第90話 傭兵隊長ヴィン・マイコン

バキっ! ガスっ! ガススっ!


苛烈な攻撃が続く。


大量の魔法を包囲した傭兵達へと、惜しげもなく放つ水の民達。


「おっとと、結構すんげぇね。いつもはビビッて遠くからしか来ねえくせに、よ」


ここは傭兵の宿舎内。


いつもは適当に――。


夜になると遠くから傭兵、騎士団問わず、無差別に攻撃していた住民達が、宿舎近くにまで押しかけてきていた。



「どうしますかっ、ヴィン・マイコンさんっ」


「いきなり俺らを包囲か~。よもや、愛すべき水の神の神殿じゃなく、こっちに来るとはな~。さすがに俺も誤算だったぜ。このまま外に行ったら袋叩きになるぞっ、下手に出るなよお前らっ!」


「はっ、はぃっ!」


「まっ、出る訳ねえわな、死ぬまでは大丈夫だ」


必死に体を小さくし、四方八方から飛んでくる攻撃に縮こまる。


そんな傭兵達を見やるヴィン・マイコン。


「がしっかしよぉ、なんで今なんだよっ。俺には外で調べたい事が……っ」



ヒュンっ! バキンッ! 



ゴロロ……。



ヴィン・マイコンが顔を出した瞬間、狙い撃たれた。


ヤレヤレとかぶりを振ったヴィン・マイコン。


外はまるで、大ホールのアイドルコンサート会場だ。


何度も何度もマナをまたたきながら、氷を発射する魔法士達がいるのが分かる。


「相手の数は300位かぁ? こっちは確か……えと、あぁ? レキが居ねえから分っかんねえやっ! おいお~い、しっかりしてくれよレキぃ。俺がそんなの把握してるハズねえよっ、たくよぉ」



「あっ。ヴィンの奴にしっかり、傭兵の現状報告を伝えるの忘れてた。しまったぁ……。この保護者たる僕が、なんていう過ちを――」


レキお母さん、てへぺろっ!


団体戦とか、そんな小さい事考えないヴィン・マイコン兄貴、チィーッス。



「大体フィーリング。傭兵250にしとこっか。うん。っておいっ!? まずいじゃねえかっ」


ヴィン・マイコンが慌てるっ!


先ほどから建物が軋む音がひっきりなしで、止まらないのだ。


「隊長ーーっ! きっ、騎士団の野郎どもの援軍は、どんぐらいで来るんで? 早めに来てくんねえとやべえですよっ! もうほとんどこの宿舎、壊れそうじゃないっすかーっ!?」


「そっそうだ。アイツらなら……。あんだけ仕事熱心な奴らだっ! こんだけこっちに敵がに集まってるなら、すぐでもっ。颯爽と叩きに来るだろうよっ」


たった30分足らずで半壊状態である。


しかも数でも押されていたとなれば、倒壊はもうすぐと言えた。


崖っぷち状態。


「いやいやぁ、増援なんてまぁ……ないだろうな。あいつらにとって戦略上、ここはゴミとそう変わらんさっ」


平然と、部下の士気を低下させにかかる指揮官殿。


「まっマジかよっ」


「ひでぇっ!?」



「騎士団の増援は来ないっ! 奴らめ、神殿の防備に目がクギ付けだからなっ! 今だぞっ! 今のうちにヴィン・マイコンをしとめるんだよっ!」


ゴディンが薄ら笑う。


「はいっ!」


「あの女の情報は、本当みたいだな。くくくっ」



「最悪ギリンガムにとってみりゃ、俺さえ生き残ってれば問題ないんだぞ? 騎士団に敬われる俺、やっぱすげえじゃん?」


ヴィン・マイコンがあっけらかんと言い放った。


「えぇ……」


「おぃおぃ……」


論理的で戦略的な発想になると、替えが効かないのはヴィン・マイコンだけ。という事になる。


それ以外は〝補充″対象だ。


最重要拠点の戦力を削いだり、ましてや、任務を放り出してまで増援に駆け付ける理由にはならない。


だが――。


「いや……。いやいやっ! そうか、待てよ待て待てっ。それはなんだったら、敵さんも同じのはず。最重要奪還ポイントほっぽリ出してるのにも関わらず、こっちに来たって事は、だ。この戦闘の意義は〝俺″? あぁ、なるほど。なら……。おいっお前ら、耳かせ」


ヴィン・マイコンが何かに気づき、傭兵達を集めたっ!



「総攻撃だーーっ! 傭兵どもを一網打尽にするんだよっ。水でも氷でも良いっ! 全て打ち込めーーーっっ!」


大声を上げ、ゴディン自らジャンジャン魔法を打ち込みつつ、鼓舞するっ!


これでもかっ、と彼らは全力で、今までの恨みを晴らそうとしていた。


МPの残量を考えもせず、撃ちこむ彼ら。


傭兵宿舎を灰――。


いや、北極の藻屑にするつもりだっ!



「ゴっ、ゴディン様~っ!」


そこに一人の伝達係が、蒼白の顔で走り込んできた。


「なんだよっ。こっちは忙しいんだっ!」


「前の玄関から……そのっ。ふぅふぅ。ヴィン・マイコンの奴が馬で出ていきましたっ!」


「なっ、何っ!? 奴め、逃げる気かっ」


「ええっ、そうなんですっ! さっそうと一人で傭兵達を置いて、逃げ始めましたっ!」


騒然とする住民達。


それはドラゴンを取り逃したのと同義である事は、全員が分かっていた。



ばしんっ!



「クソ馬鹿がっ!? アイツをっ。選りによってあのゴミを、なんで逃がしたんだよっ。追えよっ! 奴を全力で追うんだよっ、早くしないかっ!? お前らが逃がしたって、父さんに報告してやるぞっ!」


怒りに任せて報告者を殴るゴディン。


自分より10以上年上の男。


その頬を何度もはたき、怒号を上げてゴディンが激怒する。


「そっ、それだけは、勘弁してくださいっ!」


頬を真っ赤にしながらその、30中盤の男が若い青年に泣きついた。



「泣き言は良いんだっ! だったら今からでも、走ってでも追えっ! 決して逃がすなよっ。アイツが第一目標なんだからっ。あれを討ち取れればそれで良いっ! あとは無視しろっ。ヴィン・マイコンを逃せばお前の責任だっ! 一族の命運が掛かってるって分かれよっ、この馬鹿がっっ!」


「はっ、はいっ!」


「全員で行けっ。早く早くっ! 奴を逃すなーーーっ!」


ゴディンの怒号に押され、住民達は次々とヴィン・マイコンを追いかけていく。



「……やっぱりか」


つぶやくヴィン・マイコン。


後ろを見ると、大群が追いかけてきていた。


その数は恐らく200を超えている。


「ヴィン・マイコンめーーーっ。はぁ……はぁ。貴様、仲間を置いて逃げるつもりかっ!」


「そうだよーっ。俺は今から、騎士団に保護してもらう所だ~。一緒に来るかぁ?」


「そっ、そんな破廉恥な事があるかーっ! くっ……。ふぅふぅ。それでもっ。はぁはぁ、それでも傭兵のリーダーかっ、恥を知れ!」


「なんだよ。お前たちのリーダーに比べりゃ、全然ましだろうが」


「……」


ヴィン・マイコンの素のトーンに、住民達がいたたまれなくなって、下を向いた。



「あの恥しらずのゴディン君はどうしたぁ、あぁんっ?」


笑いながら後ろを向き、叫ぶ傭兵長。


夜の月明かりに照らされながら、馬を走らせるヴィン・マイコン。


顔だけはワイルドで格好のつく、しゃれた絵面だ。


後ろの人間が汗だくの、ガリとデブばかりでなければ、だが。



「くっ。あの方が来るまでもないっ、我々でなんとかしてみせるっ!」


運動が苦手なセレブ・デブが言い放つ。


基本的に彼らには、肉体行動は向いていないのが、体形を見ればすぐ分かる。


「へぇ~。水の魔法しか使えない奴が俺に近づけるなら、だけどな」


笑うヴィン・マイコン。


彼はきっちりとこの会話の間も、魔法が飛んでくるのを避けている。


なかなか馬の捌きも彼はうまかった。


すると……。



ヒュンっ!



「ぐぇっ!」


喉に、槍が突き刺さる。


「なっなんだっ!?」


「後ろから……? 宿舎から攻撃されてますっ!」


宿舎から次々と、弓矢や槍、投てき武器が降ってくる。


それはセレブ・デブandガリを標的にした物。



「傭兵だっ!? 傭兵が攻撃してくるぞーっ」


傭兵達は屋上の屋根を上っていた。


わざわざ見晴らしの良い場所に出て来た住民を、狙い撃ちにしているのだ。


「地上からも傭兵が来ますっ!」


「くっ、ならばそちらに人員を回せっ! 傭兵どもへの攻撃を継続しつつ、ヴィン・マイコンの……っ」


「隊長、前っ!」


「なんだっ……エッ!?」



スパンっ!



ゴロロ……。



一気にヴィン・マイコンが目前にまで迫っていた。


彼はあっさりと隊長格の首を取り、そして、次々と住民の首をハネていく。


「俺に気を取られすぎなんだよ。オラオラーッ!」


「グっ、くそっ。ヴィン・マイコンが来たぞっ、応戦しろっ!」


「いやっ、それどころじゃないっ! こっちは宿舎から、大量の傭兵が湧いてくるっ!」


「お……。おいおい。挟み撃ちになってるじゃないかっ!」


ヴィン・マイコンが逃げ出したのを追った際。


当然、住民群の隊列は間延びしている。


彼ら住民は行軍など行ったことも無ければ、陣形をどう取れば良いかも知りはしない。


魔法の能力は一級でも、戦術は素人の平民そのものであったのだ。



「安心しろっ! ココは我らの土地だっ! 家でもどこでも良い、逃げこめっ。身を隠すんだっ!」


魔法防御に徹している住民達が、辺りに目を這わす。


だが……。


「逃げこむ場所がないぞっ! くそっ、街から逆の方へ来ちまってるじゃないかっ」


「馬っ鹿じゃないの? 1人くらい逃したって、しっかり持ち場を守ればこんな事にならないってぇのに。なぁ? 全部……お前のせいだよっ!」


上から落ちてきた、神の使徒へと向き直った傭兵隊長っ!



「ヴィン・マイコン、死ねーーっ!」



バガアアッ!



着地と共に、すさまじい程のマナの滞留。


殺意はヴィン・マイコンを飲み込んだっ!

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