第82話 樹に祝福されし者達。

「おい……。またあの子供来てるぞ。勝手に住み着いたガキ共。一体いつまで居るんだよっ。もう2か月にもなるぞ!?」


「さぁ、な。あんな気味悪い所に住むなんざ、頭がイカレてるんだよきっと。やっぱり樹の神に仕える、フランネルの奴らはちょっと変わってる」


「ちげぇねぇ。人の指すら税金として食らう神様だからな。俺らの指も食われちまうぜぇ、ヒヒッ」


ひそひそと話す男たち。すると……。



「あの、施しを、少しでも良いので施しをもらえませんか、教導者様」


黒髪の幼い少女が、聖職者に乞う。


するとどうやらその聖職者はその者に――。


ボロボロの服を着た少女に、初めから気づいていたようで、舌打ちをして答えた。


「また来たのか、君は。悪いが我らも手いっぱいでねっ。君に与えられるような物は無いんだ。一度地元に戻れば良いだろうっ。そちらで頼んでくれ。なんでよりにもよって君のような、その……。ちっ。」


何かを口どもるようにその聖職者。


〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″が舌打ちした。



「そんなっ。ここから歩いて出るなんて、私達子供達だけじゃ無理ですっ。私はなんとかなっても、兄妹達が歩いて辿り着けないっ!」


「ふんっ。知らんよっ! 私達水の国の人間に、君らの事は分からんのだっ! 頼まんでくれっ!」


「お願いですっ! まだ6歳の子も居るんですっ。だったらなんとか紹介状だけでも、それだけでも書いていただけませんか?」


「紹介状だなんて、君達のような者に書く訳がないっ! わしが他の教会に、君をお願いするなどあり得んよっ! それに私に金輪際、近寄らんでくれないかっ。君たちは不衛生だしな。我ら水の民は清潔を好むんだっ。年中泥だらけの虫だらけ。そんな君達には分からんだろうがっ!」


「そっ……。そんな。それほど違いは無いハズですっ!」


彼女は他の村人を見やる。


やはり、彼女と変わらない程度の服しか着ていなかった。


だが――。



「なっ、無礼なっ! どこが一緒だと言うのだねっ!? 私達が同じに見えるのかっ!?」


ガッ!


激昂するように、〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″が少女の腕を掴んだっ!


「いつっ……」


「私達は同じではないっ!」


「……」


すると、彼女を睨んでいた〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″がフッと、顔を逸らした。


「……。そう、同じではないんだよ。それぞれに特徴がある。そうだよ。君は樹の国の住民だろう? あそこの住民は色々な草を、創意工夫を凝らして食べれると聞いた。それならほれっ!これでも食べると良いっ!」


そう言ってそこにあった、家畜用の草を投げてやる蒼の聖典守護(アジュアメーカー)。



「……」


「素晴らしいな樹の国の住民は。あの大食のユングラード様のしもべだけはある。きっと何でも……。そこいらにある雑草だってごちそうだろうっ。虫もよく食べると聞いたしな。私達のような清潔を好む水の神に仕える者には、できそうもない事だが。あぁ素晴らしい素晴らしいっ」


そう言って侮蔑の目を向けそそくさと、蒼の者はどこかに去っていく。


「……」


彼女は与えられた干し草を両手に取って、その場を離れて歩いていく。



「全く。なんとかしてもらえんかね、今のこのご時世に、こんな……。なんちゅう薄気味悪いっ! アイツら〝根枯らし者″のせいで、森が枯れたらどうするんだっ。ったく」


「本当だよ。誰かがきちんとあの墓場の管理、してくれないかねぇ。今は騎士団も役に立たないし、どうしたもんか。しっかしなんでウチに来たのやら。よりにもよって、樹の国のガキが水の国へなんて、な」


「ホントにな。火災に弱いのは分かるけどよぉ。ウチじゃなく火でも風でも、好きなのに行けば良いのによっ」


「……」


投げかけられる侮蔑の言葉。


それから逃げるようにして彼女は、山に入っていった。


そしてかなりの山道を歩き、ソコ。


山の小脇にある、広場のような所に帰って来る。



すると……。


「ねぇお姉ちゃん、今日はどうするの? ドングリにするの、それともお花にする?」


「あぁ……クイーグ。今日はね、ドングリを食べようか。きっとその方が良い」


話しかけて来た、姉弟の男の子。


ぽっちゃりとした少年を撫で、その娘は笑いかけ言った。


「うん……」


「じゃあ姉弟たちを呼んできて欲しい。あっクイーグ。お前には姉ちゃんから2個ドングリを上げる。食べて良いよ」


「ホントっ!? やったっ! ありがとう、お姉ちゃん」


そう言ってヨタヨタといった様子で歩く少年。


それを見送る少女が口を噛む。



「……。なんとかしないと。無我夢中で逃げたけど、まさかこんな事になるなんて。私だけならなんとか帰れるかも知れないけど……。クッ、やっぱりあの子達を見捨てては行けないっ! 我らの樹の神よ。折り重なり、交わる幹護。神なる大地の尊地」


少女は強く、自らが敬愛する神へと祈った。


そして何より、団結を誓う。


「私たちは、神の幹の手として強く根を張り、折り重ならなければならないっ。血を分けて無くとも、同じ樹木様を護る子達。なんとか全員で帰らないとっ! 帰ってそして……」


すると言葉の途中で、彼女は手を握りしめる。


大火事の時彼女たちは、親とはぐれていた。いや……。


「帰ったって誰も――。お父さんもお母さんも……」


塞ぎこむように座る彼女。


顔を隠すように膝に頭を埋めた。



「だけどせめて、樹の民なんだから故郷で生きたい」


大樹の国、フランネル。


その村々には、村全体を覆っている神の御手であるツタがある。


それが火事で燃え広がって降り注ぐ中、彼女は必死に逃げて来ていた。


少女の両親はそれに飲み込まれ、死んでしまっている。


「樹木様の元で死んで糧になり、そしてまたいつか芽吹く。樹と共に生きる。それが樹の民の美徳。そうだよね……ぐすっ。お母さん」


彼女は両親の断末魔を聞きながら、命からがら川に飛び込んだ。


そして見知らぬどこかに、押し流されていたのだ。


流れついたのは、6人。


行き場を探し、すぐそこにあった山の中へと入った。


彼女らは樹の民だ。


山の中の方が住みやすいとさえ、感じれた。


それに――。



「この場所が見つかって良かったわ。モンスター払いができる場所が、森の中にあるなんて。ココが見つからなかったら今頃、私達危なかったもの。やっぱり森は守ってくれたっ」


モンスターだけがネックだったが、丁度良い場所を見つけれたのだ。


彼女は自分がいる森を見渡していく。


「それでもこの森。私達の樹木様に比べると、食料になる虫も花も少ないし、草も生えるのが遅いみたい。偉大なるユングラード様のお力がどれ程か、思い知らされるわ。なんて寂しい森なのかしら。早く……あの森へ、ぐすっ。すぐ帰りたいよぉ」


今やもう、懐かしい彼女の故郷。


そこには、普通の森にはない程の生命が溢れていたのだ。


それは充実した食料となり、衣服にも住居にもなる。


時には金鉱の代わりにさえ……。


その恵みは彼らを生かす糧となり、彼ら誇りでもあった。


だが今、彼女の目の前に広がるのは、厳しい加護無き森だけ。



「でも帰れる方法が思いつかないわ。旅に出たくても、ね。あの調子じゃ、教会でお世話になる事もできない。だけどまさか――。信じる神が違うだけで、ここまでの仕打ちを受けるなんてっ。最初に私が口を滑らさなければ、こんな事にならなかったのにっ!」


悔やむように唇を噛むっ!


彼女達が初め、あの村に辿りついた時はそれほど、悪い感じを受けなかった。


すぐに教会の人間たちがやってきて、助けてくれようとしたのだ。


だが自分達がどこから来たか。それを答えた瞬間に見る見ると、村人達の眉根が寄ったのを思い出す。


「他の所もこんな感じなのかしら。まさか他の村でもこんな、意味の分からない尊神(リービア)をしていると言うの? それともあの〝アジュアメーカー(蒼の聖典守護)″とこの村が特別? ……そう、特別であって欲しいな」



彼女の記憶の中の教会。


それは道徳を説き、そして、村人の中心となるべき場所であった。


外から来た旅人には、無償で泊まる場所を与え、あまつさえ炊き出しや色々な知識を与えてくれたより所でもある。


ただあくまで、樹の民に接する場面しか、彼女は見た事がなかったが。


「神様が違う……か。マナを司る神様達はなぜ、人間は仲良くしろって言わないんだろ?」


彼女はふと、強く疑問に思ってしまった。


絶対的な神は一度として、人類平和を訴えた事がないのだ。


考え始めた彼女。


「……なんだろう。理由が思いつかない。悪い人が好き、とかじゃないよね? 犯罪人を称賛した事もないんだし。4つのマナが手を取り合えればもっと、この世界は良くなるのに。そうすればきっと、この森も生命が活気づいてくれるわ」


彼女が森を見渡した瞬間っ!



ヒュッ!



少女を寒気が襲うっ!


「んっ! まさか冷気が来ているの? このままじゃ駄目。季節も変わり始めてる。一刻も早く出たいのにっ!  でもココから動いてしまったら、モンスターか狼の餌食よっ」


震えて、考えを打ち切る少女っ!


ため息を吐き、彼女はココから抜け出る策を探す。


「お姉ちゃん、ご飯だよ~」


すると、向こうで5人の姉弟の声がした。


少女は血がつながらない姉弟へと、笑いかけ腰を上げた。


「高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手、か」


彼女は思い出す。


自分達樹の国では滅多に使わないその、神を敬う言葉。


4柱すべてに祈りを捧げる言葉もなんだか虚しい、空虚な響きを残して風に散っていった。



「全員良いかい? 食べられる草と虫を探すんだっ! 花はいらないからねっ。私達じゃ食べれるのを見分けるの難しいから。あと食べたい第1位、ハチミツっ! あれは絶対に採りに行ってはダメだよっ! 禁止だからっ」


「は~いっ!」


彼女を入れて6人。


まだ幼い、小学生の集団のような物がある。


彼らに身振り手振りで、仕事を伝える少女。



「まぁ、虫だよね、たいがいは。生では絶対に食うなよ、お前らっ。ココは故郷とは違うんだからっ!」


「は~い」


「分かってるってナバルっ! 仕切んなよ、年下の癖にっ」


「姉さんはカミラとグレミスで行ってくれ。俺はクイーグとバーブマンのお守りをする」


「あ……あぁそうしてくれ、ナバル」


苦笑いする姉。


「分かった、行くぞクイーグに――。ついでにバーブマン。お前は迷子になるなよ」


「仕切んなってっ!」


2手に別れ、色々と採取をし始めた少年少女達。



「この虫は……食べれる? お姉ちゃん」


「多分、ガ類の幼虫だね。大丈夫さカミラ」


少年少女の中で最年少の、カミラという幼い娘。


黄色の髪留めで前の髪を括り、大人しそうな女の子の頭を撫でてやる少女。


「お姉ちゃん、コレ」


「あぁちょうど良い、アリの巣があるねっ。アリも卵も両方食べれるから、貴重だっ。アリは……そうだ、コレで良いかな?」


彼女はささっと、草で特製の『牢獄』を作りだす。


要はすり鉢のような物だ。


「じゃあ掘り起こすから、グレミスがアリを捕獲していってほしい」


「は~い」


順調に集め始めた少女たち。



彼らは樹の国の住民だ。


〝口無し樹木の歯″とまで言われたその捕獲術は、他の民に無い知識と技術があった。


採取を続ける彼女達。


すると……っ!


「ねっ……姉ちゃんっ!」


弟の声が、辺りに響くっ!


「……っ!? どうしたの、バーブマンっ!」


姉は2人の姉弟の手を引き、駆けだしたっ!

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