第72話 神と使徒。

ナイフで串刺しになりながら、必死に手下を呼ぶ声。


「欠陥品っ。うぅ……げほっ。げほっ。早く来いっ!」


取り巻きAだ。


頭の悪いほう、と言えば良いのだろうか?


それがネィンを呼ぶ。


どうやらジキムートのナイフで、死んでなかったらしい。


「はっ、はい」


「早く……。早く助けろっ!」


首筋を押さえながら命令する、取り巻きA。


ジキムートのナイフはきちんと、首に貫通していた。


だが細い切っ先がぶれて、即死は免れていたようだ。


なんとか首を凍らせ、寒さに身をすくませながら、物陰に隠れている。



「わっ、分かり……ましたっ!」


命令にネィンは、自分の足。


初めの、ノーティスと巻き込まれた氷の岩。


その時痛め、どうやら折れてしまった足を押さえながら、モヤがかかる戦場を見やる。


そして〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を持って、戦火の中を走り出したっ!



「はぁ……あぁ、お前たちは……。ぐぅ。人でなしだよっ! 神の言葉を利用して、我々をたばかる……。人類の敵。そう、お前こそが悪魔……だっ! はぁはぁ」


水蒸気が蔓延する中、ノーティスの悲鳴のような叫びが木霊するっ!


かすむ目、震える肌。


ノーティスが必死に叫ぶっ!


ヒュンっ!


ノーティスの声を頼りに、ジキムートの放ったナイフが、ゴディンを襲ったっ!


カンっ!


だが、全く何も考えず、ただ氷の盾で防ぐゴディン。


360度対応の、ほぼ完全な防御魔法だ。


上さえ見ていれば、恐れは全くない。


カンカンっ!


もやの中、どこからともなく投げ込まれるナイフに、ゴディンが飽きたのだろう。


戯れに、ゴディンがノーティスに応えてやる。


「悪魔、か。ふふっ……。それは考えが浅いなぁ、ノーティス。それを〝神の腹心″と定義するんだよ。人間にとってはね、良い事ばかりではないんだよ。神様のお言葉は。君は、都合の良い事が聞きたいのかい? それとも、都合の悪い神のお言葉が聞きたいのかい?」


笑うゴディン。


「だがお前達は、神の善意を悪用しているっ! 違うのかっ!?」



「何言ってるのさ? 君らも魔法を――。神が与えた大切なマナを存分に、自分達で悪用しているだろう? お金を儲ける手段に君たちは、魔法を使わないとでも? その上、人も魔法で殺す。戦争では魔法が付き物だ。違うかい?」


「くぅ……」


「良く考えなよ、頭で。なんの取り柄がなくとも、暴力があれば王族になれる。なのに他人の聞けない神のお言葉が聞けて、そのご意思を代わりに口にできる存在が、低い身分な訳が無いだろう? 王が武力をもって王たるなら私は、神の寵愛をもって、神と同義となれるよね?」


堂々と胸を張り、言ってくるゴディン。



彼が言う言葉は真理だ。


神がいる事が分かったとしても、その言葉を伝える者がいなければ意味がない。


神を愛するならばまた、神の声を伝える者を神のごとく。


そう――現人神のように敬うべきなのだろう。



その時っ!


バリンっ!


魔法障壁が割れたっ!


だが……。


「ふふっ」


グッ……ぱっ。


手を握って、開いただけ。


それだけで同じだけの厚さの障壁を再構築した。


飛んできたナイフは10を超えているというのにだ。



「くぅ……」


唇を噛むノーティス。


神話世界から彼ら、神の使徒が使ってきた言葉だ。


そして何度もそれは、人類が覆してきた。


ただし、それは言葉ではなく暴力で、だが。


「ふふっ。でも安心しなよノーティス。お前は私の物となれたのだっ! 今から君はこちらに。蛮族ではなく、神のご意思に寄り添える人間になれるんだよっ。私だけの〝器″になってっ! それもこれも、次期〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)〟たる私のおかげでさっ! 感謝せよっ!」


無邪気な笑顔。


彼は真理を言っているのだ。


何も負い目はないだろう。



「やっぱりこの世界は歪んでる――」


ノーティスがゴディンを見やり、悔しそうに唇を噛むっ!


「お前は私を神として、無条件で受け入れる他ないっ。それが神への愛そのものだっ! くくくっ!」


神が選んだ者が例え醜悪でそして、傲慢でも、だ。


人が如何にして彼を好きになるか等は、些末な話。


それとも――。


神にこう言うのだろうか?


私が気に食わないので、コイツを変えてください、と。


それこそ傲慢の極みだろう。



(異世界の神様、お前っ! てめぇを心から愛するなら、お前が愛するモンは全部認めろって言うのかっ!? どんな毒でも、こんなゴミ糞野郎でも飲み込めって言うのかよっ。大いなる神様、断じてお断りだぜっ!)


ヒュンッ!


力いっぱい、ナイフを投げつける異世界人っ!


神を本当に、心から愛する世界の哀しみを、垣間見た気がする異世界人。


この世界は、偉大なる神が愛したその毒人を、自らの口に押し込み、飲み込むしかない。


笑え。


笑って敬え。


例えその毒で自分が死のうとも。



「俺は戦うぜっ! アンタをっ、神様を殺してでも、おのれの道を取ってやるっ!」


叫んでジキムートが、自分の剣をぶん投げたっ!


ビクンっ!


「……」


「なん――だとっ!? 神に死ね……っ!? このたわけめっ! まだ楯突くのか。少しは自分の無能をわきまえ……っ」


その顔は恐怖か、驚愕か。


ゴディンは、必死に食い下がるジキムートの言葉に耳を疑い、、苛立ちながら攻撃を用意するっ!


彼には、目の前に飛んでくるバスタードソードなど、意味はないっ!


だが――っ!


バキッ!


分厚い氷の盾がいきなり、真っ二つに割れたっ!



ギシャラアァアアッ!



「ひぃいっ!?」


飛び散る氷、突き出すバスタードソードっ!


巨大な、刃渡り90センチもあるバスタードソードが飛び出してきて、ゴディンが恐怖におののくっ!


どたっ!


尻もちをついたゴディンが、うずくまってしまうっ!



「よっしゃーっ!」


ジキムートは障壁に当て続けたナイフで、等間隔に亀裂を作っていた。


そしてその亀裂がつながり弱った障壁の、最弱部分にバスタードソードを命中させたのだっ!


「いっけぇっ!」


開けた活路っ!


ゴディンのスキを突いて、一目散に駆け込むジキムートっ!


「借りたぜ、ノーティーースっ!」


傭兵の手には、フェイクの為にノーティスに投げさせ、ジキムートが受け取らなかったショートソードがっ!


「うぅらっ!」



バスンっ!



爆発音がした――。


その瞬間、やられてしまう。



多量に舞う、赤。


飛び交う血が、傭兵を襲うっ!


「ぐぁっ!?」


「薄汚いんだよっ! このゴミがーーっ」


恐怖の中、怒りに任せてゴディンが叫んだっ!


そしてまた――呪文。



「我は願う神の恩寵っ。我らの血と肉となりし物も全ては水。生命の源の……っ!」


ゴディンが語りかけるのは、マナではない。


直接の、神への言葉。


現人神に近しき、使徒の願い。


凶悪なる祈りが血を刃とすっ!


自分の取り巻き2人を贄にして作る、体液の弾丸だっ!



「ぐっぐぁっ!? やっ、やめてくださいっ。ゴディンさんっ!」


血が吹き出て止まらないっ!


生きながらに人間を爆散させているっ!


脳や内臓の破片が魔力で凝縮させられ、飛び回ったっ!


取り巻きAがもがき苦しみ、絶叫するっ!


「あっ、ぁあ……」


そこら中を飛び回る、血と肉辺の弾丸におののくネィンっ!


そして異臭。


ネィンが恐怖の声を上げたっ!



「早くっ、早く俺を助けろよネィンっ! この薄汚い、娼婦の子がーっ!」


「はっ、はいっ!はい今すぐっ!」


ネィンは、自らも切り裂く血の刃に傷つきながらも、〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)″を取り巻きAに垂らすっ!


だが、全く効く気配がでないっ!


「そらそらぁっ! いくらでもあるぞ、血も、肉もーーっ! 」


「ゴディンさーーんっ!? 俺らが死んじまいますっ。やめてくださいっ!」


「この傭兵如きが、私に傷をつけるなどとーーっ!」


叫んで笑うゴディンっ!


折角手に入れた、自分用の〝器″。


それへの調教の、たびたびの中断。


イライラとした目。


恐怖と傷の痛みっ!


怒りに任せて水の民の、仲間の血肉を構わず乱舞させるっ!



「グアアアアァッ!?」


逃げ回るジキムートの周りには今、数千を超える血と内臓の弾丸の群れがっ!


ともすれば、蚊やアブにも見えるソレ。


息をすれば口に入ってきてしまう程、無数にたかられているっ!


虫の大群のような物に巻かれて囲われて、リンチを受ける傭兵っ!


「ウガアァアッ!? ゴディンさんっ! ゴディン様ーーっ! くぅ聞いてねえっ!? ネィンっ! このボケがっ! 早く、早く〝ブルーブラッド(蒼白の生き血)〟をもっとーーっ!」


取り巻きAがネィンに叫ぶっ!


しかし……っ!


「でっ……でもっ。これ以上は、下等の者には使えませんっ!」



……。



「なっ……何っ!? 下等だとっ。それはお前のっ。欠陥品のお前の事だろうがっ!」


「でもそれはゴディン様が――っ」


「そっ……そんなのっ。嘘だろっ!? なぁっ。 なぁぁっ!?」


ネィンの服を強く引っ張り、必死に懇願するように聞く取り巻きAに――。


「……」


ネィンが無言でギュッと、彼の手を握りしめたっ!


「はぁ……はぁ……。」


取り巻きAが絶望的な目で、猛り狂っているゴディンに視線をやるっ!


言葉が出ない取り巻きAっ!


吹き出る血と恐怖にさいなまれた彼は、そして――。。



「あぁああああーーーーーっっっ! くぅうっ!? お……お前だっ! そうだよっ! お前だよっ! 貴様が初めに追いつかれてなきゃ……うぅっ!」


「うぁ……あぁっ!?」


ネィンは取り巻きAに力いっぱい握られ、後ずさりする。


だが、その呪い染みた力が振りほどけないっ!


吹き荒れる血の嵐の中に響く、呪文。


「俺はてめえのせいでっ! ぐずっ! 欠陥品めっ! こんなっ! こんな欠陥品っ。このけっか……ん」


取り巻きAは憤怒の形相で、ネィンをにらみながら……息絶えた。


「あぁっ……」


ヘタリ込むネィン。


その自分を責める声は、ヨワイ10と少しの人間の心に深く残っただろう。



シュウウウッ!



焼ける様な音が、響く。


「なんて魔力だ……。呪文詠唱しただけで……こんなっ!? これが〝ソレスティアル・ドゥーエン(予言者)″なの、ね。ふふっ。これが神の愛がもたらす……残酷さ」


ノーティスが唖然と、言葉を垂れ流す。

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