黙って加わりゃ、バレないさ。なぁ……、ところでお前は昨日、何食べた?」
「ん? ……おっ俺っ!? ななっ、何を言っている!?」
突然ローラが、ナイフで脅している男に、昨日の夕飯の内容をしゃべらせ始めた。
「ん~? 何食ったかって、聞きたいだけさっ」
ガスっ!
「ガッ!? うぅ……シっシチューを、シチューを食べたんだよっ」
頭の芯を肘で殴られ、めまいを起こしながら男が応えた。
「そうかそうか、誰が作った?」
「つっ、妻が……」
ナイフが……、冷たいその刃が頬をすべる。
「ほう、妻……ねぇ。だが可哀そうになぁ。あのお仲間が自分の命惜しさに、武器を捨てないからぁ。お前の命はもう……長くな~い。言ってやれよ、またシチューを食いたいってさ~ぁ? あっ、もしかして今日も、昨日の残りのシチューかなぁ?」
サッ。
首にかけていたネックレスが落ちる。
「やっやめろっ!?」
「でも、今日のシチューは嫁さん一人で食わなきゃな~。昨日は二人で食ったシチューも、今日からは帰ってこない旦那分。それを女一人で食べるわけだ。食べ切れないんじゃないかぁ? だって2人分だものさ~? 困るよなぁ~。寂しいよなぁ?」
「んぐ……っ」
ローラの言葉に、唇を噛み締める人質。
彼女の言葉でありありと、自分の家族の今後を考えてしまったのだ。
すると――。
「寂しいなら……。なんなら、あそこにいる男の誰かが、お前の代わりに食べてくれるかもよ? ついでにその後ベッドの上で、お前の奥さんに追悼ピストンでもするんじゃねぇの? 仲間見捨てて生き残ってぇ、お前の分までチチを揉んでくれるんだとよっ、ヒヒヒッ!」
ザスっ。
前髪が全てゴミと化す。
「頼む、これ以上はっ! ぐぅ……たっ助けてくれ。死にたくないっ! 妻がいるんだっ。俺には妻がっ! 武器をおろしてくれよっ」
「しっ知ってるよっ! だがっ!? そんな事すれば俺達まで……っ」
人質が精神的に追い詰められて行く最中、何もできない仲間達。
ジョリっ、ジョリっ、ジョリ。
ローラが鼻歌交じりにゆっくりと、男の眼球から2センチの距離でナイフを滑らせ、眉毛が綺麗に落ちて行く。
「ひっ……ひぃっ!?」
「動くなよぉ……。間違えちまうよ?」
ローラは笑い、そして眉毛が削られ落ちた。
その様子を、ローラを完全に包囲したはずの男たちはただ、見守る事しかできない。
「ヒヒっ、それでぇ? シチューを作ってくれる奥さんは今回、なんて言って送り出したんだ? その妻は知っているのか? お前がもう二度と、そのシチューを食えないって事を」
「もっもうやめてくれ、頼むよっ! かっ……勘弁だ、ホントに堪忍してくれぇ~」
泣きむせぶ声が響いた。
狭めた包囲網が、ゆっくりとほだされていく。
「ほらぁ、お前の最後の言葉を教えてやれよ、お仲間に。あいつらが見捨てたお前の言葉を……。遺言として嫁さんに伝えてやる言葉だよ。このまま何も言わずに死ぬのか? それとも、仲間の薄情さをぶちまけてから死ぬか? こいつらだっ、こいつらが俺を見殺しにしたんだーーって。ふふっ。ほら、言って見ろよほらぁ」
楽しそうにローラが、人質の体を揺すってやる。
「あぁ――。うあぁあ」
ヨダレを垂らす人質。
見守る仲間はもう、直視できないようになっている。
「くくっ。そしたらあいつら、お前の嫁さんになんて報告するのかねぇ? お前の親はどうだろうなぁ? なんて言うんだろうなぁ? そうか、良く戦ったっ! って言って、お前の仲間を称賛し――」
「わっ、分かった。分かったよっ! 武器を下ろすっ! 俺たちはもう、この基地を出るからっ。だから、アンタは好きにすればいいよっ」
カラン……。
武器が落ちた。
蒼白になり、住民達が手を挙げる。
その姿にローラは、ご満悦の笑みを浮かべた。
「そうか。分かれば良いんだよ。ではすぐにあの門から行けっ」
「あっあぁ、分かったっ!」
男たちが走り去ろうとした……が。
ザスッ!
「がっ!?」
ローラが目の前の人質を刺殺。
「なっ!? やっ! くそ……」
ザスッ!
ザススっ!
「グアッ!?」
「ガハッ!?」
後ろを向いた5人のうち、4人を殺したっ!
そして、最後の1人の首に『また』ぶらさがるローラ。
「……さて、お前たち。武器を捨てろ」
増援で来ていた男たちに、ナイフを向けてローラが吐き捨てたっ!
「……ぇっ」
声と言うより、鳴き声に近い。
住民たちは目を疑いながら、ローラと死体を何度も何度も見返す。
「武器を捨てろと言っている」
「なっ、なななっ。お前、気は確かかっ!? お前今、約束を……。えっ!?」
「武器を捨てろ。さもなければ、コイツが死ぬ」
そう言ってまた、〝新しい人質″の前髪を切り取ったローラ。
「どうなってるっ!? これは……その。イカレてる……。そう、イカレてるんだこの女っ!?」
呆けた顔から一転。
その破廉恥極まりない悪魔を、怒りの形相で糾弾する住民たち。
「そうだぞ、イカレた傭兵がずーっとお前達の相手だったろ? いつも口汚く罵ってたんだろうに? って、お前たちはビビッてお外に出れないヘタレ組だったか。どうだ? これがお前らがケツまくって放棄した聖地の日常で、イカレた傭兵のお仕事さっ! タダで見せてやってんだ、感謝しろよ~っ!」
悪気無さそうに言ってくるローラ。
「……」
その言葉に胸がつまる住民達。
自分達が手をこまねいているうちに親愛なる神の聖地は、ローラと似た人種が闊歩する世界になっていた。と、今更になって実感していた。
「では、武器を捨ててもらおうか。それとも今度は見事、仲間を見捨ててみるか? クヒヒッ、そうだそうだぁ。予告しよう。見捨てられなかったらぁ……次はお前っ! 髭の白いお前を人質にとるっ!」
ビクリッ!
ローラにナイフで示された男は、背筋を凍らせた。
間違いない、この女アサシンなら必ず、どんな破廉恥な手でも、使って来る。
そういう確信があった。
「その次は髪の長いお前だっ。あぁでも……間違って殺しちまったら、んぅ……。そこのもみあげ。お前に変わるかもなぁ?」
「ちょっ、ちょっと待てっ! 何を……、何を言ってるっ!? どうかしてるぞお前っ」
向けられるナイフの切っ先で狙いを定められるごとに、住民が恐怖に氷つき、そして委縮する。
戦場の狂気に初めて触れた水の民。
「お前らぁ。全員今のうちに仲間をゴミのように、足手まといとして、すっきりと切り捨てる覚悟を決めろよ~っ。横にいる奴がお前を殺しに来るぞっ! 前の奴も信用できないなぁっ!? それとも後ろかーーっ!?」
「……」
大汗を流しながら住民達が、360度、仲間の顔色をうかがっている。
「自分の命惜しさにお前を見捨てるんだよっ。さもなきゃ全員死んじまうんだよっ! ヒーーっハっハっ」
覆面で顔は分からない。
だが、非常に楽しそうで満足。
そんなはしゃいだ声を上げるローラ。
「かっ神よっ!? どうか……どうか我らにご慈悲を」
「くくっ。キーッヒッヒッ!」
ザスっザススっ!
「ぐえっ!?」
ローラの下品な笑いを、ぼーっ……と突っ立って聞いていた男。
それが串刺しになり、殺された。
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