第48話 女騎士。女の傭兵。

「ふぅ。ふふっ。まぁ多めに見てあげてはどうです? 魔法を修めるには、相当の努力が必要でしょうからね」


白マントがヤレヤレといった顔で、がなりたててくる女たちを見やり、ため息を吐いた。


「必死に勉強して、男と同じくらいに活躍できるようになってるんです。まぁその分、今までの憂さをここぞとばかり、晴らそうって事ですよねぇ」


力が全ての時代だ。


生きるにも、保険も社会保障も無いのだ。


平等な立法もなく、そして、公平な行政すらも。


あまつさえ、司法に従順という発想すらない、中世の世界。


仕事も十中八九、肉体労働。


女は戦力外の代物ばかり。


それは、魔法があろうとなかろうと同じである。


なぜなら、平等に魔法が使えるなら、強靭な肉体を持っていた方が得に決まっているからだ。


そうなると女の領分は普通、出産位しか道がなかった。


そこに唯一の魔法という光にすがり、低い身分のその世界から、男の世界に入ってのし上がったのだ。


女にとっては魔法は、のし上がれる唯一無二の存在と言えた。


千載一遇の意趣返し機会だ、躍起になっているのだろう。



「なんだ。お前は女の味方じゃないのか?」


「私はただ単純に、努力は不変で同じだと、そう思っているだけですよ。頑張ったとか、歯を食いしばったとか。そんなの相手も同じ。自分にはハンデがあって――。なんて言ってるうちは、同じにはなれません。こんな物は全部、実力で示す物」


そう言って白マントは、先ほど女騎士に毒づいた傭兵に、袋から取り出した何かを見せた。


「……おっ!? おめぇ。それは、王都ギルド最高のっ!?」


「お尻を描いて上げるだけでも、光栄に思いなさい。脳筋」


薄ら笑いながら、白マントが睨む。


後衛を馬鹿にした言葉に、魔法士の白マントもカチンときたのだろう。


「へへっ。良いねぇ。違えねえ」


顔に似合わず泥臭い事をする白マントに、ジキムートが笑う。



(しっかし、傭兵自体には、女は少ないのか。まぁ当然だわなな。魔法士であろうと戦士であろうと、傭兵になるなんて、素っ裸で街を歩くのと変わんねえ)


傭兵になりたがる女。


そんなけったいでキチガイ染みた者なんて、いないと断言できた。


普通に考えてほしい。女が傭兵と団体行動すれば、犯される確率はいくつだと思う?


そこは山中、誰も見ていない暗がりをずっと、男3と女1。


そこで寝食を共にする。何も無いわけがない。


「全く。これだから傭兵どもはっ!」


女騎士が見下したように傭兵を見回す。


(だからの女騎士様って事、か)


闘う才能があっても、決して傭兵になりたくない女達は騎士団に。


特に、王立の教育機関に殺到する。


そこでなら危なくないのか? と問われれば首をかしげるが、それでもマシだ。兆倍ほど。



「ただ……。この町でこの量は、どうかと思いますがね。まぁ、良いのでしょう」


白マントがほくそ笑みながら、女騎士たちを見回す。


「誰か応えないなら、全員朝まで牢屋にぶち込むぞっ!」


「ちっ。えっ……。えと。おぃっ、どうなってる」


女軍人に恫喝され、舌打ちしながら小声で悪態をつく傭兵。


別の傭兵達と、情報を共有しようとするが――。


返事がない。


「……ちっ、ボウフラが。おいっ」


業を煮やし、隊長格のそばを固める女軍人が、部下に命令する。


その声に多くの部下が、馬上から一斉に降り、即座に行動開始っ!


鮮やかな速さで任務に就く。そして……。


「犯人はどっちに行った?」


「いやっ、俺はそんな事より、仲間を助けるのに……」


「ウジ虫の傷の舐めあいなぞ、どうでも良いっ! どこで見失った」


声が響く。


そして矢継ぎ早の質問は、ジキムートの番に。



「お前は何を見たっ!」


「いやっ、俺は巻き込まれてたんでね。なんも」


汗を拭きながら、適当に応えるジキムート。


舌打ちして、すぐに去っていく部下騎士。


「使えない奴らばっかだな。次っ! お前……は? 女か」


白マント傭兵に行きつき……。


その色白で、美しい肌。


細い体つきを困惑するように見る部下騎士の男。


「いえ、私は男です」


「えっ!? いや、そんな馬鹿なっ。ん……んぅ。そ……そうか、まぁ良いっ! でっ、何を見たんだ?」


「な~んにも。私も巻き込まれていたのでね」


「そうか……。じゃあ仕方ないな。生きのこっただけでも十分だっ! 次っ!」


白マント傭兵をジロジロ見ながらも、騎士団員は必死に興味を押し殺して、次に行く。


(コイツを見て平静を装えるんだ、この部隊はなかなかの練度だな。)


目線で騎士団員を追うジキムート。


そこらに居た傭兵達全員に、隈なく詰問していく部下たち。


この世界では杞憂まれな、職務に忠実な者達。



「こいつぁ絶対、敵にはしたくねぇぞ」


汗を流すジキムート。


何度も見た事がある。


本陣でどっかりと腰を下ろし、君主その他、重要人物を守る部隊。


ありとらゆる戦闘の達人だ。


傭兵がプロなら、相手は達人。


一回り程の力の差がある。


だが――そこではない。


「ええ……。恐らくあの装備には、耐魔法に耐物質はもちろんの事。耐毒に耐麻痺などの、防御術式のオンパレードになっているでしょうね。とてもじゃないが喧嘩を売られたら、買って良いような相手では無いでしょう」


瞳にまじまじと、騎士たちが羽織った鎧を映す白マント傭兵。


秀逸。そう、一品ものだ。


駅にいた憲兵なんぞ、話にならず。


シャルドネが持っていた騎士団でさえ、競合相手にならないほどの重装でかつ、威圧的っ!


白マント傭兵がうなる。



「ギリンガム隊長っ、この商店の女が怪しいかとっ!」


物の10分で、部下の1人が老婆を連行して、隊長の前に引きずり出したっ!


首根っこを掴み、部下が老婆を押さえ込むっ!


「貴様、知っている事を吐け。何を隠している」


「……なっ、なっ、何も。決して私は何も。ほっ……ほほっ。はぁはぁ。本当ですっ!」


片腕と頭を押さえ込まれ、地に伏せられた老婆。


彼女は心臓の部分を押え、必死に抗弁している。


体は震えて言葉はしどろもどろで……。


いや、これはただの加齢かもしれない。


だが、顔面が蒼白なのは分かった。


「しかしっ、この婆さんの商店近くにて、被疑者の足取り途切れていますっ! 隠すと為にならんぞっ、ババアっ!」


「そっ……、それはっ。ですが私は、本っ当に何も知りませんっ! 知らないんでございますっ」


泣きながらその老婆が抗弁する。


顔色がおかしく――。


何度も何度もせわしなく周りを見たり、唸ったりを繰り返す老婆。


(……なんだ? 嘘の臭いはほとんどしねえが、何かがあるな。)


ワナワナと震える老婆の様子。


それに違和感を感じ、ジキムートが周りを見渡す。


「ではなぜ、被疑者を見てない。説明せよ」


ギリンガムと呼ばれた隊長も、何かを探す様に周りを見渡しながら聞く。


老婆への傾聴はどこか、上の空だ。


「わっ、私はもう……。こっ、この目。そう、目が悪くて。遠くのものは見えておりませぬのじゃっ!」


よろよろとしながら祈るように地面に屈し、足をへばりつけ……そして。


「……っ!?」


「本当に……」


ギリンガムに、老婆が手を伸ばした瞬間だっ!


「貴様っ!」



ザスっ!



「ぐぇっ!?」


突如として、兵に刺されてしまう老婆っ!


あっさりと大きな剣が、痩せた体に突き刺さる。


きゃああっ!?


周りで悲鳴が聞こえる。


おそらく町人だろう。


今まで遠巻きに見つめていた住民が、老婆の無残な姿に思わず、悲鳴をもらしたのだ。


「駄目だ……。駄目だぞっ。さっ、行こう!」


「うぅ……うぅ」


悲鳴を漏らした女性に言い聞かせるように、男が腕を引いた。


泣きむせびながら何人かが、その場を後にする。


知り合いなのかもしれないが、誰も。


誰一人として、その老婆の残酷な最後に、名を読んですらやらない。



「……」


ジキムートが訝しそうに見回す。


なんとも陰惨な雰囲気だ。


強引な統治。


そんな事はよくある話で、よく見て来た。


だが、歴戦の傭兵が気になった事が1つ。


(街の奴らの眼の色が違う。)


「……ふむ。まぁ良い。お前たちリャドリック班はここに残り、一帯を重点的に探せっ! 奴らのアジトを見つければすぐに、例え夜でも朝でも私にすぐに報告だっ」


「ハッ!」


隊長の言葉に部下が一斉に、大声でハキハキと応えるっ!


「傭兵どもは任務の邪魔をするなよっ! お前たちは出しゃばらずせいぜい、宿舎で賭けにでも興じていろ、一生……な」


嫌味というよりは、本心だろう。


傭兵にも〝お願い″したギリンガムは、号令後、大群を連れて去っていった。



「おいおいっ、いくらなんでも……。ひどすぎねえか、あんな婆さん一人に」


見えなくなると、傭兵達が憂さを晴らすように声を上げた。


おそらくは、ジキムートと同じ馬車にいた一人だ。


見覚えがあるかもしれない。


未だ残る騎士団を見ながら、適当に隣にいた傭兵に聞いている。


「……。すぐ分かる。女と子供には触るなよ、絶対に」


先輩とでも、言うべきだろうか?


以前から仕事についている傭兵が、冷たく言い放つ。


そしてすぐに、逃げるようにその場から離れて行く。


「この町、何かおかしいな」


「えぇ」


住民を見回しながら、ジキムートが考えをめぐらせていく。


統一された青い街並みに、よく似た気配のする人々。


そして、人の少なさ。


「とりあえずはそろそろ、行きましょうか。考えるのは後でも」


「……あぁ」


白マントの声に促され、2人は歩き出す。



「なかなか腕が立ちますね……。ジキムートさん」


銀の髪が揺れ、自称男の傭兵が笑いかけてくる。


「お前、あの女の配下か。道理で……」


ジロジロと、ノーティスを見やるジキムート。


「えぇ」


ジキムートに問われ、笑う自称男。


「男、なんだよな?」


「ええ。当然」


「まぁ……。お前がそう言うなら別に、良いけどよ」


そう言いつつも、あまりに美しい自称男をジロジロと見る、ジキムート。


(まぁ。女の傭兵なんて、危ないったらありゃしないからな。)



この世界はDNA検査も。


電話一本で、犯人の特徴や人相を届ける方法も、存在はしない。


犯されました。


そうですか残念です。


捕まえてください。


多分どこか、標高2000メートルの山の中か、『すぐ隣』の、徒歩12時間歩いた先の街にいるでしょう。


人相で手配? 私絵が描けないので、絵描きを呼ぶなら銀貨2枚です。


頑張って。


以上だ。


これで女が危険にならないと思えるなら、それは狂っていると言える。


ちょっと魔が差したって、誰も咎めない。


咎める手段が限りなく、極限に少ない。


アジャコンなんたらさんでも間違いなく、傭兵は選ばないだろう。


もしどうしても、傭兵になる必要に迫られれば、例えどんな嘘でもつき通さねばならない。


バレるかバレないか、じゃない。


しがみつくか、しがみつかないかだ。



「私はノーティス。よろしく」


手を出してくるノーティス。


「……」


一瞬だが、ジキムートが止まる。


しかし……。


「あぁ。じゃあノーティス。良い感じにあの嬢様に、お前を救出した様子を格好よく、金をせびれる感じで報告しておいてくれ」


「ふふっ、分かりました。ではさっきの借りも含めて、お嬢様宛で頼んでおきますので」


「へぇ……。なかなかチャッカリと、おもしれえ事言うなお前。そういうのは慣れてんのか? 『奇抜な傭兵』として、さ」


「ふふっ。どうでしょうね……」


笑うノーティス。


(女の傭兵は大体、借りを作るのを嫌がるからな。イーズもそうだった。借りを残しておくと後で、体で支払えとゴネられるのに慣れちまってんだろうな。)


ノーティスを観察しながら、鼻を鳴らすジキムート。


(ただそれなら、美男子だっておんなじだ。そういう話も、なくはねえ。コイツなら、な)

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