第45話 旅立つ。

「いらっしゃい」


声が響いた。


前回はあいさつなどなかった。


そう、客が来たのだ。



「……」


彼は金貨を置いて商品を受け取り、そのまま出ていく。


「待ちな……」


そう言って店主は、何かを彼に投げた。


「はなむけだ。このイユリン・カイゼルからの直々。感謝しろよ傭兵」


低い老兵の声が響く。


受け取った彼は中身を覗き、口角を上げる。


そして腕に、買いたての〝それ″をはめて、笑った。


バタンっ。


店を出た男は、風を切って歩いて行く。



すると声が。


大声と歓声が聞こえてくる。


「良いぞっ、デブピエロっ! やれっ」


「眼鏡のピエロも良いね良いねっ! そのフットワーク……って、コケるんかーいっ!」


聴衆が笑いに包まれている。


覚えているだろうか?


対立していた、お笑いギルドの2人だ。


その2人が殴り合っている。


「どうやら〝形″になったらしいな」


彼らは殴り合いながら、自分の芸を見せ、笑いを取っている。


アカバナと……アオバナ。


銅貨が結構、入っていた。


「長く続くとは思えないが、良いよな。それが旅師の、楽しみってもんよっ」


少しこの町も、旅人の街になりつつあった。


どうせ彼らピエロもこの後、取り分だの、強く殴りすぎたの言って、別れるのだろう。


だが小麦と土の臭いも。


そして、この人間同士がすれ違って出す、肉感たっぷりで、味のある臭いも。


どちらもたまらなく……。


そう、間違いなく好きだった。



「異世界も悪くねえ臭い、吹かせやがるぜ」


笑った。


人間の嘘も真実も。


すべて風に流れ、消えていく。


まるで、世界に旅立つように。



「俺の次の目的地は、神の水都。そして、〝神の獣″をお持ちください……、か」


吹き曝しの馬車の中。


がやがやと聞こえる噂話。


その中の一言――。


「人はいっぺんは、賭けに出る必要ってのがあるからなぁ」


「それはそう、同意するぜ」


苦笑した男、ジキムート。


彼も賭けに勝って、ここにいる。


そして……、料理の得意なお人よしが、最後に寄こしたその、サンドイッチにかぶりつく。


「んっ、うめぇ」


笑うジキムート。


彼は食べながら、傭兵達の噂話に耳を傾け続ける。



「でも、不思議と総本山のヴェサリオ教会も、この聖地の件にはだんまりだよな。事あるごとに、王家はこうあるべきだの、鉱山を開発してはいけないだのと。全くもってうるさいのになぁ。ほらいつぞやも。いつもの良く当たるとご自慢の……。ふふふっ」


笑いをもらすと、他の奴らも笑った。


「はは……。その予言とやらで、クライン王家の後継争いに口出ししたような、出しゃばりのくせに」


「まっ、ご神託を下すナニガシも今は、トイレ休憩なんだろ? 足が便所にハマっちまって、それどころじゃねえんだよ」


おぅ、と苦しそうな顔をすると、他の傭兵達が大笑いするっ!


「でもそういやクライン帝国はなんで、この選挙とやらに割って入んなかったんだ? だって神様だぜ? あの高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。そんな大事なモンをおいそれと手放すなんて、あまりに馬鹿すぎねぇか?」


直属騎士でもなんでも入れて、妨害をすればいい。


そう言いたいのだろう。


一人が口にした疑問。


その言葉に誰もが、押し黙る。



「選挙……だったか。それで勝つ自信があった。とかじゃねえ?」


「あぁ、それはあんな。あそこの王様は世界に名だたる〝賢王オーギュスト・リベラ″だもんな」


顎に手を当て、傭兵の一人が同意する。


「あの、ヴェサリオの予言が口出ししたせいで、悲惨なお家騒動になった結果、生まれた王様、な 」


悲惨。


その現場に居て、悲しみを巻き起こした人間も、この場に居る。


なぜならそれが、傭兵の仕事なのだから。


「確かあの、世継ぎはもうすでに決まってたってえのに、そいつの排斥命令だしたんだよなっ! そんで別の、どっかの田舎貴族を指名しちまった。な~んも関係ないヴェサリオがっ!」


いい迷惑だと言わんばかりに、天を仰ぐ傭兵。


「確かこうだったか。その世継ぎは、〝ヒューマン・エンド(孤独)〟の影に蝕まれている。将来必ず、人類のアダ敵になる……。だったか」


「〝孤独″ねぇ。世界に漂う負の空気、っていう神話のアレだろ? 事実なら大変っちゃあ大変だが、それで内戦になっちまったもんなぁ。俺もあっちこっちで参戦したさ。金にはなったけどありゃあ……。見てらんなかったぜ」



隣村の男が町の女を犯し、財を奪う事件があったとする。


その報復と称してその村の、全く関係ない人間の田畑が焼かれてしまう。


すると雄姿によって密告された、今まで街に居ついていた、隣村出身の者。


それが、街の憲兵に通報された挙句、拷問を受ける。理由もなく。


その、一部の悪評を聞いた村の者達は、町の人間が村に行くと突然、クワで襲うようになってしまう。関係ないのに。


私刑に私刑を重ね、そしてそんな中、街で火災が起きると……。


止まらなくなる。


村と町が戦場になり、殺しあう。


例えその火災の犯人が、天災や、ちょっとした自然発火でも、だ。


町を荒川区として、村を浦和市だとすれば、少しでもリアルが持てるだろう。


荒川区を救うために、江東区が駆け付け。


駆け付けた江東区に、浦和の味方の、葛飾区が攻撃する――。


滑稽で、笑い事のようだが、国と警察と軍が機能していない、という前提であれば、どうだろうか?


誰がこの怨嗟を止められるだろう?


貴方が止めてくれるだろうか?


そして、ドンドンと拡大するのが内戦である。



「で、結果。その意中の伯爵だったか、侯爵が政権を取ったが……。まぁ、それからヴェサリオとは、距離をおいてるわな」


「んでも、皮肉なのは、さ。ヴェサリオご指名の王様が、賢王だったって事かねぇ。あれをたった10年で巻き返して、大帝国に返り咲いちまった。へへっ。これで勘定は、チャラってこったかね?」


「チャラ、ねぇ。まぁ、確かにすごいっちゃすげえわな。一時期各国の使者ですら、あの国に近づくのを避けてる位、むごかったんだからよ。俺ら傭兵にも、わんさか護衛の仕事が出てたぜ」


憎しみの連鎖から、10年で抜け出す。


そこには相当な覚悟と、血が流れただろう。


「だが、その賢王様の目論見も、外れちまった。ヤレヤレ……。ひひひっ、ざまあねえな」


笑う傭兵。


例え関係がなくとも、実績のある人間が失敗するのは、楽しいのだろう。


その時、ジキムートの鼻になにか……、感じたことがない匂いが触れた。



「なんだ、この匂い……」


すると横の傭兵が、大声を上げるっ!


「おいっ、あれ見ろよっ!」


声に全員が外を見るっ!



「神の街……。神に愛された町っ! 見えたぞ〝ディヌアリア″っ。ついに、ついについに来たぞっ。俺らはついに……。神様の地へっ!」


「あぁ……。高貴な我らの真の支配者。崇高なるマナの仕手。俺の人生でさいっこうの一瞬だーーっ!」


感慨深げに傭兵達は、その、神の蒼一色に染まった街を見ている。


感激と感動の嵐っ!


馬車の中はまるで、ご当地アイドルが初の東京ドーム公演をし、それを見守る会員番号2ケタ台の男たちっ!


と言った、鬼気迫る物がある。


中には涙を浮かべ、失神しそうな者もたくさんいた。


「あれが神がいる場所か。へぇ……」


その高貴なる、みやびの城へ、異世界人の彼が思った事。



「えらく人間臭いのな」


立ち上る町からの煙に、口元から笑みがこぼれる。


「人間臭いならきっと、なんとかなるさっ。待ってろ、イーズ」

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